魔女会議『議題:人間たちに、再び魔法に興味を持ってもらうには?』

夜桜くらは

四人の魔女による魔女会議

 深紅しんくのカーペットが床を覆い、炎のようなきらめきを放つが四隅に置かれた広間に、四人の魔女たちが集まった。彼女たちは、中央の円卓を囲んで椅子に腰掛け、それぞれの前に置かれた紅茶に口をつけている。


「こうして集まるのも久しぶりね。いつぶりかしら?」

 濃紺のうこんのローブをまとった東の魔女は、カップをソーサーに置いて懐かしそうに微笑んだ。


「んー……ごめん、覚えてないや。だいぶ前だったよね」

 真紅しんくのケープを身に着けた西の魔女は、そう言ってへらりと笑うと、椅子にもたれかかって背伸びをした。


「そうねぇ……たしかルナベリーが採れる時期じゃなかった? ほら、ジャムにして紅茶にいれると美味しいやつよ」

 深緑ふかみどりのロングドレスを着た南の魔女は、おっとりとした口調でそう言って、向かいに座る北の魔女を見やった。


「……うん、飲んだ。……みんなで。……メルフィウス流星群、観ながら」

 紫紺しこんのマントを羽織はおった北の魔女は、無表情のまま静かにそう言った。


「あー! 思い出した! あの甘酸っぱいジャム!」


「ふふ、懐かしいわねぇ。流星群も綺麗だったし、あの頃はまだ私も若かったわぁ……」


「いや、私たちは魔女だから、見た目はあまり変わらないんじゃない? 少なくとも北の魔女は変わらないように見えるけど……」


「……今日の、紅茶も、美味しい」


 北の魔女を除く三人の魔女たちは、それぞれ昔を懐かしみながら話に花を咲かせていた。北の魔女はというと、そんな三人の姿をただ静かに眺めつつ、紅茶を飲んでいた。



 それからしばらく思い出話にふけっていた彼女たちだったが、やがて東の魔女が思い出したように口を開いた。


「そういえば、今回は何の招集なの? 呼び出したのは西の魔女よね」


 その言葉に、残りの二人も一斉に西の魔女へと視線を向けた。


「あ、そうだった。すっかり忘れてたよー」


 西の魔女は気まずそうに頭をかくと、ごほんと咳払いをして姿勢を正した。


「えっとですね、今日集まってもらったのには理由がありまして……その、なんというか、相談したいことがあって……」


「珍しいわねぇ、あなたがそんなことを言うなんて。一体どうしたの?」


 南の魔女の言葉に、他の二人も同意するように頷いた。いつも明るく元気な西の魔女が、このように弱々しく喋る姿など滅多に見られるものではない。それほどまでに深刻な悩みなのだろうか、三人はそう思いながら西の魔女の言葉を待った。

 だが、彼女が口にした言葉は、あまりにも予想外のものだった。


「……魔法って、古臭くない、よね?」



「…………はい?」


 数秒間の沈黙の後、最初に声を出したのは東の魔女だった。彼女は目をぱちくりさせながら、困惑気味に問いかける。


「えーと、ごめんなさいね、ちょっと意味がわからなかったんだけど……もう一度言ってもらえるかしら?」


「だ、だからっ! 最近、人間たちから魔法っていう存在が忘れ去られてる気がするんだってば!」


 恥ずかしさのあまり顔を赤らめる西の魔女に対し、東の魔女はますます困惑した表情を浮かべた。そんな二人のやり取りを見て、今度は南の魔女が口を開く。


「まぁたしかに、私のところに依頼に来る人間も少なくなってきたわねぇ……。少し前までは、魔法の薬を作ってくれとか、呪いを解いてくれとか、色々と頼まれることがよくあったのだけど……」


「でしょう!? なんかさ、『科学』とかっていうのがすごい発展してるらしくて、それで人間たちの生活が豊かになっていってるんだってさ! それって良いことだと思うし、あたしも嬉しいんだけどさ、でも……」


 そこまで言うと、西の魔女は再びうつむいてしまった。そんな彼女の様子を見た東と南の魔女は、互いに顔を見合わせると、困ったように肩をすくめた。


「……なるほどね。つまりあなたは、自分が魔女であることに誇りを持っているからこそ、人間たちの魔法に対する関心が失われつつある現状に、危機感を覚えているということなのね?」


 東の魔女の問いかけに、西の魔女は黙って小さくうなずく。それを見た南の魔女は、ふっと微笑むと穏やかな口調で言った。


「そうね。やっぱり忘れられるのは寂しいわよねぇ。西の魔女ちゃんは、そう思ったのね?」


「……うん。だから、みんなにも相談したくてさ……。ごめんね? こんなことで呼び出しちゃって……」


 そう言って申し訳なさそうに頭を下げる西の魔女に対して、南の魔女は微笑みながら首を横に振った。


「謝ることなんてないわぁ。私だって同じ気持ちなんだから」


「……ボクも、そう思う」


 続いて北の魔女も首を縦に振ったのを見て、西の魔女の表情がぱぁっと明るくなった。そして、残った一人──東の魔女の方を期待に満ちた眼差しで見つめる。

 その視線に気づいたのか、東の魔女は小さくため息をつくと、やれやれといった様子で口を開いた。


「……ま、仕方ないわね。私たちの仲ですもの、協力しないわけにはいかないじゃない」


 その言葉を聞くや否や、西の魔女は椅子から立ち上がって彼女の両手を取り、ぶんぶんと上下に振った。


「ありがとう! ほんとに助かるよ!」


「ちょ、ちょっと、大袈裟すぎるのよあなた……まったくもう……」


 口では文句を言いつつも、東の魔女の表情はどこか嬉しそうだった。その様子を見ていた南の魔女は、くすりと笑うと二人に声をかける。


「さて、それじゃあ具体的にどうするか考えましょうか?」


 その言葉を合図に、四人の魔女たちは再び円卓を囲むこととなったのだった。



 それから四人は様々な意見を出し合い、議論を重ねた。


「要するに、魔法が現代にも残っているってことを人間たちにアピールすれば良いのよね? それなら、私たちが実演するのが一番手っ取り早いんじゃないかしらぁ」


「実演かぁー……でも、どうやって見せればいいんだろ……?」


 西の魔女の言葉に、東と南の魔女も頭を悩ませる。すると、しばらく黙り込んでいた北の魔女がおもむろに口を開いた。


「……なら、映像で、魔法、見せたら。……良いと、思う」


 それを聞いた三人は一斉に驚きの表情を浮かべる。


「えっ!? それってどういうこと!?」


 西の魔女に詰め寄られた北の魔女は、一瞬びくっと肩を震わせたが、無表情のまま説明を始めた。


「……ここに、来る途中で。……大きい映像、見てる人間、たくさんいた。……西の塔の、近くで。……だから、そこに、魔法で。映像、映したら、いいと、思った」


 それを聞いて納得した様子の西の魔女は、ぽんっと手のひらを叩くと満面の笑みを浮かべた。


「なるほど! そういうことかぁ……! じゃあさ、どんな映像にするかみんなで考えようよ! やっぱり派手なやつが良いかな?」


「いや、あまり派手すぎても良くないと思うわ。やりすぎて、人間たちの間でパニックが起きてしまっては本末転倒だもの」


「うーん、それもそっか……。あっそうだ! それなら、見た人間たちがちょっと楽しくなるような魔法をかけてあげるっていうのはどうかな?」


「あら、それは面白そうねぇ。魔法のプレゼントってところかしら? それなら良さそうだわぁ」


「映像を通して、魔法をかけるってことね。難しそうだけど、やってみる価値はありそうだわ。どんな魔法がいいかしら……」


「……思い出、見せるのは、どうかな? ……さっきの、みんな、楽しそう、だったから」


「あー! それいいね! そうだ! せっかくだから、心の奥にある思い出を引き出して、頭の中に浮かぶようにしてあげるってのはどう!?」


「うふふ、素敵ねぇ! なんだかロマンチックだわ! 私は賛成よぉ」


「えぇ、私もいいと思うわよ。それでいきましょう」


「……決まり、だね」


 こうして話はまとまり、彼女たちはそれぞれ準備に取り掛かることにしたのだった。



 数日後、西の塔のスクリーンに映し出されていた映像が、突然切り替わった。どうせならサプライズで人間たちを驚かせたいという西の魔女の提案により、配信のような形式になったのだ。


『人間のみんな、こんにちはー! あたしは西の魔女! 今からみんなに素敵な魔法をかけてあげるからね!』


 画面に映った少女の姿を見て、人間たちの間にどよめきが起こる。しかし、そんなことはお構いなしとばかりに西の魔女は喋り続けた。


『この魔法は、各地の魔女たちと一緒に考えたものなんだ! あたしたちからのプレゼントだと思ってくれたら嬉しいな! それじゃいくよー? 《メモリーズ・アウェイク!》』


 次の瞬間、塔の前の広場に巨大な魔法陣が出現する。そして、そこから無数の光の玉が現れたかと思うと、それらはまるで生きているかのように動き回り始めた。やがてその光は人間たちの身体に触れると、吸い込まれるように消えていった。


 すると、人間たちの頭の中には、それぞれ心の奥に仕舞い込んである思い出が映像となって浮かび上がった。それは幼い頃の記憶だったり、懐かしい友人との会話だったり、あるいは大切な家族や恋人との思い出だったりした。彼らは最初こそ戸惑っていたが、すぐに笑顔を浮かべると楽しそうに語り合い始めた。

 だが、中には忘れたい思い出──つまり“黒歴史”が浮かんだ人間もいたようで……。ある者は頭を抱えながら悶絶していたり、またある者は顔を真っ赤にして走り去っていたりと大騒ぎであった。


『みんな楽しんでくれたかな? 魔法は素敵なものだって伝わったのなら嬉しいなっ! もし何か困ったことがあったら、いつでも相談に来てくれていいからねー! あたしたち、待ってるからさっ!』


 人間たちが、魔法で浮かんだ思い出に夢中になっている間も、映像の中の西の魔女はずっと笑顔だった。むしろ彼女にとっては、人間たちの反応を見ている時が一番楽しかったのかもしれない。

 そうして、映像は西の魔女のこんな言葉と共に締めくくられたのだった。


『それじゃあみんな、まったねー! あ、そうそう! この魔法はあと十秒で解けるからねー!』

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魔女会議『議題:人間たちに、再び魔法に興味を持ってもらうには?』 夜桜くらは @corone2121

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