デスマーチからはじまる異世界狂想曲/愛七ひろ
<駄菓子>
「八周年なのです!」
「おういえ〜」
迷宮都市の屋敷で寛いでいると、ポチとタマがうれしそうにするのが聞こえてきた。
「何が八周年なんだろう?」
「ポチ達が行き付けの駄菓子屋さんよ」
気になるので声のする方に行くと、同じように向かうアリサと合流した。
「へー、こっちにも駄菓子屋なんてあったんだな」
「お豆の干し肉さんが美味なのです」
それは豆なのか肉なのか。
「干し芋のザクザク団子も美味しい〜?」
「はいなのです。ザクザク団子さんもお腹が膨れてしゃーわせなのですよ」
さすがに、お菓子の種類は日本のと全然違うみたいだ。
「いや〜、そんなに褒められると照れるね」
門の向こうで、お婆さんが会釈する。
マップ情報によると、件の駄菓子屋さんのようだ。
「はじめまして、この子達がいつもお世話になっています」
「はい、こんにちは。あんたがお貴族様のところの料理人かい?」
「違いますが、料理はそれなりに作りますよ」
本当の身分を名乗ると、相手が恐縮してしまうので、曖昧に誤魔化した。
「おばあちゃん、今日はどうしたの?」
アリサが興味深そうな顔で尋ねた。
「そろそろ何か新しい駄菓子を増やしたいと思ってね。この二人が『アリサとご主人様なら良いのを考えてくれるのです!』っていうから、相談させてもらえないかと思ってね」
お婆さんがポチとタマの方を振り返ると、二人がお願いのポーズでオレを見た。
「今日は暇だし——」
「ちょいと一肌脱いじゃいましょー!」
「「わーい」」「なのです!」
◇
「さて、どんな駄菓子にしよう?」
実のところそんなに駄菓子詳しくないんだよね。
「駄菓子っていったら、ょっちんイカとかョークルとか麩菓子とかきな粉棒とかコーラー飴とか、挙げていったらキリないくらいよ」
さすがはアリサ、昭和知識が唸るね。
「ウメー棒は入らないのか?」
「それは難しいところね」
まあ、ウメー棒は材料調達が大変そうだから、今回はいいか。
「あー、あれはできないかしら? 桜色の小さくて四角いグミが、方眼紙みたいに並んでるヤツ」
「爪楊枝で刺して食べるヤツだよな? あれってグミなのか?」
肝油ドロップみたいな食感のヤツ、餅みたいな飴っぽい——名前が思い出せないな。
思い出したら食べたくなった。
「肝油ドロップが作れるし、見た目と味だけ調整すれば作れそうだ」
肝油ドロップはアリサのリクエストで開発し、今は迷宮都市の養護院で子供達の栄養サプリとして活躍している。
「問題は値段ね。甘いのは砂糖が高いから——」
「蟻蜜や蜜糖は?」
砂糖より段違いに安かったはず。
「お貴族相手じゃないんだから、そんなに高い材料は使えないよ」
お婆さんが苦笑しながら言う。
あれでも高いとなると、再現できるメニューがかなり制限されそうだ。
「なら、麩菓子ときなこ棒とょっちんイカあたり? コーラー飴は砂糖がいるから無理として、ョークルはできるかしら?」
「麩菓子ときなこ棒も砂糖を使ったはずだぞ」
麩菓子は黒糖を、きなこ棒も蜂蜜や砂糖を大量に使ったはずだ。
「えー? そうだっけ?」
驚くアリサに首肯する。
まあ、きなこ棒は蜂蜜と砂糖の代わりに麦芽水飴を使えば行けそうな気もするので、保留かな?
「なら、ョークルは?」
「ョークルってヨーグルトともちょっと違うし、どんな風に作るんだろう?」
「えっとね、確かネットに作り方が上がってたのは覚えているんだけど、肝心の作り方が分からないのよね。ご主人様は分からない? 黒街の闇オークションで手に入れた手帳とかに書いてないかしら?」
そういえばそんな手帳もあったっけ。
ストレージの文字検索機能で調べて見たけど、半分に破れた日本語の手帳には駄菓子関係の情報はなかった。もう半分に載っているのかもね。
「ないね。ヨーグルトを加工して作れないか試してみよう」
「その前にょっちんイカね」
「そのょっちんイカっていうのは、どんな駄菓子なんだい?」
アリサとの会話を静かに見守っていたお婆さんが話に入ってきた。
「干したイカに醤油ベースのタレに漬けたヤツだっけ?」
「違うわよ、ベースは酢イカだったはずよ」
そう言われてみればそうだったっけ。
今ひとつ、子供の頃の記憶が薄れている。
まあ、子供の時は原材料とか気にしないからね。
「イカっていうのは、
「そりゃ、エチゴヤさんの屋台で出している高級食材じゃないか」
迷宮蛸って高級食材なのか?
確かに狩り場は迷宮のちょっと奥だけど、岸辺にいる小型の迷宮蛸は強くもなんともない。
せいぜい
「心配いりませんよ、商業ギルドに行けば格安の代替食材が買えますから」
代替食材とは、オレが大量放出した
あれもちゃんと下処理したら、普通に美味いしね。
「さすがはお貴族様のところの料理人だ、物知りだねぇ」
お婆さんが感心したように頷く。
「とりあえず、試作してみましょうか」
「せっかくだから、ルルも呼んでくるわ」
「いや、試作は厨房でやろう」
お婆さんを連れて、ルルのいる厨房へと向かう。
◇
そしてルルの協力を得て、色々と作ってみたのだが……。
「なーんか違うわね」
「確かに……」
というか、あんまり美味しくない。
日本の駄菓子メーカーの試行錯誤の結晶を、一日で再現しようというのがおこがましかったようだ。
将来、日本に戻る事ができるようになったら、駄菓子メーカーの工場見学をしよう。
きっと何か学びがあるはずだ。
「美味美味〜?」
「こっちのも美味しいのですよ?」
タマとポチが失敗作を幸せそうに食べる。
喜んでくれるのは嬉しいけど、それは狙った味じゃないんだよね。
「このスルメは美味しいじゃないか」
お婆さんが炙ったスルメを美味しそうに食べている。
「ちょっと炙ったのに、マヨネーズや七味マヨネーズを付けるとすごく美味しいですよ」
うん、美味しいよね。分かる。
でも、それは駄菓子じゃなくて、酒のあてだと思うんだ。
「ご主人様、どうする? 一応、桜色肝油ドロップで、もちもち君っぽいのは作れたし、それとスルメで良しとする?」
そう。唯一、肝油ドロップを着色料でピンク色に染めたヤツを、正方形にしてオリジナルに近いのは作れた。たぶん、製法も成分もまったく違うと思うけど。
「そうだね。何もないよりはマシか——」
——とはいえ、このまま終わるのも
「マスター、空腹がからっぽで腹減りだと告げます」
「ん、おやつ」
「二人とも、ご主人様のお邪魔をしてはいけませんよ」
探索者ギルドの講習会に参加していたナナ、ミーア、リザの三人が帰ってきた。
試食に参加してもらおうかと思ったけど、駄菓子の失敗作は既にタマとポチのお腹の中に消えている。
「すぐに何か作りますね」
「いえ、作業の邪魔になりますから、何か保存食があればください」
ルルが簡単な軽食を作ると言ったが、リザは遠慮してそんな返事をした。
「邪魔じゃないよ」
「ですが……」
「気になるなら、作り置きを出してあげるよ」
ここだとお婆さんの目があるので、隣の食堂でストレージからサンドイッチとスープを取り出し、付け合わせのサラダや小鉢を追加してやる。
今日のスープは濃いめのチキン味だ。
「マスター、感謝と告げます」
「美味しそう」
「ご主人様、お手数をおかけいたしました」
「これくらい気にしなくていいよ」
オレは三人にそう言って厨房へと戻る。
「それよ! ご主人様っ!」
アリサがテンション高く飛びついてきた。
「それって?」
「チキン味! 乾麺に味を付けて、ベビー星のスナック菓子を作るのよ!」
——ベビー星?
インスタントラーメンの元祖っぽいのを駄菓子に改造した感じのヤツだっけ?
あれはあれで再現が難しそうだけど、似た味のチキンスープは何度も作った事があるから、あれで細麺を煮詰めて乾燥させればそれっぽくなるんじゃないだろうか?
「やってみるか」
「そうこなくっちゃ!」
「えいえい〜」「おー、なのです!」
タマとポチがアリサと一緒に勝ち
ちょっと違うけど、細かい事はいいか。
そんなこんなで、オレ達はベビー星のスナック菓子を目指して調理を始めた。
ルルの調理センスとお婆さんの地元食材知識に加え、獣娘達やナナの献身的な試食確認作業、そして、調理補助用に作ったミーアの水魔法による時短効果もあり、夕方にはなんとかそれっぽいモノを完成させる事ができた。
「う〜ん、ちょっと堅いし、食感がイマイチだし、味がぼんやりしてるし——」
アリサが最終試作品をボリボリ囓りながら感想を呟く。
「——でもまあ、食材コストや調理の手間を考えたら、十分満足できるできだと思わない?」
「おういえ〜」
「はいなのです! パリパリさんはとっても美味しいのですよ!」
「パリパリさん、美味」
タマ、ポチ、ミーアの三人が試作品を咀嚼しながら、こくこくと頷く。
いつの間にか、ベビー星のスナックもどきには「パリパリさん」という名前が付いていた。
「あとは魔法を使わずに作る手順を考える事かしらねぇ」
お婆さんが長時間の試作に疲れた顔でそう言った。
そうか、それもあったね。
◇
せっかくなので、駄菓子屋さんの八周年を祝いに、皆で遊びに来てみた。
「大盛況だね」
駄菓子屋さんの前には、大勢の子供達がお菓子を手に楽しそうにしている。
「『パリパリさん』が大人気みたいね」
「まよスルメも〜」
「七味まよスルメも人気のようだと告げます」
「桜色もちもち君も」
「はいなのです、どれも、よく売れているのですよ!」
皆が言うように、オレ達が手伝った駄菓子が子供達に大人気のようだ。
「おや、料理人の坊や達も来てくれたのかい?」
「はい、八周年おめでとうございます」
記念品代わりに、花束とラッピングしたワインをプレゼントする。
アリサ情報によるとお婆さんは結構な酒豪との事だ。
「わざわざすまないねぇ。どちらかというと、駄菓子の新作レシピを作ってもらったあたしの方が何か返さないといけないのに」
「私達が好きでやった事ですから、お気になさらずに」
駄菓子作りは意外に楽しかったしね。
「そうかい? だったら、今日は駄菓子を好きなだけ食べていっておくれ、全部あたしの奢りだよ」
「わ〜い」
「本当なのです?!」
タマが尻尾をピンッと立て、ポチが尻尾をぶんぶんと振り回しながらオレを見上げた。
どうやら、許可待ちらしい。
「食べておいで」
「いやっふ〜」
「吶喊、なのです!」
許可を出すと、タマとポチが目をキラキラさせて駄菓子屋に走っていった。
「待って」
ミーアが一拍遅れてついていく。
「リザ、悪いけど——」
「子供達が羽目を外しすぎないよう見守ってきます」
「頼んだよ」
さすがはリザ。オレが言うりも早くタマとポチを監督しに行ってくれた。
「ご主人様とルルは行かないの?」
「子供達の邪魔をしても悪いし、ここで待ってるよ」
「私も待ってるわ。アリサ達は行ってらっしゃい」
「そう? じゃ、ちょっと行ってくるわね」
「マスターのお菓子は私が選んでくると告げます」
オレとルルを残して、アリサとナナが駄菓子屋さんの中に行く。
「婆ちゃん、これ幾ら?」
「はいよ、ちょいと待っておくれ。——それじゃ、坊や達もまた来ておくれよ」
子供達に呼ばれて、お婆さんが駄菓子屋に戻る。
「ご主人様、あれ」
ルルが指さす先には、お菓子を食べる子供達の姿がある。
「あの子達が——」
どうしたのか問う前に、ルルの言いたい事が分かった。
駄菓子の失敗作——きなこ棒もどきや麩菓子もどきなんかを美味しそうに食べる子供達がいる。
お婆さんの方を見ると、してやったりといういたずらっ子のような顔を見せていた。
さすがは商売人。抜け目ないね。
「美味しく食べてくれているみたいで良かったですね」
「そうだね」
ルルが屈託無く微笑む。
うん、可愛い。
「ご主人様〜、貰ってきたわよ〜」
「駄菓子がいっぱいなのです!」
「お大尽〜?」
駄菓子を抱えた年少組がお日様のような笑顔で戻ってくる。
子供達の笑顔が一番の報酬かもしれないね。
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