最強の鑑定士って誰のこと? ~満腹ごはんで異世界生活~/港瀬つかさ

  <お好みトッピングのパンケーキ>



 突然だが、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の本日のおやつはパンケーキである。更に言えば、フルーツやクリームなどのトッピング材料が色々と用意された上で、「自分の好きなように組み合わせて食べてね」というスタイルだ。人数が多いと全員の好みに合わせるのは難しいので、時々こういう感じのスタイルで食事やおやつが提供されるのである。


「んー。美味しいねぇ」


 満面の笑みを浮かべてパンケーキ(フルーツと生クリームをたっぷり載せた豪華仕様)を食べているのは、レレイだ。肉食の印象が強いのだが、彼女は甘い物も喜んで食べる。美味しいものは全て大好きなので、こんな風に自分でトッピングして良いおやつのときはご機嫌なのだ。

 そんな彼女は、ふわっふわのパンケーキをトッピングと一緒に頬張る。一口分がかなりの大きさになっているが、当人はまったく気にしていない。大口を開けてばくんと食べる姿は豪快だが、何故か不思議と愛嬌がある。

 甘さ控えめでほんのりとした甘味のあるパンケーキはふわふわと柔らかく、牛乳の旨味を凝縮した生クリームとフルーツの旨味との相乗効果で、幸せな気持ちになる美味しさのハーモニーを奏でている。今口の中に入っているのはほんのりと酸味のあるイチゴで、甘味と酸味のバランスが最高だった。レレイの顔がふにゃっとなるのも無理はない。

 そんなレレイを横目で見ながら、悠利ゆうりとクーレッシュはぼそりと呟いた。


「……レレイ、パンケーキ何枚目だっけ」

「……俺は五枚目で数えるのを止めた」

「……そっかぁ」


 単純にパンケーキだけを食べているのではなく、クリームやフルーツ、蜂蜜やジャムなどのトッピングもフル活用して盛りに盛ったパンケーキを、彼女は食べている。それが少なくとも五枚は越えている。何という胃袋。何という食欲。安定の大食いだった。

 まぁ、レレイだもんねぇ、と悠利は呟いた。レレイだからなぁ、とクーレッシュも呟いた。二人は顔を見合わせて、頷き合って、自分達も食事に戻った。気にしたら負けだと思ったのかもしれない。

 それほど胃袋の大きくない悠利は、シンプルにバターと蜂蜜をかけたパンケーキを食べている。果物やクリームを載せたものも美味しいが、今日は何となくこの組み合わせが食べたかったのだ。昔から家でよく食べる組み合わせだったので。

 ふわふわしたパンケーキは柔らかいだけでなくしっとりとしていて、口に入れると染みこんだバターと蜂蜜の旨味がじゅわりと滲み出る。噛むというよりは舌で潰すような感じで味わいつつ、悠利は幸せそうに眉を下げた。

 生地の目が細かいのか、それとも熱々のところへバターと蜂蜜を載せたからか、真ん中までしっかりと味が染みこんでいる。表面だけではなく中まで味がするので、どこを食べても口の中が幸せの味でいっぱいだ。このシンプルな甘塩っぱさが何とも言えない。


「この、自分の好きな味付けで食べられるってのが良いよな」

「クーレは何味なの?」

「俺はオレンジマーマレード。甘いけど酸味とか、皮が入ってる分、苦みとかあって個人的に好き」

「オレンジマーマレードも美味しいよねぇ」

「ユーリは?」

「バターと蜂蜜だよー。今日はシンプルに王道で」

「王道なのか?」

「僕の中では」


 首を傾げるクーレッシュに、悠利は胸を張って答えた。パンケーキの味付けで何が王道かを決めるのは難しい。各々が思い描く王道があるだろう。しかし少なくとも、バターと蜂蜜の組み合わせは悠利の中で王道だったので、こうして胸を張っているのだ。

 悠利が「自分の中では」と告げたので、クーレッシュはそういうものかと納得した。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は大所帯で、生まれも育ちも様々な上に人種も様々な仲間達が集っている。人の数だけ王道とか常識とか普通がある、というのは何となく体感で理解出来るのだ。

 そんな風にのんびりと雑談をしつつ、クーレッシュはパンケーキを口へ運んだ。柔らかなパンケーキと濃厚な味わいのオレンジマーマレードが調和する。パンケーキが甘さ控えめに仕上がっているので、オレンジマーマレードの濃い味が良いアクセントになっているのだ。うん、美味い、とクーレッシュは満足そうに呟いた。

 好きな味付けのパンケーキを堪能するのは、何も彼等だけではない。周囲では仲間達が思い思いのトッピングでパンケーキを楽しんでいた。おやつを楽しむのに年齢も性別も関係ない。このときばかりは、見習い組だろうが訓練生だろうが指導係だろうが、全員同じように楽しげである。

 その中でもやはり、特にうきうきしているのは日頃からスイーツへの愛を隠しもしないこの二人だろう。


「美味しいけど、トッピングで悩んじゃうー」


 美味しそうにパンケーキを食べながらそんなことを言うのは、ヘルミーネ。ふにゃりと幸せそうに相好を崩す姿は、彼女の愛らしさを更に引き立てていた。常日頃はかしましいところもある少女だが、好きなものを美味しそうに食べる姿はただただ可愛らしい。

 基本的には小食の彼女だが、スイーツだけは別腹。今日もパンケーキは既に三枚目に突入している。食べる度にトッピングを変えているのは、色々と楽しみたいという気持ちの表れなのだろう。今食べているのはカスタードクリームとイチゴをトッピングしたものだ。甘味と酸味のバランスが絶妙である。


「まったくだ。これだけ色々あると、組み合わせに悩むな」


 ヘルミーネに同意したのはブルックだった。普段はどちらかというと寡黙な彼は、甘味に目がない人物であり、ヘルミーネとは同好の士だ。大食漢なので別に満腹になる心配はしていないのだが、組み合わせによって味が変わるので、何をどのように食べるかで悩んでしまうらしい。……なお、既に二桁近く食べているはずだが、その食欲は一切衰えない。流石である。


「そうなんですよ。クリームも生クリームとカスタードクリームがあるし、ジャムや蜂蜜もあるし……! オマケに、フルーツが沢山……!」

「全ての組み合わせを試すには、パンケーキが足りないだろうからなぁ」

「私は流石にそこまでは食べられないので、厳選して頑張ります」

「あぁ、お互いに良い組み合わせを探そう」

「はい!」


 訓練のときにも見せないような、実に素晴らしい返事だった。キリッとした顔で元気良く返事をするヘルミーネ。大真面目に頷いているブルック。そんな二人を見て、アリーは盛大に溜息をついた。お前等な、という小言は口の中だけにしておいたが。

 おやつの時間である。無粋なことを言うつもりはないのだ。ただそれでも、ちょっと、色々と思うところがあっただけで。主にその感情はブルックに向けられているのだが、付き合いの長さで言っても無駄だと理解している。常識人は辛いよ。

 そんなアリーに、悠利は声をかける。甘味にそれほど興味がないアリーを知っているからこその行動だった。


「アリーさん、アリーさん。よろしければ、こちらをパンケーキと一緒にどうぞ」

「あん? 何だ? ……ベーコン?」

「ほんのり甘いパンケーキと、ベーコンの塩気が良い感じに合うと思います。何なら蜂蜜もセットでどうぞ!」

「……いや、蜂蜜はいらん」

「はーい」


 悠利がアリーに差し出したのは、そこそこの厚みに切ったベーコンだった。パンケーキの上にポンと載せ、ナイフで切って食べてくださいね、と笑顔である。

 甘いお菓子であるパンケーキと、どう考えてもおかず代表と言いたくなるようなベーコン。対極にある二つだが、とりあえずアリーは大人しく悠利の意見に従った。……その程度には、悠利が用意する料理が美味しいということを彼は知っているのだ。

 ふわりと柔らかいパンケーキと、ナイフは入るが肉厚でしっかりとした手応えのあるベーコン。重ねて切ったそれらをフォークで突き刺すと、アリーは口へと運んだ。

 噛んだ瞬間に口に広がるのは、ベーコンの濃い旨味だ。肉厚のベーコンはよく熟成されており、肉の旨味がぎゅぎゅっと詰めこまれている。弾力も心地好い。

 次いで感じるのは、ふんわりと柔らかなパンケーキの食感。続いて、仄かに甘い生地の味だ。その甘さは不思議とベーコンの塩気を際立たせ、調和した。甘塩っぱいというほどではないのだが、程良い甘さがベーコンを引き立て、ベーコンの味がパンケーキに深みを持たせている。


「……美味いな」

「お口に合って良かったです。クリームとかフルーツより、そっちの方がアリーさんには良いかなーと思って」

「おやつかと言われたら微妙だが、美味いのは美味い。……俺よりもあいつ向きなんじゃないか?」

「ご心配なく。ラジには最初からベーコン載せで提供してます」

「なるほど」


 ちょっぴりドヤ顔の悠利の言葉に、アリーは納得したように頷いた。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は基本的に、程度の差こそあれ甘味を食べるのだが、その中で唯一、甘い物が苦手という存在がいる。訓練生の一人で虎獣人のラジだ。

 アリーは甘ったるかったり、量が多くなければ食べるという感じだが、ラジは甘い物が大量にあるとその匂いだけでちょっとしんどくなるタイプだった。なので今は、食堂の隅っこでベーコン載せパンケーキを食べている。

 なお、悠利としてはここに蜂蜜も加えて食べると美味しいと思っている。イメージは某ファーストフード店の朝限定メニューである。甘塩っぱいは美味しいのだ。

 そんな風に会話をしていると、レレイが無言でじーっとアリーを見ていることに悠利は気付いた。さっきまでご機嫌でパンケーキを頬張っていたのに、何故か今は若干真顔である。


「……レレイ? どうかした?」

「……お肉だ……」

「「え」」


 悠利の問いかけに、レレイはぽつりと呟いた。ただし、問いかけに答えたわけではないらしい。ただじっと、アリーの食べているベーコン載せパンケーキを見ている。思わず呆気にとられた声を出した悠利とクーレッシュと違い、アリーは無言でこの先が読めたと言いたげな顔をしていた。

 真顔になったままでレレイは、口を開いた。声は大きくはなかった。しかし、そこに込められた感情の強さは疑いようもない。


「お肉とパンケーキ……、美味しいと美味しい……、つまり、とても美味しい……」


 これぞ真理だと言いたげなレレイ。美味しいものが大好きで、甘い物も大好きなレレイだが、特に好きなのはお肉である。その彼女の目の前に、厚切りベーコンが存在するのだ。反応すると予測してしかるべきだった。

 しかし、残念ながらベーコンに予備はない。甘い物が苦手なラジと、そこまでクリームを好まないアリーのために悠利が用意した、言わば特別枠なのだ。大食い娘の分までは存在しないのである。

 悠利の顔からそれを察したらしいクーレッシュが、食い入るようにベーコンを見ているレレイの肩をポンと叩いた。


「レレイ、諦めろ。お前の分はない」

「え……?」

「お前はクリームもジャムもフルーツも好きだろう? このベーコンは、そういうのが苦手なラジやリーダーのためのものだ」

「でも、美味しいと美味しいが……」

「今日のおやつは?」

「……トッピング色々、フルーツ選び放題のパンケーキ……」

「そういうことだ」


 クーレッシュの言葉に、レレイはあうあうと言いたげに悲しげな顔をした。しかし、これまでのやりとりの間、一度も叫んだり感情的になったりしていない。……やはり、そこにアリーがいるからだろうか。アリーの分だと言われたので、どこかでブレーキが働いているのかもしれない。

 もしくは、クリームやフルーツを盛りまくったパンケーキが美味しくて、それである程度満たされているからかもしれない。どちらにせよ、レレイが大騒ぎをしなかったのでホッと胸をなで下ろす悠利だった。ここで騒ぐと、他にも色々と寄ってきそうだったので。

 とはいえ、食べたいと思ったものが食べられないのは悲しいことだ。悠利はそれを知っている。特に、レレイは食べることが大好きなのだから。なのでそんな彼女に、悠利は声をかけた。


「レレイ、今日は用意出来ないけど、また今度、ベーコンも用意するね」

「……パンケーキのときに?」

「うん」

「ありがとう、ユーリ!」


 感極まって悠利に飛びつこうとしたレレイは、クーレッシュに押しとどめられていた。腕力制御が出来ないことに定評のあるレレイである。飛びつくだけならともかく、そのままぎゅーっと抱き締めたりしたら悠利が大変である。……具体的に言うと、骨が軋みそうという感じで。

 いつも通りな二人の姿に、悠利はあははと笑った。クーレッシュにはありがとうと礼を言い、レレイには落ち着いてねと優しく告げる。それもまた、いつも通りの光景だった。

 そんな悠利の耳に、何やら騒がしい声が届いた。……というか、悲痛な叫びが耳に飛び込んでくる。


「待て待て待て! 待って、マグ!」

「何でバター塗ったパンケーキの上にめんつゆかけようとしてるの!?」

「お前本当にちょっと落ち着け、アホ!」

「……否」

「美味しいはずだ、じゃねぇんだよ! パンケーキにめんつゆは想定されてねぇよ!」


 賑やかに騒いでいるのは、見習い組の四人だった。思わず悠利達は視線をそちらに向けた。勿論、アリーも。……レレイだけは、目の前の美味しいパンケーキを食べるのに夢中だったが。

 三人の目に映ったのは、何故かめんつゆの入れ物を手にしているマグの姿。そして、そんな彼からめんつゆを奪おうとしているカミールと、パンケーキを避難させるように庇っているヤックと、マグを羽交い締めにして口論しているウルグスだった。……今日も出汁の信者は元気です。

 何でパンケーキにめんつゆが出てくるんだろう、と悠利は思った。全然想定していない。そもそも、トッピングにそんなものはなかったはずだ。自分で冷蔵庫から持ってきたらしい。


「否」

「確かにバター醤油は美味いし、バターとめんつゆも合うとは思う」

「諾」

「だからって、パンケーキに合うかはまた別なんだよ! 何でも出汁混ぜりゃ美味いとか謎理論出してくんじゃねぇよ!」

「否」

「俺の味覚は真っ当だ!これに関してはお前が変なんだよ!」

「否!」

「バターとめんつゆの組み合わせを試すのは、別のもんでやれぇえええええ!!」


 ウルグスの言葉のおかげで、何が起こっているのかを悠利達は理解した。安定の通訳である。そして、マグは相変わらず、出汁が好きすぎた。出汁の入っためんつゆもお気に入りなのだが、まさかパンケーキにまで持ち出してくるとは誰も思わなかった。

 これはおやつを準備した担当者として止めに行った方が良いだろうかと思った悠利だが、話の流れは徐々に落ち着いて、マグは渋々カミールにめんつゆを渡していた。どうやらウルグスの説得が通じたらしい。良かったと思う悠利だった。

 確かに、好きなように食べてくれと言ったのは悠利である。でも、パンケーキはパンケーキとして楽しんでほしい。少なくとも、めんつゆは何か違うと思う、と考えてしまった。まぁ、マグはめんつゆを禁止された後は普通の顔で生クリームとフルーツをトッピングして食べているのだが。


「……マグはどうして、あぁなっちゃったのかなぁ」

「俺に聞くなよ……」

「パンケーキにバターとめんつゆって美味しい?」

「多分美味しくないと思うよ、レレイ」

「そっかー。マグの勘が外れたんだねー」

「……勘というか、あいつはこう、何でも出汁関係の調味料をぶち込もうとしてるだろ、多分……」

「うん、多分ね……」


 能天気なレレイの言葉に、クーレッシュと悠利はがっくりと肩を落とした。これがお餅だったら美味しいとは思うけど、と悠利は思った。思ったけど、言わなかった。お餅はないので、迂闊なことは言えないのだ。

 とはいえ、見習い組も落ち着いて仲良くパンケーキを食べているようなので、悠利達もおやつを堪能することにした。パンケーキを頬張る悠利の顔は、幸せそうである。……その傍らで、色々とアレな構成員の言動に若干頭を抱えるアリーがいるのだが、まぁ、いつものことだった。




 何はともあれ、各々が好きな味付けで楽しむパンケーキは好評で、またやってね! とお願いされるのでした。美味しいの形は色々です。




FIN

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