目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい/リュート
<オフのブラックロータス>
実のところ、傭兵稼業というのは待機時間の多い仕事である。
まず、稼働時間の大半は移動時間であることが多い。何故なら超光速航行を可能とする超光速ドライブが実用化されているこの世界に於いても、やはり宇宙という空間は広大なものだからだ。
ハイパースペースへの突入口が存在する恒星系外縁部から交易コロニーなどが存在するハビタブルゾーン――生命居住可能領域などとも呼ばれる――まで移動するのには数時間程もかかるというのが現実であるし、更に恒星を挟んで反対側にあることが多い別の恒星系へのハイパースペース突入口へと移動するとなると、下手するとその倍以上も時間がかかるわけだ。
更に、その恒星系間を繋ぐ亜空間路――一般的にハイパーレーンなどと呼ばれる――を移動するのにも数時間から十数時間、下手をすると数日かかることがあるのだ。
つまり何を言いたいのかと言うと、俺達は基本暇なのである。
「これだけ暇だとそりゃ酒やドラッグで身を滅ぼすやつも出てくるんだろうな」
「あによ?」
俺の視線を受けてエルマが赤ら顔のままジト目を向けてくる。宇宙空間に昼も夜もないが、起きて朝のトレーニングをしてシャワーを浴びたら速攻で酒をかっ食らうのはどうかと思うんだ。
「兄さん、一つ、いや二つ抜けてるで。女とギャンブルもや」
「お兄さんは女で身を滅ぼすタイプですよね」
「藪蛇だった……でも身を滅ぼすってのは言い過ぎじゃないか? 別に俺、身代を傾けるほど貢いだりしないぞ」
そう反論したらティーナとウィスカだけでなくこの場にいる全員にお前は何を言っているんだという顔をされた。どうして。
「OKわかった。この話はやめよう。でも結果的に身は滅ぼしてないからセーフってことで」
「別にそれで良いけど、別の意味で身を滅ぼさないと良いわね。突然刺されるとか」
「恐ろしいことを言うんじゃない、この酔っぱらいめ。俺は刺されるような真似は一切していないぞ。清廉潔白を主張する」
「そうですか? 一つ間違えば刺してきそうな人を少なくとも一人……いやもしかしたら二人知っている気がするんですけど」
ミミが言う二人ってのが誰のことだかサッパリわからないが、その二人の場合は斬られたり刺されたりするよりも多義的な意味でハメられて責任を取らされる可能性のほうが高いんじゃねぇかな。
いや誰のことだかサッパリわからないけど。脳裏に金髪紅眼の美人侯爵令嬢とか黒髪の美少女次期伯爵家当主とかがチラついている気がする。やめろ、二人して黒い笑みを浮かべるんじゃない。
「多分それはミミの気のせいだと思うよ。きっとそう。多分そう。それでええとなんだっけ、あとはギャンブルだっけ? ギャンブルに関してもなぁ……そもそも傭兵稼業そのものが命をチップにしたスリル満点のギャンブルだし」
「それは言い得て妙ですね」
「加えて言うとギャンブルそのものがな……ああいうのは胴元が一番儲かるようにできてるものだし、失ってもなんとも思わない小遣いの範囲で遊ぶならまぁ良いとしても、身代を傾けるレベルでぶっ込むならその金で船なり装備なりを強化したほうが実入りが良いし……」
「やっぱ兄さんはスケールが色々間違ってると思うんよ、うち」
いつの間にかソファに座る俺の左右に陣取っているウィスカとティーナがそれぞれ合いの手を入れてくる。
「そうは言ってもなぁ。例えば3000エネルかけて勝ち目の薄いギャンブルをするくらいなら、3000エネル分宙賊にシーカーミサイルをぶち込んだほうが確実に儲かるじゃん」
「それはそうですよね」
「それはそうよね」
「お姉ちゃん、傭兵がギャンブルで身を持ち崩すってのは嘘なんじゃないかな?」
「せやろか? この人らが特殊なんと違うか?」
ティーナは疑い深いな。何故かメイが頷いているが、それはウィスカの発言に同意してるんだよな? ティーナの発言に同意してるんじゃないよな?
「まぁ、俺達は健全かつ品行方正な傭兵団ってことで良いじゃないか。浪費癖なんて無いに越したことはないってもんよ」
そう言いながら、俺は休憩スペースの一角に設置されている棚へと向かった。この棚の中身は俺があちこちのコロニーで買い集めてきたデータストレージである。そのデータストレージの中身は? というと基本的には映像作品だ。ホロディスプレイでの再生に対応したホロビデオとかホロムービーとかってやつだな。基本的には元の世界でもあったような映画だとかアニメだとかそういう類の娯楽作品が主な内容だ。
「トップというか頭というか、リーダーが金を注ぎ込むのが船と装備とせいぜいこういうデータの類ってのはまぁ確かに健全よねぇ」
「たまにとんでもないのが紛れ込んでたりするけどな……」
単純につまらないとか理解が及ばないというレベルのものなら良いんだが、稀に視覚を通じて接種する電子ドラッグめいたものが混入してることがあるんだよな。メイにチェックしてもらうようになってからはそういうのは無くなったが、一回引っかかって大変なことになったことがある。
ああいう見るだけで身体に変調を起こすようなホロのことをホロドラッグとか言うらしい。
「ああ……あったわね。あの時はメイがいてくれて助かったわ」
「私はたまにならああいうのも……」
エルマがげんなりとした表情を浮かべ、ミミが口元を隠しながら少しだけ頬を赤らめる。そんな俺達の反応を見たウィスカが首を傾げたが、ティーナはどんなものに当たったのか想像がついたようでニヤニヤし始めた。
「さては兄さん、どぎついパーティ・ホロドラッグでも掴んだんやろ?」
「正解だ。ミミ、もうやらないからな。アレは」
「えー。でも、お二人とはいつも同じようなことしてますよね?」
「それはそれ、これはこれ」
「???」
俺とティーナ、そしてミミとのやり取りを聞いても今ひとつ理解が及ばないらしいウィスカが頭の上に疑問符を浮かべまくっている。なんだかんだでウィスカは真面目というか、ちょっと箱入り娘っぽいところがあるもんなぁ。
「ウィー、パーティ・ホロドラッグっちゅうんはな、見るだけで気分が上がって開放的になって身体が熱ぅなって、みんなでくんずほぐれつしたくなってまうホロドラッグのことや」
「う、うわぁ……」
ウィスカが顔を赤くしてドン引きしている。ウィスカは奥手というか、恥ずかしがりというか……うん、彼女の名誉のためにこれ以上の評価はやめておこう。顔を赤くしつつも興味津々って感じなのも見なかったことにしよう。
「メイにそういうのは弾いてもらうようにしてもらったから、もうそういうのは無いけどな」
「でも、弾いたデータはどっかに保存してあんねやろ?」
「黙秘権を行使する」
実質そうだと言ったようなものだよな、これは。当然削除しても良いんだが。何か……というかプレイの一環として使えるかもしれないからと一応データそのものは取ってある。尤も、一回地雷を踏んで以降一度も使ってないけどな。あんなもんを使わなくても俺達の関係は円満なので。
「たまにはそういうのもおもろいと思うんやけどなぁ……」
「俺が干からびて死ぬわ」
データストレージに入っている映像作品のタイトル一覧に目を通しながら両手でバッテンを作って断固拒否する。
よりによってキマった状態で四人相手に勝てるわけないだろ。メイがいるから最悪の事態に陥ることはないだろうが、一歩間違えたら本当に死ぬぞ。死因がホロドラッグキメた末の腹上死とか笑い話にしかならんわ。
「こういうのってタイトルから選ぶのもなかなかに博打よねぇ」
「とりあえず続きモノのドラマ系とかアニメ系は大外れはあまりないな」
そういうのはそれなりのスタジオがそれなりの予算と人員を使って儲けを出すために作ったものなので、俺が言った通り大外れはない。二時間、三時間とかできっちり作られている作品に関しては当たり外れの上限も下限もブレが大きくなる。大外れもあり得るが、大当たりもある。逆に中途半端な二時間以下、一時間以下の作品は地雷臭がしてくる。一時間ピッタリの作品はまだマシなことが多いが、それでも二時間もの、三時間ものに比べると地雷率は大幅に上がる。
「ここは冒険せずに無難そうなドラマかアニメで行くか」
「良いんじゃない?」
「これなんて面白そうじゃないですか?」
ミミが選んだのは港湾区画の防疫施設で働く職員達の活躍を描いた作品だった。一話一時間のドラマで、全二十四話構成。ハマると抜け出すことが難しそうだな。危険だ。しかしそれが良い。
「オーケー、これで行くか。星系内の移動とハイパーレーン内の移動時間も合わせると七十時間以上あるし、消化はできそうだ」
観るホロドラマを決めた俺達は各自飲み物やお菓子などを用意し、ホロドラマの鑑賞を始める。一話ごとにインターバルを設けて内容についてああだこうだと話し合うのも楽しいものだ。
今回の作品はコロニーの防疫に関する話ということで、あちこちのコロニーに出入りする俺達にとっても中々に興味深い内容でもあった。推理やアクションなども随所にあり、俳優達が演じるキャラクターも魅力的だ。これは大当たりの類だな。
「ヒロ様」
三話目を観終わり、酒やら何やらの補充でエルマ達が席を外したタイミングでミミが声を掛けてきた。どうしたのかとミミに視線を向ける。
「こんな風にずっと皆で過ごしていけたら、とっても幸せですね」
「だな。そうあれるように頑張ろう」
「はい!」
俺の返事にミミが笑顔で頷く。本当に、ずっとこうして笑って皆で過ごせるように頑張っていかないとな。穏やかな時間が生み出す幸せを噛み締めながら、俺は改めてそう思うのであった。
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