絶対忘れちゃいけないやつ その2

「よし青仁、準備は良いな?」


 渾身のキメ顔をキメながら、梅吉はそう問いかける。交戦的なその表情は、ビジュアルとのギャップも相まって友情努力勝利的な方向性なのか、ラブがコメってる方向性なのか判断に困る様相を呈している。


「ああ。いつでも良いぜ。かかってこいやー!」


 対する青仁も、これまた渾身のカッコ付けを披露した。こちらも大人しそうなおっとりとしたお姉さん系のビジュアルからは考えられない目付きの悪さである、中の人を透けさせるな。


 とはいえどちらもキマってるのは首から上だけで、その下には両者複数の水着を抱えているせいで、まるでしまらないのだが。ついでに言えば二人の現在地はショッピングモールの水着売り場である、そもそもバトルシーンが始まるような現場ではない。


「っということでオレがお前に着せたい水着はッ!これだーッ!」


 今から始まるのは、入念な事前調査を経た上での、絶対にお前に自分好みの水着を着せてやる、というプレゼン大会なのだから──!


 果たして梅吉が持ってきた、青仁に着せる候補たる水着は、色こそ紺や黒、白と様々だが、一つだけ共通点が存在している。


「何この布。泳ぐ時くっそ邪魔そう」

「んだとてめえ、パレオには夢と希望がいっぱい詰まってんだよ!」


 スカート状の腰布、いわゆるパレオがセットでデザインされているものであった。まあ当事者たるアホは、残念ながら何一つ理解していないようなので、梅吉は初手逆ギレに走った訳だが。


「この布は素晴らしいんだぞ?!あえて!あえて隠す!それにより秘匿された部分に一体何があるのだろうかと男心がくすぐられ!かつ布の下を見られてしまうことも前提として作られている……!想像してみろ、布がはためき、眩しい夏空の下にお前の真っ白すべすべな足がチラ見えする光景を── It's beautiful.」


 妄想だけでもご飯三杯いけるのだから、実物はそれはそれは素晴らしいものだと思うのだ、と力説する。聞けば聞くほど青仁がゲンナリとした顔をしている気がするがきっと目の錯覚だろう。もしくは梅吉が青仁のプレゼンを聞いた後という数分後の未来の光景だ。


 なお第三者視点から見ると微妙にズレたプレゼンではあるが、梅吉は気が付いていなかった。


「いっつびゅーてぃふぉー、じゃねえようるせえな。しかも微妙に発音良いのマジムカつくんだけど」

「でもこれで素晴らしさはわかっただろ?」

「……とりあえず、俺もプレゼンやるわ」


 回答を保留した青仁が、そう言って徐に手にしていた水着を梅吉の眼前へと突きつけた。正直その時点で梅吉は直視したくなくなっていたが、視線をそらすことは許されない。

 奴が複数手にしている水着の全体的な傾向は、フリルの塊みたいなくせに、際どい部分はそれなりに露出をしているものである。つまりは梅吉が自ら着用するという観点から見ると最悪の一言に尽きるそれを視界に入れ、青仁は口を開く。


「まあ、正直言って俺は長々とプレゼンをやるつもりはない。ただ、ひとつだけ言わせてくれ──お前には、この手の水着が死ぬほど似合うと思うんだ」

「うわかつてないほど真剣なツラしてんなこいつ。で、さっきの返答は?」


 普段は間の抜けたぼんやりとした顔をしているくせに、こういう時ばかりはキリッとするのだから、最悪な奴である。と、思いながら淡々と返答を急かしたのだが。


「おい騙されねえからな?お前こそさらっと避けてんじゃねえよ答えろ」

「……」

「……」


 青仁に思惑を見破られ、二人揃って沈黙する羽目になった。水着片手に沈痛な面持ちをしている美少女二人組、大分シュールな絵面である。

 とはいえ正直、互いに何が引っ掛かっているのかは理解しているのだ。ただそれを言ってしまうと、相手がこの手の水着を着てくれなくなることを重々承知しているからこそ、絶対に口に出す訳にはいかない訳で。


 つまり、「ビキニって要するにほぼ下着みたいなもんだよな?下着姿で外歩くの?マジ?」という、二人にしては冷静沈着な思考である。


 正直男だった頃、海パンに対し「ほぼ下着じゃん」なんて発想は抱いたことがなかった。何も考えずに生きていたし、何より昨今はラッシュガードという代物がある。それと組み合わせてしまえば、感覚的には夏場の軽装と大差ないのだ。

 それが女になってしまったら何故下着を強要されるのか。いや別に下着同然ではなく、普通の服みたいな水着も存在していること自体は、両者共にに相手に着せたい水着を売り場から選び取ってくる段階で認識してはいるが。今回それらは無かったことになっている関係で、議題には上らない。


 なにせ今この場には、日和った時点で相手も日和り、相手のザ・水着って感じの露出度は見られないという、最悪の共通認識が存在しているので。


「……ち、ちなみにさ。お前個人が着たいなって思った水着とかあんの?」

「あそこのラッシュガード完全防備みたいなやつ」


 ひとまず話題を逸らそうとした梅吉は、今回はほとんど互いに無視されるであろう個人の希望を問う。それを受けて青仁が指差したのは、長袖のラッシュガードにハーフパンツを組み合わせた水着という、ユニセックスの塊みたいな代物であった。ポップには体型カバーがどうだの日焼け対策がどうだの書いてある、が。


「は?あんなん着るとか控えめに言って人類史における極めて甚大な損失だろ」


 ダイナマイツおっぱいがものの見事に隠されてしまうような残念極まりない水着を、梅吉が許すわけがないのである。


「そうか。じゃあ、お前はどんなのが着たいわけ?」

「あれ」

「お前だって人類史における極めて甚大な損失やってんじゃねーか!」


 問われるまま近場に置いてあった半袖に短パンを組み合わせた、大分普通の水着を示せば、見事青仁から怒号が飛んできた。予測できていた展開ではあったが、やらずにはいられなかったのである。


「いやだってさあ……自分で選べって言われたら、そりゃあ普通の服っぽいの選ぶだろ。常識じゃねーか」

「もしかしてお前の趣味って全力でブーメラン投げることだったりする?」

「うるせえな。じゃあパレオ付きの水着着てくれよ」

「良いけど、ならお前も俺が着て欲しいって言ってたビキニ着ろよ」

「……」

「……」


 陰鬱な気配を殊更に増し、展開がループしていく。完全に堂々巡りに陥っていた。誰だって、そんな水着は着たくないのである。ちょっと露出度が高すぎるだろ、難易度高いわ、とお互いに思っていた。


「……もしやこれ、平行線ってやつなんじゃ……?」

「青仁にしては頭良いじゃねえか。そうだよ」

「でもさあ……」


 二人揃ってじめじめと、それこそきのこでも生えてきそうな嫌な空気感になってきた所で。


「良いこと教えてやるよ、こうなる前のオレらはそんなこと一ミリも気にして無かったんだぜ?」


 梅吉は、自爆覚悟で特攻をキメた。


「そういうことは言っちゃいけないんだぞ!!!!!」

「う、うるせえ事実だろ!こうやってぐちぐち言ってる時点でオレらはもう変わっちまったんだよ!」

「くっ……!い、いやでも女性下着に限りなく近い衣服を身につけた上で衆目に晒されるのはなんかこう、露出プレイとかに分類される類の特殊なアレじゃないのか?!つまり俺がぶつくさ言ってるのは男として何も間違ってない!Q.E.D!!!」

「おい馬鹿なんでそんなひどいことを軽率に言っちまうんだよ!!!!!」


 何故そんな残酷な真実に行き着いてしまうというのか。必死に目を逸らし続けていたというのに。

 梅吉だって気がついていたとも。しかしそれを言わなかったのには無論理由がある。



「そういうこと言い始めるなあ!オレらの現状が完全に『女子高生のコスプレをしているのに公共の場で平然としてる男子高校生』になっちゃうんだぞ?!」



 そもそも自分達の日常がイコール露出プレイになってしまうのだから──!


「っま、待てよ。そ、そそそそそそんなことがあああああるはずがな」

「下向いてみろよ、お前が今着てんのはなんだ?……そうだなうちの高校の女子制服だな!!!」

「うがああああああああああああ!!!むぐっ」


 青仁がついに耐えられないと言わんばかりに絶叫する。しかし残念ながらここはショッピングモールの一角ゆえに、そんなことをしたら余計衆目を浴びる結果になるだけである。故に梅吉は青仁の口を全力で塞ぎにかかったのだった。


「青仁、自傷行為欲求はおさまったか?」

「ああ。やっぱ現実なんて斜めから見てなんぼだわ」

「そうだ青仁、その調子で生きていけ。ってことでこの水着をだな」

「嫌っつってんだろじゃあお前もこれ着ろよな!!!!!」

「絶っっっ対に嫌だ!!!!!」


 公開プレイは終了したが、話は平行線に戻ってきてしまった。これ以上、一体どうしろと言うのだ。そう梅吉が諦めかけたその時。


 天啓が、降りてきた。


「……なあ、青仁。着たくないって気持ちはオレもよくわかる。だが、一回ぐらいは着てみてもいいんじゃあないか?この世にはおあつらえ向きに『試着』って文化があるんだからよ」

「はあ。試着?お前も着てくれるならいいけど」


 何考えてんだこいつ、とでも言いたげなじっとりとした視線が向けられる。それに対して梅吉は、勤めて平静を取り繕って言った。


「別にいいぞ」

「えっ」


 背に腹は変えられない、これについては梅吉も腹を括るつもりだ。無論、そんなさっぱりとした返しが来るとは予想していなかったらしい青仁が、目を点にしているが。気にしてやる義理なんてあるはずもなく。


「おら行くぞー」

「えっ」


 呆けた様子の青仁を引きずって、梅吉は試着室へと向かった。

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