百花宮のお掃除係 転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。/黒辺あゆみ

  <一緒に穴場へ出かけてみない?>



 そろそろ季節が秋めいてきて、落ち葉を掃いても掃いてもどこからか飛んできて、掃除するのにキリがない季節である。


「重くはないからいいけど、嵩張るなぁ」


 ユイメイは集めた落ち葉を見て、ため息を吐く。どうにかこの落ち葉をぎゅっと圧縮して、運びやすくできないものか? おそらくは掃除係の誰もがこの時期に考えるであろうことを、雨妹は落ち葉をごみ用の袋に詰めながらウンウンと考える。けれど今の所、良案が閃く様子はない。

 すると、その時。


「あれ?」


 落ち葉に、紙切れのようなものがちらほらと交じっている事に気付く。

 その紙切れは長方形をしており、雨風に晒されていたのかかなり色褪せて傷んでいた。色は様々で、大きさもバラバラだ。ただ、紙の真ん中あたりに横や縦、はたまた斜めに、線が一本入っているのが同じである。


「なにこれ? っていうか、どこから飛んできたの?」


 雨妹はきょろきょろと周囲を見渡すが、このあたりは妃嬪たちの宮も近くになく、ただ木が道に沿って植えられているだけの場所だ。紙が飛んでくるような要素が見当たらない。それとも、強風に乗ってかなり遠くから運ばれてきたのだろうか?

 ——まあいいか、掃除だ掃除。

 ぼんやり考え事をしている間にも、落ち葉は増えていくもの。意識を切り替えた雨妹は、落ち葉との格闘に戻った。


 けれどこんなことが二日続けば、雨妹もこの紙の正体が気になってくるというものである。

 雨妹がいる辺りは風の吹き溜まりになっているので、風に乗った紙切れも自然とここに集まっているらしい。


「どこから飛んでくるのかなぁ〜?」


 落ち葉を集めて燃やし終えた雨妹は、紙切れがよく見当たる地点から地道に探してみることにした。


「風が吹くのは、こっちか」


 雨妹は風を辿りつつ、辺りをきょろきょろとしながら歩いていく。そうしていると、あまり整備されていない所へとたどり着いた。


「こっち方面って、来たことがなかったなぁ」


 雨妹の目の前に広がる景色は雑草が生い茂ったまま放置されていて、おそらくはかつては誰かの宮があったものの、今は使わずに放置されている区域なのだろう。それでも誰かしらがここへ来ているらしく、獣道のようなものが奥へと続いている。


「う〜ん、知らない道か……ワクワクするね!」


 冒険心が刺激された雨妹は、その獣道へと突入する。

 ここを通る人間はそれなりにいるらしく、道はかなりしっかりと踏み固められている。ということは、やはりこの道の先になにかがあるということに他ならない。

 雨妹が好奇心をパンパンにしながら歩いていくと、やがて少々開けた場所に出る。

 そこには小さな廟が建っていた。屋根も傾いていて、かなりオンボロな廟だが、獣道のわりにそこそこ掃除がされている。


「へぇ、こんな所があったんだなぁ……あ!」


 雨妹は辺りに視線を巡らせ、すぐにソレに気付く。

 ——なにかあるよ、あそこ!

 それはモサモサして見える、雨妹が両腕で抱えられるかどうかというくらいの大きさのなにかであった。そのモサモサは妙に色とりどりで、一瞬生き物に見えたのだが、動かないので生き物ではないのだろう、たぶん。けどなんだか怖い。

 それでもソレがなんだか気になる雨妹は、恐る恐る、ちょっとずつソレに近づいていく。


「あれ、なんか違うかも?」


 けれど近付くにつれて、ソレが生き物ではないとわかってきた。


「あれって……紙?」


 そう、モサモサして見えたのは、札のような紙切れが、石かなにかに貼り付けてあるものであった。それが遠目で生き物に見えたのだ。札の色は特に統一されていなくて、それぞれに用意した大きさも色もバラバラの紙に、ただ縦だったり横だったり斜めだったりの、線が一本書かれている。

 そう、落ち葉に紛れていたあの紙と同じものだ。


「ここから飛んできていたのかぁ! 最近風が強かったし、それでかなぁ。けど、なんだろうねこれって?」


 紙切れがどこから飛んできたのかはわかったけれど、紙切れの正体は未だわからない。けれどここへずっといるのもなんだか不気味な気がしてきて、雨妹はその後サッサと戻っていくのだった。


 その日の夕食時。

 雨妹は食堂で夕食を受け取る際に、メイにあの場所について尋ねてみたところ、答えが返ってきた。


「聞いたことがあるよ、それって縁切り廟じゃないかい?」

「縁切り、ですか?」

「そうそう、一本線が入った札がわんさか貼ってある石だろう? 縁切り廟の縁切り石だね」

「へぇ、あれは石だったんですかぁ」


 答えを聞いてみれば、納得できるものであった。

 前世でも、縁切りの効果を宣伝する寺であったり神社であったり、はたまたそれらとは別のなにかであったりが、各所にあった。そうしたものは、この世界でもあるということらしい。


「縁切りしたい人が、この百花宮にあんなにいるんですねぇ」

「縁切りは、別に人相手でなくてもいいっていうからね。顔の吹き出物と縁を切りたいとか、寝坊癖と縁を切りたいとか、色々さね」

「ははぁ、なるほど〜!」


 というわけで、答えが知れて満足できた雨妹だけれども、縁切り廟を利用する用事が今の所ない。けれど、実際に縁切り体験をしてみたい。なんなら、他人の縁切りの付き添いでもいい!

 というわけで。


「一緒に縁切りしに行きませんか!?」

「意味不明だ、出直して来い」


 雨妹が誘いに行って、バッサリと冷たくお断りを返してきたのはビンであった。


「えぇ〜? 立彬様なら縁切りしたいなにかしらがあるでしょう? 私、体験してみたいんです! 美娜さんも、他の誰も縁切りしたいことがなかったんですよぅ!」


 太子宮の門前で、雨妹は立彬相手に大いに駄々をこねる。雨妹の後宮ウォッチング記録の一ページに、ぜひあの縁切り廟を載せたいのだ。あまりに雨妹がぎゃんぎゃん騒ぐので、門番の視線が大変痛い立彬であった。


「わかったから、あまりここで騒ぐな。こちらにわかるよう、最初から順を追って話せ」

「はい!」


 駄々をこねた甲斐があり、立彬が聞く耳を持ってくれたので、雨妹は縁切り廟を見つけた時のことを語った。


「……っていうことがあったんです」

「私も知らないな、そのような廟があるのか」


 身ぶり手ぶりを交えてしゃべった雨妹に、立彬が驚いている。どうやらあの廟は、立彬の行動範囲に重ならなかったらしい。


「ふむ、興味がなくもないが……生憎と、私も縁を切りたいことが思い当たらぬ」


 しかし立彬からガッカリなことを言われてしまい、雨妹は「そんなぁ!」と嘆く。


「立彬様、なにか絞り出してくださいよぅ!」

「面倒な奴め、仕方ないから母上に尋ねてみよう」


 縋りつくようにする雨妹に、立彬は本当に嫌そうにしつつも、そのように約束してくれた。


 それから数日後、雨妹は立彬と落ち合って縁切り廟へと出向くことになったのだが。

 結果を言えば、立彬はなんと太子から縁切りの札を預かってきていた。まさかシォウリンを飛び越えて太子に話が行ったとは、なんとも驚きである。まあ、このような下世話にも思える話が、案外好きそうな人ではあるけれども。


「ものすごく念を込めて線を書き込まれていたからな。なにかしら思うところがあったのだろう」


 立彬は神妙なような、なにか気味の悪い物を持ってしまったかのような、微妙な表情でその札を持っていた。確かに他人の縁切り札など、なにかしらの怨念が籠っていそうではある。


「じゃあ、早く行きましょうか」


 ということで、雨妹は立彬と一緒に再び縁切り廟へと向かう。


「これは、うっかり夜中に迷い込むと怖いな」


 後宮の外れにある獣道をザクザクと進んできながら、立彬がそのようなことを述べる。確かに獣道も案外しっかりしているし、酔っぱらって道を辿って来る人もいるかもしれない。

 そしてその獣道を抜けた先にあるオンボロ廟とモサモサ石が見えると、立彬は眉間に皺を寄せた。


「あれは、全てこの札か」

「そうです、案外人気な場所みたいですよ?」


 少なくともあの石に貼ってある札の数だけ、ここへ縁を切りたいと訪れている人がいるというわけで。そう思うとなんだかこのあたりの空気が重く感じる気がしなくもない。

 なにはともあれ、雨妹と立彬はまずオンボロ廟に祈りを捧げてから、モサモサ石の空いている隙間を懸命に探し、そこに太子の縁切り札を押し込む。


「これでよし、縁が切れますように!」

「だが、本当に効果があれば、それはそれで怖くないか?」


 ペシペシとモサモサ石を叩く雨妹の隣で、立彬が腰が引けたことを言う。もしやこの男、オカルト系の話題が苦手なのだろうか? この男の意外な弱点を見つけた気になった雨妹は、一人ニマニマとしていて「変な顔をするな、気味が悪い!」と叱られてしまった。


 この縁切り札で太子がなにを縁切りしたいと願ったのかは知らないが、立彬曰く、太子はその後どことなく晴れやかな表情が続いたというのだから、なにがしかの効果があったのだろう。


「縁切り廟は効果アリ!」


 雨妹の後宮ウォッチング記録には、デカデカとそのように刻まれたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る