絶対忘れちゃいけないやつ その3
「ねえこれどうやって着るの?!?!背中で蝶々結びとか控えめに言って正気じゃないと思うんだけど?!?!あとこの布もどう巻くのが正解な訳?!」
「気合い」
「くっ器用貧乏め!!!お前に聞いた俺が馬鹿だったよ!!!!!」
とはいえ相手は青仁である、いつかに見たような光景が再放送される羽目になったのだが。ここまでは予想通りである。梅吉は以前の「下着のホックがマジで止められない青仁」という最悪の光景から、こうなることを学習していたので。
別に手伝うことはやぶさかではないが、それを口実に試着室に突入したら絶対やり返される為、梅吉はおとなしく試着室のカーテンの向こうから無責任発言を飛ばしていた。
「お前が着て欲しいって言ったんだからさあ!ちょっとは責任持とうとか思わない訳?!」
「じゃあお前はオレに着せたい水着の構造把握してんのか?」
「いや全く」
「着ろ。じゃなきゃ話が始まらねえんだよ」
「チッ」
試着室から舌打ちが聞こえた気がするがきっと気のせいだろう。美少女は舌打ちなんてしない。
〜十分後〜
「まだ?」
「うるせえ!!!!!」
不器用人類こと青仁はあれから一切の進歩を見せいていなかったらしい。未だカーテンの奥で背中の紐と格闘していた。
仕方ないので、助け舟を出してやる。
「もう手で紐のとこ掴んで出てこいよ」
何も本当に泳ぐわけではないのだから、試着だけなら適当に手で押さえておけば良いのである。呆れながらそう提案すると、青仁はカーテン越しでも明らかにわかるほど露骨に復調した。相変わらず、わかりやすいやつである。
「その手があったな?!よおしこれで首んところの紐と背中の紐を掴んで……やっぱりエグくないかこの水着。なんで俺こんなの着てるの?おかしくない?」
「正真正銘の紐じゃないだけマシだろ」
「比較対象が紐な時点で終わってんだよ!つか紐なんか売って無えだろ!」
「いやさっきそこで見たけど」
梅吉も売っていないと思っていたので、視界に入った時は数秒フリーズしたものである。てっきり青仁も既に見つけていると思い話していたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。
「……えっ。ちょっと後で見に行っていい?実物見たいわ」
「良いぞ。でもその前に試着な。一応着れたんだろ?おら見せてみろよ」
「うう……なあマジで見せなきゃだめ?一瞬で良い?」
「ならオレは試着しねえぞ」
「クソがよ!」
「知るか。ほらほら早くしろー」
「うぐぐぐぐぐ」
例によって美少女にあるまじき口の汚さだが、中身を思えば仕方ない。ここは梅吉が大人になってやるべき場面だろう。
余裕綽々といった態度を崩さない梅吉を前に、青仁は覚悟を決めたらしい。
「……わかったわかった見せりゃ良いんだろ?!おら見ろこれがお前好みの水着を身につけたお前のタイプドンピシャ美少女だー!」
わかりやすくやけくそといった様子で、青仁はカーテンを開けた。
「……」
「ああ確かに自分で見ても似合ってるって思ったよ!でもさあ!これめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど?!」
「……」
「おいなんとか言えよ!!!」
ぎゃんぎゃんと喚くその様子は、完全に青仁という中の人が助けており、ビジュアルの貞淑さを見事ぶち壊しにかかっているが。
正直梅吉は、それどころではなかった。
なるほど己の見立ては正しかったらしい。女物の水着に対する知識なんて、それこそ漫画雑誌の巻頭に載っているアレぐらいしか知らないので自信はなかったが、上手くいってくれたようだった。
紺色のシンプルなビキニは、シンプルであるが故に素材の美しさを際立たせている。下半身を覆うパレオも、白をベースとしたビキニと同じ紺色のグラデーションが品よく肌に覆い被さり、梅吉の予想通り、それはもう秘すことによる見えそうで見えない、なんとも言えぬエロスを生み出していた。この時点で文句などない、無いはずだったのだが。
「……」
「ずっと無言なの怖えーんだけど?!しかもめっちゃくちゃ真顔だし!」
ところで梅吉が何故試着を提案したのかといえば、至極単純な理由である。
豚もおだてりゃ木に登る、という言葉通り、おだてまくって調子に乗った青仁に水着を買わせる、そんな事を考えたのだ。おそらくその辺りで青仁はぶつくさ言ってくるだろうが、さらりと回避し自分だけが美味しい思いをする、という算段だったのだが。
「……これは、うん。ヤバいな」
「はあ?ああ、破壊力がって話?うん、我ながら確かにヤバいとは思う。俺ってこういうのめちゃくちゃ似合うんだなって思った」
──なんというか、これは市井に解き放ってはいけないものなのではないか?と梅吉は冷静なようで冷静ではない感想を抱いていた。
ああ確かに、本人が自覚しているように青仁の水着姿は最高である。文句のつけどころがない。これに文句をつけるのはそれこそよっぽどの貧乳主義者ぐらいだろう。だからこそ、梅吉は大真面目に危惧しているのである。
こんなものを、こいつの元が男であることを知らない、自分以外の第三者に見せてしまったら、大変なことになってしまうのではないか、と。
「……」
「だからなんで無言なんだよ!つかマジで目が怖いんだけど?!」
こんな事を思ったのは正直初めてな気がする。人はあまりにも自分好みの美少女を目前にすると、世間様にお出しすることを危険視し始めるらしい。なるほど勉強になった。
つまりは青仁のこの極上の水着姿は、梅吉の脳裏に焼き付けておくだけに留めるべきなのだろう。なんとも悲しい話だが、背に腹は変えられない。これは危険すぎる。マジで国が傾きかけない。故に、今この場で比較的耐性があると言えなくもない梅吉が止めなくてはならないのだ。仕方ない。
だから、こんな素晴らしい青仁を視界に収めるのは梅吉だけで良いのだ。
「青仁。最高。ありがとう。人類の至宝」
「うわなんだこいつ。真顔で意味不明なこと言ってやがる。つか試着したからって買うつもりはないからな。そこんとこわかって──」
ぶつくさと御託垂れ続ける青仁をガン見しながら、梅吉は名残惜しいなと思いつつも。これは表に出してはいけないのだという自己判断を信じて、口を開く。
「わかってるって。ていうか別に買わなくて良いって」
「えっ」
虚をつかれたらしい青仁が、大きく目を見開いて間抜けな声を上げた。
「お、お前何?ついに壊れた?も、もしくはあれかなんかもっとエグいこと企んでるとか……?!」
「は?なんだよ。オレが折角優しさを見せてやったってのに。オレを疑うのか?」
「こういう場面の善意こそ、この世で一番信用しちゃいけないって俺は十六年間生きてきて学んだんだよ!」
どうやらやけに優しい梅吉の対応に、何か裏があるのではないかと疑っているらしい。まあ、正直気持ちはわからなくもない。梅吉だって逆の立場だったら、確実に疑いにかかるだろう。それが親しき仲というものだ。
「それは否定しねえけど、ここは素直にオレの善意を信じてみろよ、なあ」
しかし今回の梅吉は本気で善意百パーセントの珍しい梅吉なのである。故に、疑われるのは不本意だったのだが。
この行動自体が間違いだったと、梅吉は思い知ることになる。
「……わかった。この水着買う」
「えっ」
苦渋の決断だ、という苦い表情を隠す気配すら見せずに。青仁は梅吉の思惑とは真逆の行動に走った。
「い、いや良いんだぞ?別の買って。ほ、ほら他に露出度控えめな水着はいくらでもあるわけだし」
おいこのオレがここまで善意で進言してやってるっていうのに、と叫びたい気持ちを堪え青仁を諭す。しかし、青仁の決意は固かった。
「長年お前と付き合ってきた俺の勘が、ここは買っとかないと酷い目に遭うって言ってんだよ……!」
「オレそんなにお前になんかしたっけ?!むしろオレが酷い目に遭わされてる側じゃねえの?!」
あまりにも真剣な顔と言葉であった。それはもう説得力がありすぎるほどに。
それはそれとして、梅吉的にはちょっとお前それ自分を棚に上げてんじゃねえのか、的な発言ではあったが。
「は?!俺はそんなにやらかしてねえよ!大抵中学の時悪ノリして顧問にしばかれた時の原因は九割お前だったろ!」
「ああ?!そんなこと無えし!んなこと言うなら具体例挙げてみろよ!」
「俺のラケットが真っ二つになった時、ピンポン玉二個と折れたグリップを組み合わせてちんことか言ってた」
「うわめちゃくちゃオレのやりそうなことだけど!絶対お前だってノリノリだったって!」
そういえばそんなこともあったかもしれない。正直色々あり過ぎて、細かなことは覚えていないのである。
ちなみに、二人は中学時代卓球部だった為、一連の会話におけるラケットとは卓球のラケットを指している。
「は?当たり前だろ?!中学生がちんこやらおっぱいやらに過剰反応しなくて何に過剰反応すりゃ良いんだよ!でも怒られたのは事実じゃねーか!」
「加担した時点でお前も同罪だっての!」
確かにことの発端は梅吉だったのかもしれない。が、それはあくまでことの発端に過ぎないのだ。つまり青仁も悪い。
「つか今思うとあれ先端が丸く無いから正直再現度微妙だったし!」
「そりゃあまあ構造的にそうだろうけどさあ!今話す内容じゃなくね?!」
いつも通りのやり取りを繰り広げていると忘れそうになるが、二人の現在地はショッピングモール、それも試着室である。怪訝な眼差しを向けられるのは避けられない。
どうやら青仁もそれに気がついたらしい、ハッとしたような表情を浮かべる。
「確かにそうだな。じゃあ本題に入るか」
「本題?いやもう終わっただろ。他に何を」
「いやお前水着試着してないじゃん」
「あっ」
素で忘れていた。そういえばそうだったかもしれない。あまりにも青仁の水着の破壊力が強過ぎて、完全に頭からすっぽ抜けていた。
「……」
改めて、試着室に青仁をぶち込む際に押し付けられた水着に視線を落とす。ふりっふりのひらっしらで、ついでに露出度もちょっと高めである。これを、自分が、着るのか。露出度的にも、可愛らしさ的にも、色々と精神に来るのだが。
「……着る。着りゃ良いんだろ?」
「んで買えよ」
「は?何言ってんだお前」
それは話が違うだろう。梅吉の提案からして、あくまで試着するだけで、購入そのものは確約していなかったはずだ。少なくとも梅吉はそう捉えていたのだが。
青仁はそれはもうイイ顔で言った。
「だって俺はもう腹括って梅吉セレクトの水着買うからな。ならお前も俺セレクトの水着買うってのが筋だよなあ?!」
「……あやっべ」
そういえば最初の方はそんな話をしていたのだった。確かに梅吉は当初の目的通り、青仁に自分好みの水着を買わせることに成功していたのである。
──ただし、自分の身に危機が及ぶ形で、だが。
「お、おいちょっと待て話し合おう。どうにもオレらの間で致命的な齟齬が生まれているらしいからな。オレは最終的にお前に水着を買わなくても良いと言った、その辺りを勘案して」
「ごちゃごちゃうるせえよ黙れ!!!!!!往生際が悪いぞ着ろ!!!!!」
「嫌っつってんだろ耳付いてないのか?!」
ここから始まることなんて誰にとってもわかりきった事象だと思われるので、描写を省かせていただくが。
「最高!いや〜やっぱ俺の目に狂いはなかったわ流石俺!」
無事(?)梅吉は青仁セレクトの水着を着用させられていた。
「リボンむしりとっていい?」
「ダメに決まってんだろ何言ってんだお前」
着る前から思っていたことだが、各種装飾がシンプルに邪魔すぎる。特に肩についている装飾用のクソデカリボン、お前マジでいらねえよ、といった辺りが梅吉の本音だった。
なお、そういう方向性の思考を保っていないと、羞恥心に押しつぶされて死ぬという事情も多分に含まれている。
「ねえマジでオレこれ買わなきゃダメなの?もうちょっとこう、せめてヒラヒラ力がもう少し弱いものとか」
「買え。俺だって買うんだからな」
「……」
姿見に映る、試着時の自分を見ながら思う。
なるほどたしかに、似合ってはいる、とは思う。形としてはオフショルダーで、華奢な肩をきらびやかに彩る桃色のレースと、大きなリボンが際立つ。無論当然ながらセパレートであり、容赦なく胴体が外気に晒されている上、装飾の少ないボトムスはそれはもう魅惑のボディラインをこれでもかと出している。つまりは奴の見立てが最悪なまでに正しいことが、嫌になるほど証明されていた。
ここまで少女趣味を極めたような水着が似合うようなビジュアルをしていることについては、思う所しか存在していないが。悲しいことに、客観的に似合うのは事実なのである。
「……あーもう、買えばいいんだろ!」
「ふ、そうこなくっちゃな!」
こうして見事に自分で掘った墓穴に埋まった梅吉は、やけくそ気味に大分精神衛生上よろしくない水着の購入を決定した。どうしてこうなってしまったのだろうか。
友人がオレ/俺好みの美少女になってたんだが? 濃支あんこ @masuzushiuma
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