痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。/夕蜜柑
<防御特化と一番。>
空からは強烈な日差しが降り注ぎ、どこからか蝉の声が響いてくる。まさに夏真っ盛りといった八月。楓と理沙はおとなしくクーラーで冷えた部屋の中で二人過ごしていた。
夏休みの宿題をパパッと済ませて、理沙は携帯ゲーム機に手を伸ばす。それを見て楓はふと気になったことを聞いてみた。
「理沙ってさあ、いっぱいゲーム遊んでるよね」
「うん。どうしたの今になって」
理沙がゲームをしているのは今日に始まったことではない。出会った日から今日に至るまで、ゲームをしていない日などほとんどないだろう。
「その中で一番楽しかったゲームって何なのかなあって」
「んー、一番楽しかったゲームか……」
理沙は手に取りかけたゲーム機をそのままにして立ち上がると、楓の横を通り過ぎて棚の方へと向かう。
それを見て楓も立ち上がると理沙の隣に来て棚を眺める。
壁に沿うように並ぶ数段の棚は透明で中が見えるようになっており、様々なゲームソフトが綺麗に整頓されて並んでいる。
「ダウンロード版で遊ぶこともあるけど、実物が並んでいるのを見るのも好きなんだ。こうやって見返したりもしやすいし」
理沙は思い出を振り返りつつ、一番として選ぶゲームをどれにしようかと棚を見渡す。
「面白いゲームならいくつでも挙げられるんだけど」
そう言って理沙は例として棚からいくつかのゲームを抜き出した。
「あ、これは見たことあるかも!」
「楓が見てたやつの一つかな。派手に画面が動いたりしないのは、見ていても地味だからあんまりやってないし、こっちとかは知らないんじゃない」
「んーと、これは見てないかも」
「だよね。で、そうだなあ……一番かあ」
理沙はそのまま棚を眺めていたものの、答えは出ない。楓も明確な答えを求めているわけではないようだし、複数一番を選出したり、どれも面白いと答えたりしても問題はないだろう。
さてどうするかと考える理沙は一ついい案を思いついた。
「私一人じゃ決めきれないなあ。楽しかった思い出もそれぞれにあるし」
「それはそうかも。本当にたくさん遊んでるもんね」
「だから楓にも候補を出してもらおうかな。二人で選べば違った視点も出てきたり、ちょっと忘れてたことを思い出せたりするかも。で、遊んでみて決めるとか」
「えー? 楽しかったことなら覚えてそうだけど」
「ほら、ど忘れとかさ」
「……あ! いつものゲームのお誘いでしょ!」
「ははっ、気づいた?」
「流石に分かるよー」
あれこれ理由を作って理沙がゲームをすすめるのも一回や二回ではない、楓も理沙がいつも通り未知なるゲームの世界へ誘っているのだとすぐに気づいた。
「……今回はお誘いに乗っておきましょう!」
「そう来なくっちゃ!」
「でも、見てたゲームもしっかり覚えてるわけじゃないんだよね」
隣でコントローラーを持つことも多少はあったが、後ろから理沙のプレイを眺めていたゲームがほとんどだ。
理沙と比べたとき、楽しかった記憶や印象深い出来事は少なくて当然である。
楓はこれまでを思い出しながら、棚に並ぶゲームソフトのタイトルに目を通していく。楓はタイトルだけでゲームの内容まで思い出せる訳ではないため、まずは見た覚えのあるタイトルを抜き出していく。
「これかあ」
「覚えてる?」
「うん! イラストで分かったかも!」
「これは楓は遊んでないね」
「難しそうだったもんね。理沙はすごかったけど!」
力量がはっきりと出るFPS。楓にはハードルが高いが、理沙にとっては慣れ親しんだジャンルの一つだ。楓がハマることはなかったが、何度か遊んでいるところを見せている。印象に残っているゲームとして選ばれてもおかしくはない。
楓はその後もじっと棚を眺めては、いくつかのゲームを抜き出して並べていく、そうして目を通し終わったところで二人並んだパッケージを確認すると、楓でも分かるくらい明確な共通項が浮かび上がった。
「私の得意ジャンルが多すぎない?」
FPSから格闘ゲーム、アクション性の強いものや操作難度の高いものがずらっと並んだ楓のチョイスは、楓が楽しかったゲームというより理沙が楽しかったゲームといった方が正確だった。確かに元々理沙の一番楽しかったゲームを探すという体で始まった話ではあるため、楓が意図して抜き出してきたとも考えられるが、本人の表情を見るにそうでもないらしい。
「覚えてるのを選んだらこうなっちゃった」
「まあ、確かに結構見てもらったし。そう変でもないか。私としても楽しかったところは思い出しやすいタイトルばっかりだし」
とはいえ、そんなタイトルが並んでいるなら、当然楓に遊んでもらうという面では少々とっつきづらいものばかりだ。だからこそ隣で見ていた記憶が残っているわけである。
「今の楓なら、前より慣れてるしできるようになってるかも?」
『NewWorld Online』でももう随分長く遊んできた。あのゲームも戦闘面はかなりアクション性が高いものだ。VRゲームであるが故、より直感的な操作ができるという面はあるのだが、それはそれとして判断力等は養われていることだろう。
「一回やってみる?」
「んー、やってみよう!」
「本当!?」
「うん!」
理沙は喜んで早速用意を済ませる。楓の選んだゲームはやり込んだものばかり、ルールや操作はバッチリ頭に入っているため、説明もすらすらと進んで楓はコントローラーを握った。
そうして遊ぶこと一時間と少し。しばらく遊んだところで楓は一旦コントローラーを置いた。
「やっぱり難しいよー!」
「駄目かー。でも、思った以上にスムーズに動けてたよ」
「ほんとに?」
「本当本当。それに元々一時間とかでマスターできるようなものでもないしね。できたらすぐにでもプロになったほうがいいレベル」
「そっかあ」
根気強く続けていけば何百ゲームと遊んだ先に上手くなる未来もあるかもしれない。実際、いい動きをしていた場面もあった。ただ、より上手くキャラクターを動かして戦いを楽しめるようになるには、まずもっと遊びたいと思うほどにこのゲーム自体を好きにならなければならない。残念なことに楓はそこまで今回のゲームに好感触というわけではないようで、理沙も無理にそれ以上遊ばせようとはしなかった。
「他のもやってみる? 無理にとは言わないけど……」
「うーん、どうしようかな……って、あ!」
「どうかした?」
どうしようか少し考えていた楓が何かに気づいたように声を上げる。
「理沙にとって一番のゲームを聞きたかったんだった。脱線しすぎるところだったよー」
「元はそういう話だったね」
「だからさ、理沙が遊んでるところ見せてよ! 実際に久しぶりにやってみたら決まるかも」
「オーケー、じゃあそうしようか。まずは今楓がやったゲームからね。お手本を見せてあげる!」
「ふふふ、見させていただきます!」
そう言うと楓は理沙にコントローラーを受け渡す。理沙は慣れた手つきで次のマッチを開始すると、一つ長く息を吐いてゲームに集中する。
ブランクなど感じさせないほどに、理沙の操るキャラクターは正確に機敏に動き、確実に敵を追い詰める。
楓がいつも思う、自分とはまるで別のゲームをしているような感覚。それほどまでに理沙の動きは凄まじかった。そうこうしているうち、あっさりと理沙は勝利をもぎ取った。
「さっすがー!」
「ありがと……参考になった?」
「なったなった!」
「……ほんとー?」
「うん! もっと色々見せてよ」
「その勢いでコントローラーを持ってくれるとこまでお願いね」
こうして、結局理沙は楓が棚から抜き取ってきたゲームを一通り遊ぶこととなった。それでも理沙の手際がいいこと、そもそも対戦系のゲームが多く、数試合見せるだけならそう時間もかからないこともあって、楓セレクトのゲームを全て遊び終えてもまだまだ日は高かった。
「どう、理沙? どれが一番だった?」
「んー。色々遊んだけど……」
理沙は積み上がったパッケージを眺めると小さく首を横に振った。
「一番はこの中にはないかな」
「そうなの?」
「というか、一番楽しいゲームはまだとっておいてあるんだ」
「え、どこに?」
「これから先に」
そう言うと理沙は優しく微笑む。
「これから先、どんなゲームにも負けないような……絶対一番だって言い切れるゲームがあったらその時初めて一番の称号を与えようってね」
「おー! どんなゲームかなあ」
「それはその時になってみないとね」
「楽しみだね!」
「うん、本当に」
まだ見ぬ一番を想像しながら、楓は取り出してきたゲームを棚へと片付けるのだった。
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