第2話 ククルの葛藤

 何かがおかしい。

 何かが間違っている。

 こんなはずでは無かったはずだ。


 私は、王国女王直轄 薔薇庭園インペルド所属の騎士団長であり、わずか最年少で数多の熟練者を倒しこの地位まで上り詰めた女王騎士インペルドナイトなのに…、あんなホウキで戦う様なふざけた奴に1度ならず2度も負けるなんて。

 私のイメージを全部ボロボロにされ型なしだ。

 ククルは頭を抱え机に肘を置く。


「おいおい。『神速しんそく失禁しっきん騎士ナイト』様が、何かお悩みだぞ?また小便でも漏らしたんか?」


 ギロリと鋭い目つきで、同じSクラスの普通科男子を睨む。

 男子はニヤニヤ笑いながらコチラを見下ろしている。


 くそっ!こんな暴虐ぼうぎゃく許される訳が無い!

 普段だったら剣を構え奴を膝まづけさせ、牢に押し込むくらい簡単な事だ。

 しかし、武術科は普通科の人間に手を出す事は禁じられている。 こんな低脳な人間にすら馬鹿にされるなんて…くそっくそっ!!


 ひと息を入れてから大きくため息をついて椅子の背もたれに身体を預ける。

そうだ…こんな低脳人間の相手をするだけ無駄だ。私は、王国女王騎士。 とても高貴な人間なんだ。

 こんな馬鹿の相手なんかしていたら、私の名誉に傷がつくだけだ。

そう自分に言い聞かせる。


「ククル君大人になったね。何も言い返さないなんて」


 隣の席の女子が声をかけてきた。

 この女子はミリーと言い、闇の魔法を使う魔法使いだ。

と言っても、闇の精霊と契約をする事はこの国…この世界では違法であり、近づく事すらも禁止されている。

そもそも契約出来たとしても、その力の増大さで身体の魔力を根こそぎ取られ命を落とす事もある。


 では何故、この女子はそんな闇魔法を使えるかと言うと、その女子の手に付けている指輪だ。

 真っ黒な小さな宝石を付けたこの指輪は、『闇の魔鉱石まこうせき』と言い、その魔鉱石から出る闇の魔力を自分の力へと変えることが出来るのだ。


 このミリーは双子の姉弟していでこの学園に入学したのだが、弟の方はBクラスへと行ったらしい。

 弟はこの魔鉱石職人であり、魔鉱石を加工する技術を身につけている。

 しかし、加工するだけで使用する事が出来なかった為、模擬戦ではまさかの全敗だったのだが、Cクラスに落ちた生徒が複数出た為にBクラスへなったらしい。


 あの鬼ごっこの時に、固まっていた所を棍棒で脳天をやられたらしく、そんな攻撃すらも避けれないという事は、運動神経もかなり鈍いのであろう。

(ちなみに、ククルは開始1秒でやられた)


「ふんっ。当たり前だろ?なんの力も無い下等な普通科の人間に言葉をかけるなんて、僕の価値が下がってしまうじゃないか」


 自慢の金髪の髪をかきあげながら答える。

 ふぅんと小さな返事を返すミリーは、チラリと離れた所に座っている睦月むつきを見る。


「そんな下等な普通科の人間に、入学初日に告白してフラれたのどこの誰だったっけ?」


 ぐっ…と小さな声が漏れる。

 心臓に何か尖ったものが刺さる感覚だ。

 あの睦月さんは、今まで出会ってきた女性の中で1番美人で可愛らしい女性だった。

 入学の時に目が合い、お互いに心が通じあえた想いがしたから、敢えて私から告白をしたのに、まさかこの私に対して『弱い男に興味無い』だと?笑わせてくれたよ。

 しかし、ここに入学してから私が剣を交えたのは1回だけ、あの睦月さんの弟君おとうとぎみに負かされ、鬼ごっこの時は不意打ちという汚い手で負かされてしまった。

 私は本当は強いんだ。だから、Sクラスという超実力クラスに居るのにも関わらず、たったこの2回の敗北だけで周りからは『弱い』というレッテルを貼られてしまっている。

そう…全てアイツのせいなんだ。


 歯を食いしばり拳を固く握る。

あの男が居なければ全てが上手く行くはずだったのにと、悔しさが立ち上る。


「雪音~腹減ったよ~何か食いに行こう~」


 睦月の後ろの席に座る雪音ゆきねの背中に、抱きつく様な形で男子がしがみついている。

 Sクラスの女子達がキャーキャー騒ぎ始めた。

 そんなふざけた男子にククルはまたギロリと鋭い目つきで睨みつける。


 男のくせに腰まで伸ばした長い髪の毛。

 襟足くらいで縛っているが、それでもダラダラと長く暑苦しい。

 上下とも黒い服を着ており、動きづらそうなブーツを履き、腰には鎖のついた球をぶら下げている。


「お兄ちゃん。まだ一時間目終わったばっかだよ?そんな燃費の悪い体してたっけ?」


 雪音が呆れ顔で答える。

 しがみつかれている事に対しては何も思ってないのか、特に意識している様子は無い。


 あの雪音とかいう女子とあの兄は双子では無いという話を聞いた。

 2人とも音羽おとは先生の所の子供なのだが、雪音だけは実子であり、あっちの兄貴の方は養子なのだとか。

 血の繋がりの無い兄妹が教室でベタベタしていいものなのか。

 これこそ不純ふじゅんなのでは無いだろうか。しかし、相手はCクラス。

Sクラスの常識人と違い、非常識で野蛮な人間だ。だから、不意打ちなんて汚い手を正々堂々出来るのだ。


「ラン君これ食べて~」

「可愛い~!犬みたい♪」


 Sクラスの普通科女子達が兄貴の所に集まり、持ってきているお菓子を与え始めた。色んな所から差し出されるお菓子をパクついてはサクサクといい音を出しながら黙々と食べ始める。


「凄いよね。ここもだけど、どのクラスも普通科と武術科で壁があるのに、Cクラスだけそういうの無いんだって」


 ミリーが少し羨ましそうにその光景を見ている。

 それにしても何も面白くない。

 このSクラスの普通科の女子も男子も、私に話しかける時はぶっきらぼうな顔で話しかけて来るのに対し、あの虫を殺せない様な顔をした極悪非道な汚い手を使う奴に対してはニコニコとしながら近づいて行くのだ。

しかも、あの睦月さんもあいつの前では私にも見せた事ない笑顔を見せている。

本来なら私の方が、みんなにあがめられ賞賛しょうさんされる立場なハズなのに。


 怒りが頂点に達し、勢いよく立ち上がる。その弾みで椅子が大きな音を立てて倒れるが誰一人として気づくものは居なかった。

そしてズカズカと足音を立てて兄貴に近づく。

その気迫と鬼気迫る顔を見た女子達が左右へと分かれククルは兄貴ゆきねのあにの前に立つ。

そんな兄貴はサクサクと音を立て口をモゴモゴさせながらぼーっとククルの顔をじっと見つめている。


「君は!Cクラスの人間だろ!!ここはSクラスだ!君のような人間が来ていい場所じゃないんだ!!」


バッと左手を振るククルの手を、兄貴が素早い動きで右手で手首を掴んだ。

左手がピタッと止まるのと同時に、きゃっと小さな声が聞こえた。

どうやら、手を振る際にククルの左手が女子に当たりそうだったので、兄貴が止めたのだ。

ククルの背中に冷たい汗が流れた。

もし、この手が当たっていたら普通科――しかも女子に手をあげていた所だったのだ。左手とはいえ、鎧を身にまとっているククルだ。当たれば顔にアザ以上のものが出来てしまう。


ククルは助かったと思いながらも、こんなヤツに助けられたとは思いたくもなく手を引っ込めようとしたが、左手がピクリとも動かない。

兄貴の方はまだじーっとククルの顔を見ているだけである。


「ああ。助かったよ。そろそろその手を離してくれないか?」


こんな奴にお礼なんかしたくは無かったが、お礼を言って欲しそうな顔で見てくるなら言ってやるしかない。

しかし、兄貴は一向に手を離さない。


チャイムが鳴り二時間目の授業が始まる。普通科の生徒は、バタバタと自分の席に戻るが、ククルと兄貴はその場で動かず顔を見つめ合っているだけであった。


恭子きょうこ先生が教室に入ってくる。授業は数学の授業だ。

教室の中で、ククルと雪音の兄が固まって動いてない状況を見ても、それを無視して授業を始める。

武術科は、授業という概念は無く、基本的には自由参加という形だ。

と言っても、武術科には武術科の授業がある。だからといって、単位や成績等は無く、進級には実力だけが必要になってくるのだ。


「さぁ、先生が来たんだ。いい加減にこの手を離すんだ」


ククルは余っている右手で掴まれている相手の右手首を掴み引き剥がそうと力を込めるが、それでも手は離れない。

そのうち、自分の左手から何かが割れる音がし始めた。それは、手首を守っている鎧だった。

小さくヒビが入り始めてきた。


「なんだ君は!いい加減手を離せ!!」


つい大声で怒鳴る。

静寂に包まれていた教室の中をククルの怒号が響き渡る。

恭子先生がひとつため息ついた。


「ほら、ランド。手を離してやんなよ」


兄貴――ランドは先生に言われ手を離す。

その瞬間にククルは能力ちからを発動させた。

ククルの能力『神速しんそく』だ。

神速は常人には出せない速度スピードで動ける力で、ククルは腰の後ろに帯剣していた短剣を抜くと、ランドめがけて突き出した。

別に殺そうとかそういった意味でやる訳ではない。

掴んだ右手をひねりランドをひれ伏してから首元に短剣を当てて、負け続けていた事に対して一泡吹かせてやりたかったのだが、それは失敗に終わる。

まず、掴んだ右手を捻ろうとしたのだが動かず、突き出した短剣は簡単に止められてしまった。


だが、受け止めた場所が悪かったのか狙ったのかは分からないが、短剣の刃の部分を掴むような形で止めたランドの手の中から血が滴り落ちる。

その血は、短剣を通りククルの左手を通り、手首ら辺から床にポタポタと落ちていく。


ククルはまさか流血までするとは思わず、その滴り落ちる血で自分の白い鎧が赤く染まる事に顔をこわばらせた。

ランドの方は、苦痛に歪む表情をすることも無く、ただ最初と変わらずにじーっとククルの顔を見ているだけである。


ククルはため息をつき短剣から手を離した。ランドが何を考えているかなんかは分からない。

ただ、何も言わずに顔を見てくる事に恐怖を覚えた。

床に落ちた血は後で責任をもって授業が終わったら拭こう。流血させた事については別に謝る気も無い。

そう思い、くるりと身を返すとククルは自分の席に戻って行った。


「んー…アイツ誰だっけ?」


静かな教室に今度はランドの声が響く。

普通科男子達が笑い始めた。

今までずっと人の顔を見ていたのは、誰だか思い出そうとしていただけだったのだ。

まさか、相手に認識すらされていなかった事に、ククルは急に恥ずかしさと怒りが入り混じる。


「お兄ちゃん…右手と床なんとかしてよ」


雪音が小さく声をかける。

ランドは今初めて気がついたかのように、右手の中にある短剣と、床に落ちてる自分の血液を見た。


「"水精霊ウンディーネ"」


小さな声で何を言ったか聞き取ることが出来なかった。だが、ランドが呟いた後に、床に落ちた血が水洗すいせんトイレに流されるかのように消えると、次はランドの右手が青い光に包まれると傷が無くなっていき血も止まる。


なんだあの魔法は…、まさか精霊魔法か?いや…あんなヤツが高貴なる精霊魔法を使えるはずなんか無い。そもそも、アイツは魔剣士まけんしのはずだろ。魔剣士が魔法を…精霊魔法を使うなんて聞いた事が無い。


ランドは自分の傷が癒えると今度は辺りを見渡した。

今やっと授業中という事に気づいたのか、ポンと手を叩き教室から出ようと歩き始めた。

そして、右手に持っていた短剣に気づく。


「あ。これお前に返さなきゃな」


教室の扉を開け去り際に、短剣をククルが座っている席に向けて投げる。

短剣はひゅんひゅんと風を切る様に回転しながら飛んでくると、ククルの机の角に当たり、そのまま垂直に上に飛ぶと、今度は刃を下に垂直に、ククルの顔スレスレに落ちてくると、机にタンッと小さな音を立てて突き刺さる。

短剣が机に刺さると、上から自慢の金髪が数本ひらひらと落ちてくると同時に、ピシッと小さな音がして、胸の薔薇の紋章がふたつに割れ地面に落ちた。


この紋章は薔薇庭園騎士団長にしか贈られない最高の紋章であり、それをかがける事で女王への忠誠心を見せる大切な物なのだが、1回目はえぐり取られ、2回目は粉々に砕かれ、そして今回は2つに割られ…


地面に落ちた紋章を見てククルの気が遠くなる。またしてもランドに負けた事、そして紋章が壊れた事にククルは白目を向き泡を吹きながら気絶をした―――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私立武装学園 番外編 ラムロト @arumorot

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ