第3話

 それからというもの、私は日々を楽しむようになっていった。


 武士と立ち話しながらその家の人々の様子を眺め、一緒に生活を楽しんだ。

 これから母親は夕ご飯になにを作るのか、予想して当てっこしたり、母親の見るネットニュースをのぞき見して近頃の人間たちは、と社会問題について語り合ったりした。家族が出かけると、かってにテレビを見たりアレクサに音楽を流させたりもした。


「母親が口笛で吹いていた曲、これだったんですね」

「ああ、最近の流行歌のようだな」


 いつの間にか日が暮れて、部屋の中は薄暗くなっていた。


「まだ帰ってこないんですかね、この家の人たち」

「今日は日曜日だ。きっと遠くに遊びに出かけて、外で夕飯を済ませてくるんだろう」

「あの……そしたら私、ちょっと踊っていてもいいですか?」

「踊る?」

「はい」


 私はそう言うなり、アレクサの流す音楽に合わせて舞を踊り始めた。

 おそらく私は生前、舞を生業にしていたのだと思う。

 考えなくても体が勝手に音楽に合わせてしなやかに動き出す。

 

 こんなに楽しいのは久しぶりだ……。

 私はリビングに転がるおもちゃを蹴飛ばし、ダイニングテーブルの上に置きっぱなしになっていたお菓子やコップも弾き飛ばして、夢中で踊り続けた。幽霊だから息切れもせず、いつまでも舞っていることができる。

 

「フハハ、これはお見事」


 武士が手を叩いて喜んでくれている。


 と、その時、玄関ドアがガチャリと開いた。

 そして狂ったように舞っている私を見てユユが悲鳴をあげ、大声で泣き出した。



 翌日、父親は神社の神主さんを家に連れてきた。


 このところユユは幽霊におびえてずっと寝不足で、一人では怖くてトイレにも行けなくなってしまっていた。

 目の下にクマをつくり、おうちにはいたくないと泣いて訴えるユユを見て、父親はお金をかけてでも除霊すべきだと感じたようだった。

 

「あはは、これで私たちも解散ですかね」


 なんだかちょっと、名残惜しい。

 ユユにはかわいそうだったが、この家で過ごす時間はちょっと楽しかったから。


「武士さんと、もう少しこうやってふざけて過ごしていたかったですけど」


 すると武士は言った。


「別に解散する必要はなかろう。ここにはじきに居られなくなるだろうが、別の場所に一緒に向かえばいいだけのこと」

「え、いいんですか?」

「いいも悪いもなにも。我々には時間がありあまっている。いつか飽きる時がくるまでおぬしと世間話をして過ごすのも悪くはない」

「そうですか……。そうですよね」

「ただ気がかりなのは、またあの母親が風呂場で口笛を吹くのではないかということだ。あのようなことをすれば、再び幽霊が集まり始めるぞ。それが我々のようにほぼ害のない幽霊だとは限らない。悪霊が集まれば大変なことになる」

「確かに……」


 私は部屋を見渡し、ユユがいつも使っているクレヨンをみつけた。その中から赤いのを一つ取り出し、ダイニングテーブルの上に走り書きする。


「フロバデ クチブエ フクナ」


 これでもう、この家に幽霊が集まることもないだろう。

 テーブルに書かれたメッセージを見た母親が悲鳴をあげるのを聞きながら、私は武士と家を出た。

 

「これから、どこに行きましょうかね」


 たずねると、武士が答える。


「なあに、考えなくとも体が自然と吸い寄せられる場所に向かうだけだ。……だがなるべくアレクサなるものが音楽をかけてくれる場所が良い。この間の舞の続きが見たいからな」

「そうですか」


 私たちはあてどなく夜道を進んでいく。

 幽霊も悪くない。ふとそう思う。


 存在しているのかしていないのかもはっきりしない私の体を夜風がふきぬけていく。それが今宵は、やけに心地よく感じられるのだった。

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幽霊の日常 猫田パナ @nekotapana

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