脳筋魔法少女ミミミVS宇宙から来た悪魔サボテン

尾八原ジュージ

最終決戦終盤

 ああもうほんとにまずいことになった。目の前に立ってたリリリの首がふっとび、黄緑色の長いポニーテールを引きずりながらあたしの足元まで転がってきた。疲労でどす黒くなった顔色に、見開いた瞳の色だけが鮮やかだった。

 悪魔は目の前で吠えた。リリリの首を刈り取った爪から血が滴っている。便宜上こいつを悪魔と呼んでいるけど、サボテンとヒグマとサメを五回くらい足したようなものが果たして悪魔なのか、そもそも悪魔って何なのかって話になってしまうんだけど今そういうことはどうでもよかった。大事なのは、今ここに立っている魔法少女はあたしだけ、ということだった。

 街一個消し飛んだあとの荒野の中で、あたしと悪魔的サボテンはにらみ合っていた。ふたりっきりだ。こんなとこに軍隊なんか来たってどうにもならない、それどころか並みの魔法少女でもどうにもならないものだから、ネネネがバリケードを作って皆を追い出した。だからもうここにはあたしたち以外誰もいない。

 超精鋭で組んだつもりの魔法少女五人パーティーは、もうあたし一人ぼっちになっている。超回復のナナナも超磁力のクククも最硬壁のネネネも無限爆弾のリリリも、もういない。最強のパンチの持ち主たるあたしこと、魔法少女・破壊拳のミミミだけが残っているというわけだ。得意技は魔力を拳にのせて力の限り敵に叩きつけること。コスチュームだけはピンクのフリフリでかわいいんですけどねぇ……ええと、思考がまとまらなくなってきた。疲れているのだ。

 でもきっと相手も相当ヘトヘトなはずだ。五つ咲いていたサボテンの赤い花は、ほとんど枯れ落ちてもうあと一輪しかない。たぶんあれが落ちればあたしの勝ちなんだろう。そうであってほしい。

 あたしは転がってきたリリリの首を拾った。中学二年生、パパはコックさんでママはパティシエ、おうちはレストランで、小学一年生の双子の弟がいて、勉強はいまいちだけど体育と家庭科の成績はよく、ソフトボール部では一年のころからレギュラー入り。リリリはそういう子だった。でも、今のあたしには彼女の死を悼んでいる暇もないのだった。ネネネが作ったバリケード――その辺の土を盛り上げて作った超固いクソデカ壁は、彼女の死によってそろそろ限界を迎えつつある。このままではいずれ、悪魔サボテンが外に解き放たれてしまう。

 あたしは魔力を乗せた握力でリリリの頭を握りつぶし、リリリの脳をつかんで口に入れた。最悪だ。吐きそう。でも食べなきゃならない。ナナナの脳を食べて一旦フル回復させた体には、再び疲労がたまりつつあった。ええと、クククとネネネの死体はどこだっけ? まだちゃんと見てすらいない。

 気がつけば、悪魔サボテンの鋭い爪が目の前に迫っていた。とっさに左に避け、同時に右足で蹴った。効果はいまひとつ。キックにはパンチほど魔力が乗らないし、それにやっぱりもう、ヘニャヘニャだ。戦い方を変えなければ。

 あたしはリリリがやっていた姿を思い出しながら、空中から爆弾を取り出し、悪魔サボテンの花めがけて投げつけた。ドォンと物凄い音がして、悪魔サボテンが悲鳴をあげた。

 ちくしょう、ちょっと外れた。やっぱりこれが一番上手いのはリリリだ。いくら脳を食べても、体に染みついた動きまでトレースできるわけじゃない。

 悪魔サボテンはちょっとふらついたけど、もう一度あたしに向かって腕を振り下ろしてくる。避けた地面に穴があき、摩擦で地面が少し焦げて煙が上がった。ああもう住民の避難誘導とか考えなくていいのは楽でいいや。急にそんなことを考える。頭がふらふらする。何もないところから爆弾を取り出すのって、結構疲れるもんだな。

 ふらついたあたしの頬を、棘だらけの腕がかすめた。よけたつもりだったけどちょっぴりひっかかれて、目の奥がぐらぐらと煮えたぎるような痛みが襲ってきた。クソサボテンめ。あいつ、棘にも毒があるんだよな。あたしは倒れそうになりながらも歯を食いしばり、なんとか踏みとどまってもう一度爆弾を投げつけた。ちょっぴり足止めできればそれで上等だった。爆発で少しよろめいた悪魔サボテンから、あたしは急いで距離をとった。

 脳だ、脳を食べたら仲間の魔法が使える。だからあたしたちは、誰かが死んだら自分の脳を食べられても構わないってことにしようって約束した。みんな泣いてた。だって誰が死んでも嫌だったから。

 土埃の向こうに黄色いものが見えた。ぺちゃんこになったクククだった。中学三年生。合唱部ではソプラノのパートリーダーで、誰とでもすぐに仲良くなれる。同じクラスに幼なじみの男の子がいて、その子のことが大好きで、でも告白しようとするといつもの元気がふにゃふにゃになってしまう、クククはそういう子だった。必死で掬ったクククの脳は、その辺の土の味がした。あたしは右足で立っている地面をトントンと踏んだ。反発! 空中に飛び上がったあたしは、今度は視線によってサボテンの花にマーキング、超磁力で一気に引きつけた。一瞬で悪魔はあたしの目の前、拳の前にやってきた。もらった。あたしはサボテンの花めがけて拳を叩きつけ――ようとした。

 が、

 突如として現れた透明の固い壁に阻まれ、超磁力によって限界を超えた速度で繰り出されたあたしの拳は、一瞬でめちゃくちゃになった。折れた骨が皮膚をやぶって飛び出し、ピンクのグローブはあたしの血で真っ赤になる。まるで体が半分吹き飛んだような猛烈な痛みが襲い、あたしは獣みたいな声をあげて地面に転がった。

 悪魔サボテンはあたしを見下ろしていた。針みたいな牙が生えた口から、青いものがはみ出している。ウェーブがかかったネネネの長い髪。嘘だろ。あいつネネネの脳みそ喰いやがった。ネネネは高校一年生、勉強は学年で一番、真面目で大人しくて人見知りでもの静かだけど、たまにどうでもいいことがツボに入って涙が出るまで笑ってしまう。ネネネはそういう子だった。

 痛がるあたしを、悪魔サボテンが笑っている。

 ネネネ、悔しいだろうな。そしてこいつはきっと、あたしの脳も食べる気なのだ。戦うものの直感であたしは悟った。そんなの絶対に厭だし、あってはならないことだ。世の中には絶対にやってはいけないことがあるということを、今、こいつに教えてやらなければならない。

 怒りで体が熱くなった。そのとき、突然痛みが消えて右腕が光に包まれ、一瞬のうちに元通りになった。もう使えなくなったと思ったナナナの超回復だ。たぶん右腕一本が精いっぱいで、でもこれでもういい。生きて帰れなくてもいい。あたしは魔法少女ミミミ。中学二年生。勉強もスポーツも芸術科目も飛びぬけて得意なものはなくって、でも学校には友達がいっぱいいたから楽しかった。パパもママも普通のサラリーマン。兄弟はいない。普通オブ普通の核家族。パパとママはもう避難してるはず。あたしが魔法少女だってことを知らないから、バリケードの外であたしのことを探してるはず。泣きたくなる。パパとママが知らないところで一人で死のうとしていること、本当にごめん。あたしは、回復した右手をもう一度握り締める。

 ネネネの壁、本当に固いんだよね。

 全力パンチあと一回で壊れるかどうか、ちょっと自信がないくらい。

 でも迷ってる暇はない。あたしは立ち上がる。サボテンの前に、がくがく震える両脚を必死で突っ張って、もう一度超磁力を使い、サボテンに飛びかかった。ゾーンってやつに入ってるのか、サボテンの動きがスローモーションで見える。あたしはさっき殴ったのと同じところを狙って拳をぶち当てた。痛かったことを思い出すと怖い、でも、絶対に退かない!

「しねやーーーー!!!!」

 雄叫びと共に、全力のストレートパンチが決まった。さっき一度ダメージが入ったところに、あたしの拳は寸分の狂いもなく到達し、壁が割れた。

 右腕がもう一度めちゃくちゃに砕けた。でももう痛みは感じない。あたしは全身でサボテンに抱き着いた。絶対に振り落とされないように左腕をぎっちり相手の首に回し、知らない言葉をぎゃあぎゃあ喚く口の横に噛みついた。右腕は最後の力を振り絞って空中から爆弾を取り出す。砕けた指と掌が、それでも最後の力で爆弾を握り締めた。

「くらえバカ!!! 全力パンチ!!!」

 爆弾とあたしの右腕が、悪魔サボテンの花の中央を叩いた。

 閃光。あたりが真っ白になる。

 爆散してひとつの塊になったあたしと悪魔サボテンは、何もない空中に放りだされた。

 ふたり一緒くたになった今は、サボテンのこともわかる。こいつは遠い星からやってきた。広大な砂漠とオアシス。その中に村があって、仲間たちと一緒に果物を育てたり、日光浴をしたりして暮らしていた。でもその星全体で、だんだん水が枯れてきた。さすがのサボテンも住めなくなるくらいで、弱くて小さな個体からどんどん死んでいく。悪魔サボテンはみんなのリーダーだった。みんなのために移住先を探さなければ。先住民を排除し、そこに新しい村を作る。そのためには何だってやるし、どこまでも残酷になる。そう決めた。悪魔サボテンは、そういうやつだった。

 やがて土埃の上に、死にかけのあたしとサボテンは落ちる。お互いもう命が尽きかけていることがわかる。

 ごめんね。

 サボテンがつぶやく。知らない言葉だけど、今のあたしには理解できる。遠い星の仲間と、殺してしまった地球の人たちに、ごめんね。

 あたしは、あたしもごめん、とつぶやく。あたしと、サボテンが守れなかったものたちに、ごめん。

 あのね、遠いところから来たの。

 サボテンが言った。そうなんだ、とあたしは応えた。いつのまにかナナナとクククとネネネとリリリが、あたしたちの周りを囲んでにこにこ笑っていた。

 あたしはあたしの走馬灯の中に、サボテンの村を見た。サボテンもきっとあたしのパパやママや友だちを見ただろう。もうサボテンの最後の花は萎れて落ち、あたしもどうしようもなく瞼が重い。

 あたしとサボテンは一塊になって、永遠にいっしょに眠った。

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脳筋魔法少女ミミミVS宇宙から来た悪魔サボテン 尾八原ジュージ @zi-yon

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