鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ/たままる
<用務員ではじめる異世界学園スローライフ >
カラーンカラーン、と鐘の音が響く。ここは王国の学園。そして、その片隅にある用務員室である。
目つきの悪い用務員の男性――エイゾウ―― が、目の前に置かれた大きなものを前に腰に手を当て、大きくため息をつく。
「デカいな!」
「だろ? ま、頑張ってくれ」
教師のヘレンがニヤッと笑って、バンバンとエイゾウの肩を叩くと、用務員室を出て行った。
ヘレンは元々は傭兵だったが、運動の能力と実戦で培った身のこなしを買われ、ここでは体育や剣術の教師として赴任している。今回はその筋力を遺憾なく発揮し、このデカブツを持ってきたのだ。
デカブツと一緒にやってきたのはヘレンだけではない。もう1人の女性も一緒だ。
スラリとして、佇まいに威厳のある彼女はこの学園の学園長で、平素は優しく生徒の自主性を重んじるが、時に苛烈に生徒を指導する様子から、生徒達につけられたあだ名は「魔王」である。
彼女は修理が必要な品があるとき、まずこの用務員室へやってきて相談をする。
今日も同じように相談をされたので、取りあえず見てみる、と答えたエイゾウの元にやってきたのが、目の前のデカブツである。
学園長はエイゾウに言った。
「すまないが、直せるか?」
「もちろん」
エイゾウはそう言って学園長に微笑む。彼女は明らかにホッとした表情で、
「いつも手間をかけるな」
と、感謝の言葉を述べる。
「いえいえ、これくらいならお安いご用ですよ」
〝魔王様〟、とはエイゾウは付け加えなかった。言っても彼女が怒ることはないだろうが、気軽に女性へ呼びかけてよいあだ名でもあるまいと判断してのことだ。
「おーっす!」
バーンと勢いよく扉が開いて、1人の娘が飛び込んできた。虎の獣人のサーミャ。彼女は学園の1年生である。部活などは誘われているのだが、もっぱら助っ人として活躍していて、暇なときはこうやって用務員室に入り浸っている。
飛び込んできたサーミャが学園長を見た。
「げっ! 魔王!」
「げっ、とはなんだ」
そう言って学園長はサーミャを睨みつけた。サーミャの額を冷や汗が伝う。
「いかに勝手知ったる用務員室とはいえ、 ノックせず入ってくるのは感心せんな? んん?」
ずいと前に出る学園長。なかなかの長身で迫力があるため、決して背が低い方でないサーミャもジリっと後ずさる。
〝魔王様〟の雷が落ちそうな空気を感じ取ったエイゾウがそこへ助け船を出した。
「まぁまぁ、私は気にしてないですし、その辺で」
時として豪放磊落が過ぎるサーミャの将来を考えれば、 たまには学園の長から怒られたほうが良いかもしれないが、今のところはそれはなくても良かろうと思ったのだ。
放っておいてもいずれこの用務員室に来るだろうディアナかアンネあたりが、その辺のお小言を呈してくれるに違いない。
そこを生徒に任せてしまうことには忸怩たるものがあるが、友達からお小言を受けているときのサーミャはどこか嬉しそうでもあるので、彼女たちに任せたほうが良い。
そのエイゾウの考えを分かってかどうかは分からないが、学園長は不承不承ながらもエイゾウの仲裁を受け入れることにしたようだ。
「むぅ。時間もないことだし、仕方ないか……」
学園長はサーミャへ詰め寄るのをやめ、エイゾウに向き直る。
「では、あとは頼んだ」
「ええ。終わったらお伺いします」
「うん」
そう言って颯爽と〝魔王様〟は用務員室を去って行く。
「親方? 今、学園長が……ってサーミャ来てたの?」
ノックの音と共に学園長と入れ替わるように入ってきたのは、ドワーフのリケという少女。サーミャよりも年若く見えるが学園の2年生で、普段は美化委員をしていて、ちょっとしたものなら彼女も修繕をしていたりする。
最初は機材を借りに用務員室へ来たのだが、そのときに見たエイゾウの腕前に惚れこんで、度々この部屋を訪れてはエイゾウの修理を眺めている。
「ふー、焦ったぜ。魔王がノックしろってこえーのなんの」
「いつもノックしろって言われてるのに、しないサーミャが悪いんだよ」
額に浮かんだ冷や汗を拭うサーミャに、リケは苦笑した。
「でも、なんで学園長が……って、これですか」
リケは用務員室にあるものに気がついた。それは大きな柱時計で、今より少し前の時間を指したまま止まっている。
エイゾウはその時計に手を置いた。
「うん、職員室に置いてたやつで、動かないと困るらしくて、ついさっき、学園長と一緒にヘレンが持ってきた 」
「この大きさだもんなぁ」
サーミャが時計を見てため息をついた。エイゾウが手を置いている時計は、彼の肩くらいまでの高さがある。そこまで大きいと、相当に重い。
用務員室に置かれたいろんな品物(どれもどこかしらが壊れている)をさておいて、時計の裏側をそっと開けていきながら、エイゾウが言った。
「他にも修理しなきゃならんものはあるが、どれも急ぎじゃないから今日はこれをやっつけちまうけど、リケはどうする? 見ていくか?」
「良いんですか?」
「良いよ。特に機構が秘密ってこともないだろうし」
時計はそこらに転がっているようなものではなく、そこそこ貴重な品ではあるが、手に入れるのに苦労するほどでもない。
学園出入りの商人であるカミロに頼み、しかるべき代金さえ支払えば、遅くても翌週には手に入るようなものだ。
なので、機構として秘密にしておかなければいけないものではないだろう。逆に構造を知って修理が出来る人が増えたほうがいいまである、とエイゾウは思っている。
リケはその機構を見られると分かって、目を輝かせた。
「じゃあ、アタシも見ていく」
「おう」
サーミャは機構に興味はないが、エイゾウとリケが作業をしているところをのんびり眺めるのが好きなので、手近な椅子に腰をおろして眺めることにしたようである。
こうして、直すものはいつもとは違うが、やっていることはいつもと同じ放課後のひとときが始まった。
「あー、これか」
時計の機構を針金でちょこちょこと触っていたエイゾウがそう独りごちた。本来ならスムーズに回るはずの歯車が一つ引っかかって回らない。
エイゾウは顔を時計から離すと、その歯車を針金で指し示した。
「ここなんだが、わかるか?」
「ええと。あ、これですね」
ぐいとリケが覗き込むと、その後ろからサーミャも覗き込んだ。
「んん?」
「サーミャ、わかるの?」
リケが振り返ってサーミャに尋ねると、サーミャは僅かばかり鼻息を出した。
「ずーーっと見てたから、ちょっとくらいは」
「おお、凄いな」
エイゾウが褒めると、サーミャは胸を張ってフンスと鼻息を大きく出す。
「でも、これは良くわかんないな!」
堂々と宣言するサーミャに、エイゾウは思わず苦笑を浮かべるが、すぐにその顔を微笑みに変えた。
「まあ、サーミャがわからんのは仕方ない。わからん、ということがわかって、それをハッキリ言えるだけでも十分凄いよ」
「お、おう……」
もう少し厳しいツッコミが来るかと思っていたサーミャは思わぬところで褒められ、その頬を少しだけ赤くし、それをリケがニヤニヤと眺めた。
故障している歯車は機構の中ほどにある。機構を固定していたネジをテキパキと外すと、ガラス細工を扱うかのようにゆっくりと慎重にリケに手渡す。
リケも恐る恐る受け取ると、そうっと作業台の上にそれを置いた。
エイゾウは作業台に置かれた機構から手早く歯車を外すと、それを明かりにかざす。
「ああ、やっぱりここが歪んでるんだな」
エイゾウの指先、摘ままれた歯車の歯は一部が綺麗に揃っていない。その部分が曲がっているのだ。
叩いて戻せば手っ取り早いが、そこが多少脆くなる、と判断したエイゾウは、
「これなら、あれを使って作るか」
そう言って、色々なジャンクパーツを収めた棚をゴソゴソ探り、元の歯車と同じくらいの、金属の円盤を手に取ると、道具を用意して加工をはじめた。
カチャカチャと、エイゾウが円盤を小さなタガネを使って歯車にしていく音が用務員室に響き、外からは部活動のものだろう掛け声が響いてくる。
サーミャとリケはその様子をじいっと見ていて、演奏を熱心に聞く聴衆のようである。
時々リケが歯車の周りにあった機構について質問をし、エイゾウがそれに答えている。
それもどこかしら演奏のようにすら聞こえた。
そこへ、控えめなノックの音が混じった。
「どうぞ」
取り掛かっている仕事から目を離さずにエイゾウが応対すると、そろりと扉が開いた。
そこから顔をのぞかせた3人は、みんな学園の3年生だ。
園芸部でエルフのリディ、伯爵家である生徒会長の妹――つまり自身は伯爵家令嬢だ――で副会長のディアナ、帝国から留学中で、生徒会を手伝っている巨人族の血を引く帝国皇女アンネである。彼女たちはちょうど身長差で縦に頭が綺麗に並んでいた。
3人は生徒会による花壇の整備(もちろん、園芸部が大いに関わっている)の際にこの場所を知り、やはりエイゾウの手さばきを見て、ここに来るようになった。
ちゃんとした用事を携えてくるときもあれば、そうでなく単にやってくるときもある。
「エイゾウさん……あら、サーミャさんにリケさん」
「おう」
「どうも」
小さく声をかけたリディにサーミャとリケが挨拶した。用務員室入り口にいるディアナとアンネもそれぞれに挨拶を口に出す。
「お取り込み中でしたか?」
「いえ、多分もうすぐ一段落すると思いますよ」
リディが心配したが、リケの言葉通り、エイゾウはふぅと大きくため息をついたあと、グッと伸びをした。
「小さなものを凝視し続けてると流石に目がキツいな」
ほぐすように目頭を押さえたエイゾウの手元には、出来上がったばかりの小さな歯車があった。
「できました?」
「うん」
リケが尋ねると、エイゾウはその歯車を彼女に渡す。
「こんな大きさの部品でもなけりゃ動かなくなるんだから、作る方も大変だよなぁ。おや、リディ、いらっしゃい。ディアナとアンネも」
エイゾウの言葉に、3人はペコリと会釈をする。
「なんか用事かい? 修理ならご覧の通りだから、追加は明日まで待ってほしいところだけど」
そう言ってエイゾウはそこらにある修理待ちの山を指差した。一つ大きなため息の音がディアナから発されて静かな用務員室を駆け巡る。
「いえ、用事というわけではないんですが……」
「お茶しましょう!」
おずおずと、リディが切り出し、ディアナが元気に引き取る。エイゾウは一瞬キョトンとしたが、すぐに破顔した。
「いいぞ、ちょうど休憩をしたかったところだし」
「それじゃあ、畑でとれたハーブのお茶を淹れますね」
いそいそとリディが準備を始めた。勝手知ったるなのだろう、特に迷うことなくポットやカップを備え付けの食器棚から取り出していく。アンネがボソリと呟いた。
「甲斐甲斐しいわねぇ」
その言葉に一瞬だけ用務員室の空気がヒヤッとする。エイゾウはそれに気がついているのかいないのか、のんびりと尋ねた。
「ハーブって〝エルフの畑〟でとれたやつだよな?」
「そうよ。私とアンネも手伝ってとってきたの」
そう言って胸を張るディアナ。そういえば、伯爵家令嬢と皇女殿下がエルフを手伝っていて、それが畑だとかで噂になってるって、この間ヘレンがここで休憩していったときに言ってたな、とエイゾウは思い出す。
ややあって、湯気を立てたカップがみんなの前に並ぶ。エイゾウがその湯気の匂いを嗅いでみると、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
「へえ、こういうのもあるんだな」
エイゾウはカップを口元に運び、一口飲み込んだ。先程鼻腔をくすぐった爽やかな香りに、ほのかな甘味と、わずかに感じる柑橘のような香りが口の中を駆け巡る。
「おお、これは美味いな」
「そうですか、良かったです」
リディはつとめて冷静にエイゾウの感想に答えた。だが、この部屋にいるエイゾウとリディ以外の全員が、リディがああいった態度をとるとき、相当に喜んでいるのだと言うことを理解していた。
そんなリディの様子をにこやかに見ながら、サーミャが「そう言えば」とその日にあったことを話しはじめると、静かだった用務員室の中に、おしゃべりの花が咲いていくのだった。
その後、やはり手早く歯車を戻し、修理を完了した柱時計だが、時間的に生徒達は帰らされてしまい、エイゾウがヘレンと一緒にえっちらおっちらと運ぶ羽目になり、翌日に肩と腰に若干の痛みを覚えることになったのは、また別の話である。
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