第五話

 連休明けのテストが終わり、ぼくは直ぐ様屋上に行った。テスト前ということもあり、連休中彼女と会ったのは、あの日だけ。連休中一緒に勉強しようと誘うことも出来たが、そうしなかった。一人で集中したかったというのもあるが、あの日、彼女を名前で呼べなかった気まずさが胸の中で抱え、どうしても一緒に勉強しようと誘う気になれなかったのだ。

 実のところ、今日屋上に行くか、迷っていた。明日も試験はあるため、早く家に帰って勉強しようかとも思った。でも、帰る家は一体どこにあるのだろう。勉強する必要が本当にあるのか。ここはゲームのセカイだ。多少テストが上手くいかなくても、どうにかなるのかもしれない。

 多分、これは言い訳なのだろう。彼女と顔を合わせないための。でも、彼女が待っていたとしたら。ぼくに会いたいと、待っていたとしたら。それでぼくが逃げたら、本当に酷いことをしたことになる。

 そんなこんな、いろいろ考えたら、無意識に今、屋上のドアを開けた。

 屋上には人の気配はない。ぼくはほっとしたと同時に、何だかとても寂しい気持ちになった。期待でもしていたのか、彼女が待っていると。

 ぼくは酷いことをした。彼女がもっと距離を縮めようと、誠治君と、名前で呼んでくれたのに。ぼくは、その想いに応えることが出来なかった。本当に意気地なしだ。臆病者だ。

 心の中で自嘲していたら、少しは気持ちが楽になったような気がする。ぼくは彼女のことを、藤島紗華のことを、諦め始めていた。このゲームをリセットすれば、またやり直せるのだから。

 そんな風に考えていたら、後ろからドアが開く音が聞こえる。振り返ると、そこには彼女の姿が。

「来てたんだ」

 彼女はぼくに優しく微笑む。ぼくはその彼女の顔を見て、胸がじんわりと暖かくなっていくのを感じた。

「何だか久しぶりだね」

「そうだね。今日のテスト、どうだった?」

 今日のテストの手応えなんて、正直どうでもいい。彼女がぼくに、いつもと変わらず優しく話しかけてくれたことに、ほっとした。それと同時に、何て馬鹿なぐらい、心配していたのだろうとも思った。

「正直微妙。まあ、それなりにはやれたんじゃないかな。藤島さんは、どう?」

「どうだろう。よく分からないけど、まあ、いつも通り、答えを埋めていくだけって作業を、淡々とこなしていったって感じかな。どれぐらい出来たかなんて、答案が返ってこないと分からないよ」

「そんなこと言って、実は学年トップの成績だったりするんじゃないの」

「そんなことないよ」

「だって入学式の時、新入生代表ってことで挨拶したわけでしょ。つまり、入学試験の結果が一番良かったわけだよね」

「誠治君って、妙なところにこだわるよね……」

 彼女は一呼吸間をおくと、さらに続ける。

「勉強出来そうって感じで、揶揄ってるつもりだろうけど、わたし、そういうのって、何だか嫌いなんだよね……」

 彼女はため息をついた。ぼくはやってしまったと焦った。どうすればいい。どうしたらいいと。

「……ごめん……別に、悪気があるつもりではなかったんだ。本当に素直な気持ちで……」

 ぼくは横目で見る。彼女は無表情でこちらを見ている。彼女は、本当に怒っているようだ。ぼくは恐怖と焦りで、鼓動が早く強くなっていくのを感じた。

 しかし、ぼくが再び何か謝罪の言葉を述べようとした瞬間、彼女はくすくす笑い出した。

「冗談だよ。ちょっと揶揄っただけ。誠治君って、ビビりだね」

 ぼくはほっとしたと同時に、ちょっとむかっとした。本当によく分からない人だ、彼女は。

「いや、やめてよ。本当に怒ってたかと思ったじゃないか」

「いや、怒ってるよ。だって、この前、わたしのこと、名前で呼んでくれなかったでしょ。今だって、呼んでくれないし。だから、その仕返しだよ」

 彼女はそう言って、どこか無邪気な笑みをこちらに向ける。その顔、その笑ってる表情が、あまりにきれいで可愛いため、ぼくは怒りとときめきとの間で揺れ動いていた。

「藤島さんって、結構根に持つタイプなんだね」

「そりゃあそうだよ。だって、女の子に恥をかかせたんだから」

 お互い目を合わせると、同時に声を出して笑った。ここまで来ると、心配して本当に損したなあって思えて、心底ほっとした。

「でもね。頭が良さそうだとかさあ、そう何て言うのだろう。偏見だったり、人を一括りにしたような物言いは、正直あまり好きじゃないってのは、本当。だから、誠治君含めて、他のみんなには、普通に接して欲しいんだ」

 彼女の言葉を聞いて、彼女が人と距離を取っていた理由が、改めて分かったように感じた。ぼくもみんなも、彼女の表面上の見える部分しか知らない。それだけを見て、彼女のことを分かった気になってて、ちゃんと分かってあげようとしなかった。ぼくは改めて、そんな自分自身に、反省した。

「言われてみたら、確かにそうだね。おれも、見た雰囲気だけで言われたら、嫌かも。以後、気をつけるよ」

 ぼくがそう言った後、彼女はドアのほうに向かって少し歩き出し、振り返る。

「明日も試験はあるから、今日は早めに帰るよ……本当のこと言うとね、わたし、ちょっと不安だったんだ。誠治君に、嫌われたんじゃないかと思って。でも、こうやって、勇気出して、放課後屋上に来てみて、良かった。これからも、わたしの友だちでいてね……それじゃ」

 彼女はドアを開けると、屋上を後にした。ぼくは彼女に向かって、笑顔で見送ることしか出来なかった。なぜ、一緒に勉強しようと、言えなかったのだろう。ぼくはまだ、臆病だ。

 翌日、試験が終わると、ぼくは直ぐ様屋上に向かった。いつも通り、扉を開けようとドアノブを手で握った時、何やら声が聞こえてきた。

 ぼくは音を立てないよう、ゆっくりと少しだけドアを開ける。フェンスの近くには、いつもと同じく彼女の姿。そして、もう一人、彼女と向かい合う、男子の後ろ姿が見えた。

 ここからじゃ、彼女と話している男子が誰なのか、よく分からない。同級生なのか、上の学年なのかも。そして、何を話しているのかも、よく聞こえない。ただ、何となくだが、どうやらあの男子に彼女が言い寄られているようだ。こういった光景は、正直なところ、マンガやアニメでしか見たことがなかった。このセカイに来るまでは。

 しばらく二人は話をしていたが、男子は諦めたかのようにこちらを振り返り、ドアのほうまで歩いてきた。ぼくは焦ったが、気づかれないように、物音を立てずドアを閉めると、急いでその場を後にした。ぼくはその勢いで学校を出た後、このセカイの自宅に急いで戻った。

 自分の部屋のベッドで、天井を見ながら、呼吸を整える。これはゲームのセカイだ、と分かっていても、どうしても慣れない。もし、あそこでぼくが覗いていたのがバレたら、一体どうなっていたのだろうか。いろいろ頭の中で、考えていたら、携帯の着信音が鳴る。表示を見ると、彼女の携帯番号からだ。ぼくは携帯を手に取り、これから、初めて彼女と携帯での通話をする。

「もしもし」

「あっ、誠治君。誠治君……だよね?」

「そうだよ。っで、どうしたの?」

「あっ、えっと、明日って、学校休みでしょ。ちょうどテストも終わったから、良かったら、二人で遊びに行けたらなっと思って」

「いいね。で、何して遊ぶの?」

「実は行きたいところ……あっいや、何して遊ぼうか、特に決めてないのだけど、誠治君は何がしたい?」

「そう訊かれても、ぱっとは思いつかないのだけど」

「お互いこうだと、何しようか決められそうな感じがしないね……う〜んと、じゃあ前遊びに行った時の駅で、同じ時間帯に待ち合わせってことにしない。当日会った時に、何するか決めるってことで」

「分かった」

「それじゃあ、また明日」

 電話を切ると、ぼくは大の字になって、再び天井を見つめた。そして、屋上での彼女と男子との光景が再生される。二人は一体、どんな会話をしていたのだろう。ぼくは何だか、どっと疲れが出てきた。そして、ぼくは休憩も兼ねて、一度ログアウトした。

 翌日、ぼくはログインすると、電車に乗って目的地の駅へと向かう。電車の窓から見える外の景色は、あちらのセカイで乗る電車の景色と、そう大差変わらない。ぼくにはいつも見慣れた、どうでもいい景色。駅に着いて改札口を抜けると、駅前の噴水前に彼女の姿が。

「こっちこっち」

 彼女は微笑んで手を振る。一昨日は直接、昨日は電話で会話をしたのに、何だか久しぶりに二人きりになったように感じる。

「もしかして、待たせた?」

「う〜んうん。いや、わたしのほうが時間より先に来てしまったから」

 前遊びに出かけた時と同じく、今日も彼女は清楚な服装だ。この服装に似合おうように、今日の天気は晴れている。

「っで、今日は何をしようか」

 彼女は覗き込むように、こちらを見てくる。

「ごめん。こんな情けなくて悪いけど、おれ、決められないや。ごめんだけど、藤島さんが決めてよ」

「そうだね。こっちから誘ったから、じゃあ、わたしが決めるよ」

「いいよ」

 そして、ぼくらはまず初めに、名画座に行くことになった。ちょうど名画座に着くと、ちょうど五分前に上映される映画があり、その映画のチケットを購入して、ぼくらは席へと座る。

 『ベニスに死す』。トーマス・マンの小説を原作にした古い映画だ。静養のためベニスに訪れた主人公の作曲家が、そこで出会ったタジオという少年に、究極の美を見出し、彼を求めて彷徨うといった内容のストーリーだ。

 タジオ役の少年。この俳優の名前は分からないが、それはまるで、神話のセカイからそのまま出てきたなかのような、圧倒的なまでの美が、スクリーンの中で輝いていた。実際にこのような人物が存在していのかと、疑ってしまうほどに。

 タジオという到底手の届かない圧倒的な美、そして幻想に取り憑かれていく。劇中の音楽共に沸き起こる、この何とも言えない感覚。そして、カタルシスを感じる。

 タジオは皆が夢に描いて、そして届かない、圧倒的なまでの理想。そして、哀れにもその理想に届かないそんな主人公に、ぼくや、ぼくを含めての多くの存在が、ぴったりと重なるのだろう。

 そして、それはぼくと彼女の関係とも、よく似てるように感じてしまう。ぼくが主人公で、彼女がタジオ。ぼくは究極な存在としての彼女、理想的な彼女を追い求めるのだが、どうしても近づけない。観終わった直後、ぼくはどうしても登場人物とぼくらを重ねてしまうのだ。彼女には届かず、ここで終わってしまうのかと。

 映画館から出ると、今度はこの街一番の大きな書店へと立ち寄ろうという話になった。書店に行くまでの道すがら、観終わった感想を言う気にはなれなかった。

「美……美しさって、一体何だろうね」

 彼女に訊かれるも、当然のことながら、ぼくは上手く答えることが出来ない。

「そうだね。本当に何だろうね。ねえ、藤島さんはさあ、どう思ってるの?」

「う〜んと、そうだね。今、さっき観た映画に影響されてるのかもしれないけど、自分が追い求めて、それでも手に届かない理想の存在。もしくは、言葉では決して証明出来ない圧倒的なもの……難しいね。上手く表現できない」

「ごめん。藤島さんばかりに難しい質問しちゃって」

「でもこういう映画を観るのは、悪くないなって思う。最近の映画やら、テレビ番組はもちろんのこと、マンガや小説なんかもそうなのかもしれないけど、やたら分かりやすい表現をするじゃない。一部の作家が作ったものなど一部例外はあるけれど。もちろん、ただ単に分かりやすくて爽快なものも悪くはないなと思ってる。でも、わたしのような、斜めから物事を見てしまうような人だと、どうしてもつまらなく感じてしまう場合もあると思うの。あまり偉そうなことは言えないのだけれど、表現って、表向きに描かれてるものとは別に、別の作者の意図やストーリーが描かれてたりするものじゃない。その謎を探ったり、深読みしていろいろ考えたり、分かった時の快感など、それをわたし、凄く楽しみにしてたりするの。何だかこう言うと、わたしが他のみんなと違って特別で、頭がいいみたいな嫌な感じに写るのかもしれないけれど、わたしそういう楽しみや体験が出来ないことって、とても勿体無い気がする。だからわたし、凄く大切にしてるの」

 彼女の活き活きとした言葉に、ぼくは表現を楽しむということを、侮っていたように感じる。ぼくにとっては、ただの暇つぶし。ただの娯楽や教養だった。だが、彼女の話を訊いていると、表現のセカイにのめり込めば、何か自分が探している本当のものが見つかる。そんな希望が見えた気がした。

 書店にたどり着くと、ぼくは彼女におすすめの本を訊いてみた。

「誠治君、今回は自分で読む本を探してみてよ。本当はね、わたし、あまり人に本を紹介するのは、好きじゃないんだ。紹介する時に思わずネタバレするかもしれないし、それとやはり自分で探してみるってこと自体に、わたし、とても意味があることだと思うの。だから、今度は自分で探してみて」

「分かった。そうするよ」

 そして、しばらくの間、ぼくらはお互い単独行動で、書店の至る所を歩いてみて、気になった本を手に持って確認していく。彼女は気になった本があったようで、何冊か買ったみたいだが、ぼくはというと、書店に来たのに、何でか本を探す気分にはどうしてもならず、結局読もうと思う本を見つけることが出来なかった。

 書店を出ると、もう外の日差しは夕日に変わりつつあった。

「ねえ、誠治君。最後に、どうしても行きたいところがあるのだけれど、いいかな?」

「いいよ」

「少し遠くなるけれど、それでも構わない?」

「いいよ。せっかく行きたいところがあるのなら、行けばいいよ。一緒に行こう。おれだったら、時間気にしなくていいから」

 少しかっこつけた口調で言って、自分で恥ずかしくなったが、彼女は優しい笑顔を見せてくれた。

 バスで移動して、目的の場所へと辿り着いた。そこは郊外にある大きな西洋式の共同墓地だった。近くには前回観覧車に乗った遊園地の姿が見える。

 彼女は目的の墓石の前まで辿り着くと、墓石に向かって微笑む。

「会いに来たよ……」

 墓石に向かって微笑む彼女の横顔は、どこか悲しい影を落としていた。

「ここ……わたしの兄のお墓なの」

「藤島さんの……お兄さんの……」

「兄と言っても、会ったことはないんだけどね……わたしが生まれる前に、死んじゃったから……兄が小学校最後の時からだったかな。その年の夏、ひき逃げにあってね……」

 彼女は一時の間、間をおくと、話を続ける。

「……わたしの両親……わたしの父と母、兄のことをとても可愛がってたようなの。頭が良くていい子だってね……でも、その兄も亡くなり、父さんと母さんは、悲しみに暮れた。そして、その悲しみを少しでも埋めようと、そして、兄の代わりにと、そして、わたしが生まれたの……でも、わたしは兄の代わりにはなれなかった。わたしは兄に会ったことがない。兄が生きてた頃の父さんと母さんを、わたしは知らない。でも、わたしは会ったことない実の兄のように、両親から愛情を受けてなかったことだけは分かる。もう、母さんの顔も覚えてない。わたしが小学生の頃に家を出て、それから酒に溺れて半年後に亡くなったと父さんから聞かされた。そんな父さんは、母親みたいになるなと、兄のようないい子になれと、わたしにずっと言ってくる。兄のことなんて知らない。会ったこともないのに。わたしは兄じゃない。違う一人の人間。それがわたし。なのになのに、父さんはわたしを、兄と代わりとして、わたし個人として見てくれない。実の娘である……わたしのことを、愛してくれないの……」

 彼女は振り向いてぼくを見つめる。その瞳には、薄らと涙がこぼれていた。

「……わたしには、居場所がない。わたしのことを、本当のわたし自身を想ってくれる人なんて、誰もいない……」

 ぼくは何て声をかけたらいいか分からなかったが、それでも何とか声をかけてみる。

「おれがいるよ。おれは藤島さんのことが好きだし、心配もしてるし、それに、それに、本当の藤島さんのことを、もっと知りたい。分かり合いたい。おれは、藤島さんのことが、好きだ」

「……実は昨日、付き合ってくれないかって、言われたの。でも、わたし、結局、彼の気持ちに応えることが出来なかった。でも本当はね、怖かったんだと思う。実の両親から愛されてもいないわたしが、本当に愛されることなんて、決してないってね。わたしは父さんを振り向かせようと、理想の娘に徹してきた。でも、父はそれは当然だろという顔で、ほんの一瞬だって笑ってくれない。みんなもそう。わたしに言いよる人たちは、結局、父の理想を演じているわたししか見ていない。本当のわたしのことが好きってわけでは決してない。父さんを取り巻く、いろんな大人たちを見てきてもそう、みんな外側だけ見るだけ、綺麗事を並べるだけで、本当にわたしのためを思ってる人なんて、誰もいない。本当のわたしなんて、ただの臆病者で捻くれ者だと思う。でも、そんなわたしのことを見てくれて、好きになってくれて、本当のわたしのことを求めてくれることを、わたしはずっと願っているのにね」

 彼女は袖口で涙を拭い、こちらに向かって無理に微笑んでいる。その彼女の顔を見ると、とても痛ましかった。

 そしてその姿、その彼女の言葉は、正にぼく自身の心の叫びそのものだった。

 実のところ言うと、ぼくは母親と二人暮らしだ。つまり、母子家庭ということ。ぼく自身、彼女と同様、本当に似たような境遇だ。それがぼくの場合、ぼくが生まれる前に死んだのが二個上の姉であり、離婚して酒に溺れ亡くなったのが父だった。

 ぼく自身、姉が生きてたら、ぼくは生まれてこなかったと母さんに聞かされた時は、何て答えたら良いか、正直分からなかった。怒っていいのか、泣いたらいいのか、自分の感情を上手く表現出来ずにいた。だからこそ、彼女の苦しみがよく分かる。

 あまりに似た境遇を彼女が告白したことに、ぼくはとても驚いたが、それと同時に、自分は独りじゃないという安心感も、実のところあった。だからこそ、ぼくは勇気を出して、彼女に何と声をかけたらいいのか、自ずと答えは出ていたように思う。

「親から愛情を与えてもらえないのは、本当につらい、だろうね……死んだ兄の代わりに生まれてきたなんて言われたら、なおさらだ。それに、何て言えばいいのだろう。う〜ん、多分人は基本的に、都合よく見て生きる生き物、だと思う。親が理想の娘を押し付けたり、みんなが外側の自分しか見なかったり。おれ自身、藤島さんのこと、どうしても手に届かない存在だと思ってたから。だからこそ、苦しんでるだってことは分かる。でも、だけど、人から愛されたかったら、そうやって壁を作ってるだけじゃ駄目だってのも事実。そんなに都合よく人から愛されないよ」

 ぼくは自分が思ってたよりも、きつめの言葉を言ったのかもしれない。ただ、彼女の様子に変化がなかったため、ぼくは先を続けた。

「でもね、こうして藤島さんが、自分の本当の気持ちを打ち明けてくれたことで、少なくとも、おれには、その気持ちが充分伝わったと思う。完全に分かってあげられるとは言わない。でも、必要最低限、おれにはきみの気持ちが、充分届いたと思う」

 ぼくはさらに一呼吸おき、話を続ける。

「それにね、藤島さんが、そうやって自分のこと話してくれたこと、凄く嬉しかったんだ……人って、基本弱みを見せないものじゃない。みんな、うわべだけ取り繕って、よく見せたりするものだから。だから、だからこそ、何て言えばいいのだろう。人間らしい、というか、本当の人の感情に触れた感覚がしたというか、その気持ちに触れたことで、どこか安心出来たというか。ごめん、口下手で上手く説明出来ないけどさあ、これがおれから藤島さんに伝えたかったこと。上手く伝わったかな。おせっかいかな……」

 ぼくは彼女に上手く自分の言いたことを伝えることが出来ず、最終的にこっちが不安になってしまった。しかし、彼女は涙が流れるその顔を上げると、優しい笑顔をこちらに見せ、そしてぼくに、ハグをした。

「……ありがとう、誠治君。誠治君が言いたかったこと、充分伝わったよ。うん、凄く嬉しかった。ごめんね、何だか突然、つらくて寂しい気持ちになったから。今言ったことは、全て本当。でも、この気持ちは、誰にも言わないつもりだったのね。どうしてだろう」

 彼女は涙が溢れるその目で、ぼくを見つめた。ぼくはその彼女の瞳に釘付けになった。心地良いぐらい、本当に暖かい。鼓動が高まるのを感じる。

「もうすっかり暗くなっきたね。そろそろ帰ろうか」

 彼女に言われて、ぼくは周りがすでに暗くなっていたことに気づかなかった。ぼくらはすぐさま墓地を後にした。そして、ログアウトするまでの間、ぼくは彼女の温もりと高まる鼓動を感じ続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思い出だけが生きる場所 綾崎暁都 @akito_ayasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ