歩く、歩く、歩く

秋坂ゆえ

単なる歩行に色彩と微量の幻想を

 中途半端な十月末をぼくは歩く。今年は異常気象で紅葉が早くってもう銀杏の葉が黄色くてもみじも赤味を帯びてきているけれど、異常気象ってなんだか毎年聞いてる気がする。


 ぼくが住んでるのは日本、東京、二十三区の隅っこ、ほとんど埼玉に近くって、お年寄りが多い地域だ。でも地元には中学校とか高校もあるから、夕方は制服を着た子たちがわいわいと賑やかに駅に向かうのをたまに見かける。ぼくが歩くのは早朝が多いから、彼らはあまりぼくの視覚に入ってくれない。おかしいね。確かに存在してるし認知もしてるのに、実物は見ることができないの。


 ところで今朝は風が強い。何しろ異常気象だから、気温は高い。でも怒り狂ったようにびゅうびゅう吹く風は容赦なくぼくの上着の表面をいじめる。だけどぼくは大丈夫。歩いている間は身体がぽかぽかするから寒くないんだ。ただ、きれいに変色しつつある木の葉が心配なだけ。



 足の裏にはアスファルト、延々と続くアスファルト。その感触を、ぼくはいつの間にか当然の感覚として覚えてしまっているけど、ぼくのおばあちゃんちは山奥にあって自然豊かだから、柔らかい土を踏むあの感覚が時々恋しくなる。それにここは東京だから人も多い。多すぎるくらい。どの道を歩いてもどの路地に入っても人がいる。ぼくはそれがちょっと恐い。


 十月の終わり、段々と日が短くなって朝なかなか太陽が現れてくれないこの季節、つまり秋とか冬の終わりまで、実はぼくは弱ってしまう。日光がないとぼくは辛いんだ。なんでかは自分でもよく分からないけど、多分ぼくは光合成をしてるんだと思う。もちろんぼくは自分が植物ではないことを理解しているけれど、日光を浴びないとダメになってしまう。参ってしまう。だからぼくは日向を歩く。毎日、日光を吸収しに歩く。



 歩いている時、ぼくはよくみんなと話す。

 街路樹とか、野良猫さんとか、公園のブランコとか、電信柱さんとかと。


——おはよう、今日は乾燥しているね。

——やあ、いつも通り良い毛並みだね。

——大丈夫? 赤錆が増えてるよ。


 彼らはたまに返事をしてくれるけど、ぼくは勝手に、自分の都合の良いように解釈しちゃう。人迷惑なワガママは良くないけど、心の内に秘めた無害なワガママはきっと平気だ。



 ところでぼくが歩く道はいつも気分で変わる。毎日同じコースを歩くなんてつまらないじゃないか。それでもこの町に住み始めてから数年経つから、色んなお店や商店街、公園や役所、図書館なんかの位置は頭に入ってる。でも、町並みはいつの間にか変わっていく。ぼくが引っ越してきた時、

『再開発反対!』

 っていう看板やチラシが色んなところにあったんだけど、結局再開発は進んでるみたいで、ぼくが好きだった古い果物屋さんはなくなっておしゃれな美容院になっちゃったし、いつか行ってみようと思っていた珈琲のお店も、気がついたら駐車場になっていた。ぼくはそれが少し悲しいけど、この町に住んでる人たちが便利な生活をできるようになるなら仕方がないのかなぁ。



 そんなことを思いながら歩き続けていると、お気に入りの公園に差し掛かった。広くて、背の高い木がいっぱいあって、遊具も充実してて、噴水や池まであって、子供たちが遊んでいたり、お年寄りの人たちがゲートボールをしていたり、犬の散歩をする人が歩いていたりする、何だか箱庭みたいな公園だ。そういえばこの公園に来るのは久しぶりだ。上を見ると、やっぱり紅葉が進んでいる。

 ほんの一瞬公園に入ってみようかと思ったけど、ぼくは歩いているから、つまり目的地があるから、やっぱり辞めてそのまま通過した。



 さっきぼくは毎日同じ道を歩かないって言ったけど、一カ所だけどうしても毎日通る場所がある。とある交差点。ここは歩行者泣かせで、ずっと車が、色んな種類の色んな車がずっと走っているから、横断歩道が青になるのはとても短い。

 だからぼくは、車道の信号が赤になったらもう一歩踏み出してしまう。

 渡り切る頃には青い信号はぴかぴかと点滅しているから、ここは本当に大変。

 それからぼくは少し歩いて、狭い路地に入る。

 古い住宅が建ち並ぶ中の一軒の玄関に辿り着くと、ぼくはそのまま門扉を開けて中に入る。玄関の鍵を開けて、涼しい屋内に入り、靴を脱ぐ。

「おかえり、絵美」

「ただいま、母さん」

                            【了】

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