第90話 聖女パーティ対氷竜

  ◇◇◇◇


 時は戻り、ミナトがテントを出て十分後。

 ミナトの不在に最初に気づいたのはコリンだった。


「……んにゃ……ミナト?」


 隣に居るはずのミナトがいないことで少しだけ寒く感じて目を覚ましたのだ。


「ミナトがいないです!」

「なに?」


 コリンの声でジルベルトが飛び起きて、一瞬遅れて皆が一斉に目を覚ます。


「タロとレックスがうんこに行ったときには、ミナトはいたよな?」

「いました。……タロとレックスも戻ってませんね」

「ぴぃ~」「ぴぎっ」


 ミナトの書いた手紙の存在を教えようと、ピッピが鳴いてフルフルが飛び跳ねた。


「あ、ミナトの手紙があったです……」


 ミナトからの手紙を皆で読むと、大人達は顔をしかめた。

 そして、コリンは真剣な表情でコトラのことをぎゅっと抱きしめた。


「……コトラのことは任されたです」

「にゃあ~」

「……帰ってきたら叱らないとな」

「……追いかけて、追いつけるでしょうか」

「そもそもその必要は無いでしょうな。タロ様とレックスがいるのですから」

「それに私たちではタロ様に追いつけないわよ」


 ジルベルトたちが相談しながら、アニエスを見た。


 アニエスはテントの入り口を少し開けて外を覗く。

 空はまだ暗く、外は水が一瞬で凍りそうなほど冷たかった。


「少なくとも日の出までは待機します。……至高神様。ミナトをお守りください」


 アニエスは静かに祈りを捧げた。


 それから残された者たちは朝ご飯の準備をする。

 ミナトとタロが戻ってきたときに、すぐに朝ご飯を食べられるようにだ。


「ピッピ、お願いします」

「ぴぃ~」


 ピッピが自分の体を熱くして、スープを温めたりパンとウインナーを焼いたりしていく。

 一酸化炭素を出さずに、自分の体を高熱にできるピッピは、テント内での調理に最適なのだ。


「コリン、コトラ。お腹が空いただろ。先に食べておけ」

「ミナトとタロを待つです」「んにゃー」

「…………そうか」


 出来た料理を魔法の鞄にしまうと、テントの中は静かになる。

 粛々といつでも戦えるように装備を調え、ミナトたちの帰還を待った。


 状況が変わったのは、夜明け直前になってからだ。


「ぴぎいぃぃき!」


 テントの外に索敵に出ていたフルフルが鋭い声で非常事態を告げる。


「どうした! フルフル!」


 真っ先にジルベルトが飛び出し、他の者もその後に続く。


「……なんてこった」


 ジルベルトはそう呟きながらも剣を抜く。

 猛吹雪の中テントの外に出たアニエスたちが見たものは、体長五メートルはある竜だった。


 全身の七割ぐらいが赤黒い腫瘍で覆われており、二割は金属様のヘドロで覆われている。

 本来の綺麗な青白い鱗は一割程度しか、見えていない。


「……凌ぎます。コリンはコトラを連れて後退しなさい」


 アニエスは倒すとは言わず凌ぐと言った。

 平地ならば倒す自信がある。だが、極寒の高山で氷竜を相手に勝てるとは思えなかった。


「ぼ、僕も戦うです!」


 そう叫んだコリンの胸元から、コトラが顔だけ出していた。


「ミナトからコトラを託されたのでしょう?」

「コリン。敵は弱いコトラを狙う。距離があった方が良いの。わかる?」


 アニエスとサーニャに説得されてもコリンは首を振りコボルトの勇者の剣を抜いた。


「集団戦闘においては役割分担が大事だ。頼む」


 ジルベルトの声音は優しかった。


「で――」


 コリンは「でも、僕も戦えるです」と叫ぼうとしたが、

 ――GUAAAAAAA!

 呪われし氷竜が咆哮した。


 竜の咆吼は聞いたものを怯えさせる魔法だ。

 その咆哮は氷竜の王のそれに比べれば極めて弱い。


 だが人の心胆を寒からしめるには充分な威力があった。


「ひぃぃぃぃ!」


 咆哮を受けて、コリンは一目散に逃げ出した。吹雪に紛れてすぐに見えなくなる。

 腰を抜かさなかっただけ、大したものだ。


「それでいい」


 コリンの背を見て、ジルベルトは満足そうにうなずき、


「後は大人の仕事ですな」


 ヘクトルは笑顔で言った。


「ピッピ。火魔法による体温維持と防御をお願いします。私は攻撃に専念します」

「ぴっぴぃ!」


 周囲の気温が数度上がり、ジルベルトとヘクトルが手袋を外す。


「私の矢がどれだけ通じるかしらね。竜の鱗って固いのよね」

「さて、皆さん気合いをいれましょう!」


 ――GUAAAAAA!


 竜が再び咆哮し、アニエスたちと呪われし竜との戦いが始まった。


「GUAAAA!」


 氷竜が強力な氷ブレスを放つも、

「ぴいいいいい!」

 ピッピの火魔法がそれを遮り、

「あ、通じる! 呪いのせいで鱗が柔らかくなっているのかも!」

 サーニャの矢が。鱗に突き刺さった。


「氷の精霊よ、マルセル・ブジーが助力を願う、乱流タービュランス!」」


 マルセルの風魔法により空気の流れが乱れ、

「GAAAAA」

 氷竜が地面に落ちる。


「でかした!」

「やはり、飛んでる奴には魔法ですな!」

「ぴぎ~~」


 ジルベルトとヘクトルは剣で斬りかかり、竜に傷を負わせる。

 そして、フルフルは腫瘍に跳びかかり、それを蒸発させる。


「GUAAAAA!」


 傷を負って、氷竜は悲鳴をあげた。


「いと高きところにおわす至高神。汝の奴隷たるアニエスの願いを聞きとどけたまえ」


 アニエスは解呪の為の祈りを捧げ始める。

 神の代理人たるミナトなら気合いを入れるだけで解呪できる。


 だが、聖女でしかないアニエスは、奇跡を顕現させるために祈らねばならない。


 祈りにより神界と地上をつなぐことで、神の力を降ろす経路を作るのだ。


 アニエスの経路を作る速さは当代一だ。

 だが、大きな神の力を降ろすには、経路は太くなければならず構築は時間がかかる。


(十分、いや十五分かしらね)

 祈りながら、竜とパーティの戦闘を観察し、アニエスは心の中で計算する。


 なぜか、祈りが通じにくい。もしかしたら二十分かかるかもしれない。


 ピッピとフルフルのお陰もあって、今の味方には比較的余裕がある。

 だが竜は無尽蔵な体力を持っている。倒しきるのは難しい。


 時間が経てば経つほど、竜が優勢になるだろう。

 時間との勝負だ。アニエスは脂汗を流しながら、神に祈りを捧げ続けた。

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2025/1/16 4巻発売!ちっちゃい使徒とでっかい犬はのんびり異世界を旅します えぞぎんぎつね @ezogingitune

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