二十.エピローグ(第一部最終話)


 出逢いの日を思い出すような、よく晴れた午後だった。最低限の管理しかなされていない庭には多種多様な雑草が葉を伸ばし、控えめに花を咲かせている。そのわりに、木造りの小さな家は良く手入れされているようだった。

 雑草をかき分けて広い庭を見分していたティリーアの後ろから、困惑したような声が掛けられる。


「ティア、草むらを歩き回るのはよしなさい。蛇や、危険な虫が潜んでいるかもしれない」

「わたし蛇は怖くないわ。大丈夫よ、足元はそれほど荒れていないもの。雑草に隠れているけど、ここ、ちゃんと花壇の形に区分けされてるみたい」


 竜族の中でもとりわけ強い力を持つ彼には、人族の妻がとても儚く見えるのだろう。たとえ――同じく永遠の命を持ったとしても。

 いささか過保護で心配性に思えるが、ハルはいつでもティリーアがしたいようにさせてくれる。今だって、身の回りにいきものの気配がないかと神経を張り詰めつつも、力尽くで引き戻したりはしない。だからつい安心して甘えてしまうのだ。


「ここはずいぶんと庭が広いよ、君の手には余るだろう。他を当たって、すぐに住める家を探してもいいんだよ」

「ううん、ここが気にいったの。時間は十分にあるのだし、ちょうどいいわ」

「そうか……君が、そう言うのなら」


 まだどこか心配を拭いきれぬ様子の夫を安心させようと、ティリーアは笑いかけた。これから先の未来、選択肢がひとつ減るくらいどうってことはない。代わりに選べるものは、数えきれないくらいにあるのだから。


「そうと決まったら、アスラにも伝えなきゃ。……ねえハルさま、あの子、またついてくると思う?」

「ついてくるだろうさ。俺は時々、君らの仲の良さに嫉妬してしまいそうになるよ」


 そう言いながらも追い返したりしない彼の優しさを、愛おしいと思う。同時に、言い知れぬ不安がふいによぎることもある。誰をも責めず傷つけず生きようとするあまり、自分ひとりで何もかもを抱え込んでしまったりはしないか――と。


「叱ってもいいのよ?」


 含みを持たせたティリーアの答えに、ハルは笑い返しただけで、何も言わなかった。





 結婚式後、仮住まいでこれからのことを話し合っていた時のこと。アスラがいないわずかな隙をついて、シエラがひどく神妙な顔で訪ねてきた。出迎えたハルも難しい表情をしていたので、彼は大体のことを洞察していたのだろう。

 謝罪から入ったシエラの話は、ティリーアの身体に起きた変化に関わることだった。そもそも、アスラに『永遠』の魔法をそそのかしたのは彼だったらしい。誕生して間もない『時の司竜』の権能が何をもたらすか十分には知られていないのに、である。

 シエラの告白を受けハルが静かに語ったことは、確かにアスラの耳には入れ難い内容だった。ティリーア自身は、ふたりが想像したであろうほどのショックは受けなかったが。


「寿命が尽きないというのは、身体の『時』を停止させることだ。時が動くからこそ、人は成長し、変化する。もしもその『時』をめてしまったら、身体の変化も生じない。つまり――」


 この身体は、これ以上歳を取ることがないのだという。生命活動は変わらず行われるので、髪や爪などはゆっくりだが伸びるだろう。しかし、女性として新たな命を宿すことと育むことは、もうできないと。

 確かに、温かくて幸せな家庭というものに憧れがあったことは否定しない。けれどそもそも、ハルは竜族の中でも特異な存在なのだ。そんな彼にごく普通の家庭、父親の役割を期待するなんて全く考えもしなかった。だから、ティリーア自身はその現実を案外すんなりと受け入れている。

 では、ふたりでこれからどう生きてゆくのか。この先のことを時間をかけて話し合う中で、ハルは家を持つことを提案した。それも、竜族の村ではなく人族の住む地域に。





 そうして父の伝手を辿り紹介してもらったのが、この小さな一軒家だ。故郷の村に近く、気候も穏やかで過ごしやすい。一介の村娘に過ぎない自分が彼に教えられることなどないと思っていたけれど、ここに住むと決めたなら、庭づくりや畑づくり、料理に裁縫などできることは沢山ありそうだ。

 この地域にはまだ村しかないが、少し足を伸ばせば人族の大きな街もあるのだという。とはいえ生粋きっすいの竜族であるハルと、人族ではあるが竜族の村で育ったティリーアにとって、大きな街はまだ垣根の高い場所だ。ふたりとも人族の文化に興味を持ってはいるが、知らないこと、理解できていないことは多いのだ。


「俺は、まだまだ人族について学ばなくてはいけないな」


 庭の見聞を一通り終えてから、ふたりでテラスの縁に腰掛けてお茶を飲む。しみじみと語るハルを眺めながら、ティリーアもまたこれからのことを思い巡らす。

 永遠という未来は広く、想像以上に長く、果てしないのだろう。それでも、のんびり構えてはいられない。ハルの夢を本当の意味で実現させるためには、知るべきことも覚えるべきことも山積みに違いないのだから。


「わたしだってそうよ。でも、あなたと一緒なら、頑張れる気がするわ」


 彼女の言葉を聞いて、ハルが嬉しそうに笑う。いつか見た夢のような太陽を思わせる笑顔に、自分も彼の妻として、世界ほしの運命を見守る側に立場を定めたのだと改めて実感する。

 心にうながされるまま愛するひとに身を寄せ、彼の体温を感じながら、ティリーアは夢心地の気分で目を閉じた。

 


  ★⭐︎★⭐︎★



 この時代より、人族の魂には奇跡の片鱗が宿る。魔法と呼ばれるその力は、人が命を終えるときに天空へと昇り、幻の星をひとつ灯すという。

 ゆえに天空の星々はその多くが奇跡の残滓ざんし。はるか後代に、夜闇を導く星辰せいしんが願いを叶えると語り継がれる、これがいわれである。


 人に奇跡を贈りし光の司竜——『癒し手』たる名を持つ王は、人族とともに住み、彼らをまもりてひとつの国を建てる。その国の名は『太陽の恵みライラ・ディア』と呼ばれるようになる。

 彼の治める国は幾百年の長きに渡り、平和と繁栄を享受きょうじゅしたという。





 ——…‥・ 第一部 完




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【第一部完結】夢占の少女と光を統べる金の竜 羽鳥(眞城白歌) @Hatori

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