第四話

 ログインすると、ぼくは初夏の日差しを浴びながら、駅で待ち合わせしていた。改札口を出て外に出たが、彼女の姿は見当たらない。

 駅はぼくらが通っている高校がある街から、二つほど離れた場所にある。二人きりでいるところを、同じ学校の生徒に見れたくないと考えてのことだ。もちろん、ここから通っている生徒もいるだろうが、あまり遠いと時間もかかるし、切符代もそれなりにかかってしまう。それとこの街の図書館はそれなりに大きいと彼女から聞いたので、最終的にここで待ち合わせすることが決まった。

 待ち合わせの時間は正午ちょうど。まだ十分ほど時間がある。ぼくは駅前の噴水を背に、彼女が来るのを待つ間、駅近くの街の様子を眺めてみる。

 この街はぼくらが暮らしている街とほとんど変わらない。行き交う人たちの誰もが、似たような服装、同じ顔に見えてしまう。

 ぼくが知るこの時代の情報は、ぼくが生きている現実セカイの頃と比べて、個を出せば抑圧される時代だと言われている。一部のカリスマなど、ごく少数求められていたりするが、基本的に個を出せば、同調圧力で潰されてしまうと。だが、ぼくからすれば、現実セカイと大して変わらなく感じてしまう。現実であるあちらのセカイ、むしろあちらのセカイのほうが、個、つまり個性を出すことをみんな極端に恐れているように感じる。多様性の時代と言われて、それなりに時が経った今現在でも、周りの顔色やSNS上の言葉を窺い、優しく、正しく振る舞おうと、そして振る舞ってるように見せかけ、自分をごまかす。そんなセカイと比べると、このセカイのほうが、幾分まだ、モブにも個性があるように思えてくる。だって、まだシルエットには、それなりに違いが出ているから。

 そんなこんな考えているうちに、駅の時計がちょうど正午を指していた。駅の出口を注意深く見ていると、白のワンピースを着ている人物に目が止まる。きれいな長い黒髪をなびかせながら、こちらへと近づいてくる。服装は違えど、明らかにぼくが知っているシルエットだ。そして、ぼくの目の前に近づき、お互い顔を合わせる。ぼくが待ち焦がれた存在、藤島紗華だ。

「お待たせ。あっ、もしかして、わたしかなり遅れて来ちゃった?」

「時間通りだよ。おれのほうが早く来すぎたからさ」

 そう言うと、彼女は優しく微笑んでくれた。いつもの制服とは違い、清楚な服装も合わさって、まさに天使のようだ。

「じゃあ、まずはどこかでお昼食べに行こうか」

 ぼくは頷いたが、正直なところ食欲はなかった。ゲームセカイだから当然かもしれないが、向こうの現実についさっきまでいた頃も、何かを口にしたいという欲求は湧いてこない。彼女と二人でいろいろお店を回ったが、この時間帯どこも満席となっていて、お店を探すのに本当に苦労した。三十分ほど歩き回った結果、結局駅前にある喫茶店で昼ご飯を食べることにした。窓側の席しか空いておらず、向かい合う形で席に座る。

「どこも人が多いね」

「そうね。今日は祝日だし、休みが続くだろうから、これからもっと人が多くなるだろうね」

 目の前にブラックコーヒーとサンドウィッチが置かれ、ぼくは早速一口啜る。

「それだと、遊びに行くってだけでも大変だね」

「そうね」

 彼女はそう言うと、サンドウィッチの角を一口食べる。それはぼくがいつも見ている光景だった。

 午前の授業が終わり昼休みになると、彼女が一人教室でサンドウィッチを食べている光景をよく目にする。ぼくはそれを教室の隅で後ろからちらっと眺めたりするのだ。

「美味しい」

「えっ?」

「……サンドウィッチ、いつも食べてるのと、大して味変わらないのに」

 彼女はそう言うと、本当に美味しそうに笑みを浮かべながら、また一口食べる。

 そう思えば、ぼくは一度たりとて、こんなに美味しそうに食べたことはあっただろうか。生きるために、栄養を摂取するため、仕方なく何かを口にしていた。そんな生活ばかり送っていたことに、今さらになって気づいたのかもしれない。

「食べないの?」

 彼女から言われ、ぼくは一口食べる。サンドウィッチの味だ。コンビニや売店で売ってあるものと、大して変わらない。でも、何だろう。何か初めて、欲したというか、本当の食事というものを体験しているように感じられた。

「藤島さんって、いつもサンドウィッチ食べてるよね。サンドウィッチ好きなの?」

「特別好きってわけではないんだけど、コンビニや売店で普通に買えるから、いつも食べてるってだけ。不思議と飽きないしね」

 彼女はそう言うと、コーヒーを一口啜る。

「ただ、サンドウィッチを食べながら飲むコーヒーは、本当に美味しい」

 そう言われたので、ぼくもまた一口サンドウィッチを食べた後、コーヒーを啜る。

「……確かに」

「だからサンドウィッチ食べてるんだ、いつも……わたし、よくカフェオレ飲むんだけど、カフェオレとサンドウィッチってよく合うんだろうなって思う」

「おにぎりとかは食べないの?」

「う〜ん、それだと、おにぎりとカフェオレって、合わないと思わない?おにぎり食べながら、カフェオレ飲みたいと思う?」

 そう言われて、おにぎりを食べた後、カフェオレを飲んでいるところを想像してみる。確かに、合わなさそうだ。味を想像してみると、気分が悪くなってきた。

「やっぱり……思わないかな」

「ねえ、そうでしょ」

 彼女はそう言うと微笑んだが、どこか揶揄ってるように見えた。

「こんな風に、誰かと一緒にご飯食べてるの、随分久しぶりな気がする」

 彼女は窓越しに通りの景色を見ながら、そう言った。彼女はさりげなく言ったつもりだろうが、この言葉に彼女を攻略するヒントが隠されているような気がした。しかし、ぼくは今ひとつ踏み込める勇気が出なかった。

「そうなんだ」

 何だか気まずい雰囲気になったような気がする。そこでぼくは話題を少し変えることにした。

「藤島さんって、食べ物、何が好きなの?」

 すると、彼女は見透かすかのような目で、こちらを見てくる。次に、外を見ながら少しの間考え込み、そして、口を開く。

「そうね。そう言われると、特に何が好きかって、好き嫌いも特にないし……そうだね、家庭的なものだったら、何でもいいかな」

「それはまあ、ざっくりした答えだね」

「そうだね。でも、家で普通にご飯が出てきて、みんなで食べるのは、とても美味しいじゃない」

 先ほどから感じる、彼女の言葉から垣間見える孤独感。いつも孤高な存在として振る舞っているが、本当はとても寂しいのではないだろうか。ぼくは、そのように感じた。

 しかし、これはぼくが、ぼく自身に向けて言った、言葉のようにも感じられた。ぼくが生きているセカイでは。ぼくが暮らしている社会、その範囲の中では、食べ物に困ることなんてほとんどない。スーパーやコンビニなどで安価に手に入るし、お金も親が出してくれるため、困ることなんてほとんどない。そう、だからこそ、食べるって行為自体が、とてもチープなものとなってしまった。歴史ものの小説なんか読んでると、ふとそう感じることがある。だから、上手く言葉に出来ないが、彼女の言いたいこと、気持ちが、何となく分かるのだ。

「ああ、美味しかった」

 彼女はサンドウィッチを食べ終わり、コーヒーを飲み干した。そして、顎に両手を当てながら、こちらを覗き込むように見つめる。

「どう?美味しかった?」

「う〜ん、そうだね。美味しかったよ。でも、やっぱり、藤島さんと、こうやって一緒にお昼食べたから、だから、美味しかったって、そう思えたんだよ」

 ぼくはそう言うと、サンドウィッチを食べ終え、コーヒーを飲み干した。

「そろそろ行こうか」

 喫茶店を後にすると、目的の場所である図書館へと向かった。図書館は駅から十五分ほどの距離にある。建物自体は思っていたよりも小さく、ぼくらが暮らす街にある図書館と大して大きさは変わらない。図書館に着くと、早速中に入った。

 今日は祝日ということもあり、子ども連れなど利用者が多かった。バッハのゴルトベルク変奏曲が流れる中、ぼくらは小説コーナーへと向かう。日本の小説、外国の小説が並ぶところまで辿り着くと、彼女は気になった本を次々取り出し、裏表紙に記載されたあらすじを読んでいた。

 ぼくは彼女と遊びに出かけるという口実のもと、図書館へと来たわけだが、特に今読みたい本があるわけではなかった。ぼくも彼女と同じく、気になった表紙やタイトルがあれば手に取り、どんな内容なのかちらっと読んでみたりしていた。だが、ぼくはそんなに読書家というほどではないし、まして小説にも詳しいわけではなかった。

「ねえ、何かおすすめの小説あったら、教えて」

 小声で彼女に訊いてみた。彼女は少しの間考えると、一冊の本を棚から取り出し、ぼくのところまで持ってきてくれた。

「これとか、いいんじゃないかな」

 彼女から受け取った本のタイトル、『ソラリスの陽のもとに』。まだ読んだことがない。ソラリス、確かに聞いたことのあるタイトルだ。

「どんなストーリーなの?」

「主人公の心理学者が惑星ソラリスに到着するところから、物語が始まるのだけど。そしたら、ステーションの中にいる研究員たちが怯えていて、自殺している人までいる。とても狂気に満ちた状態になっていたの。実はその原因は惑星であるソラリスにあって、ソラリスはとても大きな知的生命体でもあったの。だから、ソラリスは人間との意思疎通を図ろうとするのだけど、それが原因でステーション内の研究員全員が怯えて狂った状態となっているわけ。それがどうやら、ステーションにいるはずのない、研究員それぞれがよく知っている人間が現れているみたいで。主人公の場合だと、それがかつて自殺した恋人が、生きて自分の目の前に現れている。そんなホラーなのか恋愛ものなのか、よく分からない状態となっている。まあ、そんなお話」

「面白そうだね」

「う〜んと、よく分からないというか、上手く言えないのだけど、人間の想像や理解を遥かに超えた形で、コンタクトを取ろうとする知性体のこのSFを読んでると、読む前と後では、見えるセカイがだいぶ変わると思う。だから、読んだことがなければ、是非読んでみて」

 彼女の話を聞いていると、確かに面白そうな、読みたい小説ではある。だが、ここはゲームのセカイだ。彼女がこの小説を勧めてくれたこと自体、彼女を攻略するヒントが隠されているのではないかと、考えてしまう。実は彼女は未知の知的生命体で、彼女を攻略する参考として、この小説を読めと言われてるかのようだ。確かに未知の知性体と言われれば、そのような感じもするが、この小説自体とても興味深い内容のようだし、ちゃんとじっくり読んでみよう。

「分かった。ありがとう」

「SFはいいよ。SFを読むと、未来のセカイがどうなっているのか、それが垣間見える瞬間があるの」

「藤島さんは、もしかして未来からタイムスリップしてきたの?」

「さあ、どうだろうね」

 彼女はそう言うと、まるでモナリザのような、何とも言えない微笑みを見せた。

 小声で会話していたものの、近くで本を探していた別の利用者の視線が気になり、その後は別々に気になる本を取り出しては、どんな本なのか試し読みする感じで、図書館での時間は過ぎていった。

 気がつくと夕方の五時をまわっていた。ぼくらはこの街の住人ではなかったが、ぼくらが通う高校の学生証を見せれば、図書館のカードを作ることが可能だったため、ぼくら二人ともせっかくなので作ることにした。その流れで『ソラリスの陽のもとに』を含めて数冊借りて、ぼくらは図書館を後にした。

「あんまり遊びに出かけたって、感じでもなかったね」

「いや、藤島さんのおかげで、面白そうな小説借りることが出来て良かったよ。おれ、あんまり詳しくないからさ」

「そう、だったら良かった」

 彼女といると、本当に勉強になる。ぼくはよく頭の中で考え事をするタイプではあるが、彼女のように想像力豊かというよりは、ネガティブな感情から湧き起こる不安によるものが多いように感じる。だからこそ、彼女とこうして会話していると、どこか不安を乗り越えてでも、彼女には見えてる別のセカイに行ってみたいと思えるのだ。

「まだ時間があるし、良かったらどこか別の場所にでも行ってみない?」

 彼女にそう訊かれ、ぼくはいろいろ考えるが何も浮かんでこない。

「うん、いいよ。じゃあ、え〜と、どこに行こうか?」

「べたなところであれだけど、遊園地、行ってみない?この街に、遊園地があるみたいだから」

 彼女の言葉にぼくは頷いた。

「じゃあ、せっかくだから、行ってみようか」

 彼女はカバンから地図を取り出すと、地図で現在地を確認しながら、目的地まで二人で歩いて行った。

 遊園地は郊外のほうにあり、辿り着くまで二十分ほど時間がかかった。目的地の着くと、そこには寂れた遊園地の姿が見えた。人は少なく、遊園地自体、思ってた以上に小さくて、下手したらどこかの公園のほうがよっぽど広いのではないかと、思えるほどだった。

 入場料を払うと、ぼくらは遊園地の中へと入った。改めてこうして思うと、ぼくは現実セカイで遊園地というものに、一度たりとて行ったことがないような気がする。もしかしたら、小さい頃行ったことがあるのかもしれないが、記憶にない。ここまで来るのに少し時間がかかったせいで、黄金色の夕日が差し、だんだんと暗くなっていた。あまり遊ぶ時間は無さそうだ。

「暗くなってきたね。遊ぶ時間もあまり無さそうだけど、どうする?」

「そうね。じゃあ、あの観覧車とかどう?誘っておいてあれだけど、観覧車ぐらいしかめぼしい乗り物はないみたいだから」

「そうだね。じゃあ、乗ろうか」

 ぼくらはこの小さな遊園地で一番目立つ、赤い観覧車に乗った。ゴンドラが徐々に上に上がっていくにつれて、外を眺めると、ぼくらが先ほどまでいた遠くの街明かりが黄昏を彩っていた。

「きれいだね」

 彼女の言葉にぼくは「そうだね」と言った。その後はしばらく、お互い無言の状態が続く。そして、ぼくらが乗っているゴンドラがちょうど真上に上がった頃に、ぼくはやっと口を開いた。

「どうして……」

 ぼくは思うように言葉が出せず、彼女はこちらを向いて、顔を少し近づけた。

「えっ?何?」

「なぜ……話しかけてくれたの?」

「うん?何の話?」

 彼女は首を傾げながら微笑んでいる。

「屋上で、初めて話しかけてくれた、あの時の話」

「あっ、そのことね」

「なぜあの時、おれに声をかけてくれたんだろうって」

「それはあの時、寺山君が本を読んでたから。わたし、読者好きだし」

「読書好きなやつは、他にもいると思うけど。それに、藤島さんは孤高な存在として貫き通していたでしょ。そんな藤島さんが、なぜ他の誰かではなく、おれに話しかけてくれたのか、前々から気になってて……」

 ぼくの言葉に彼女は可笑しそうに笑った。

「孤高な存在?寺山君、わたしのこと、そんな風に見てたんだ」

 彼女は言った後も、くすくす笑っている。それを見ていて、何だか恥ずかしい気持ちになった。

「そんなに可笑しい?」

「可笑しいよ。だって、わたし、孤高な存在じゃないから。そんなかっこの良いものではないしね」

「藤島さんは自覚ないかもしれないけど、他のみんなからは、そう見られてるんだからね」

「ほんとにそう?わたし、そんなんじゃないんだけどな」

 また少しの間沈黙。今度は彼女が遠くの景色を眺めながら口を開く。

「わたしはただ、臆病なだけなんだと思う。本当のところ……本当は心の中で、友だち作りたいな、仲良くなりたいな、と思ってたりするのだけど。どうしても、その最初の一歩が踏み出せないんだよね。でも同時にね、友だちいらないな、と思ってたりもするの……これを言うと、わたしが特別な存在だって言ってるようで、本当は言うのは嫌なのだけど、多分学校のみんなと、あまり話合わないんじゃないかと思うんだ。みんなが好きなもの、楽しいと思えるものって、わたしにとってあまり楽しいものとは思えないし、その逆も然り。考え過ぎなのかもしれないけど、こうやって悩んでたりしたらつらいから、だったら、最初から無理して友だち作らなくてもいいかなって、だから今までは避けてきたって感じ、だと思う」

 彼女は言い終えると、遠くを眺めていた。ぼくはその横顔を見たが、何だかとても寂しそうな感じがした。

「でも、おれの友だちになってくれた」

「そうだね。こちらこそ、ありがとう。わたしの友だちに、なってくれて」

 彼女は振り向くと、微笑んでくれた。それは、いつもの仮面を被ったような感じではなく、心から喜んでいる表情だった。

「高校入学して、クラスで一人、誰とも溶け込めない男の子がいるなって思ったの。それが寺山君。寺山君を見てて、どこか自分と似てるなって思った。もちろん、どんな人なのか、全く分からないのだけれど、出来れば仲良くなりたいなって、思ってたんだ」

「おれも仲良くなりたいなと思ってたよ。似てるかどうかは分からないけれど、まあ、臆病なところは一緒だね」

 そう言うとお互い声を出して笑った。

「ねえ、わたしたち、こうやって一緒に遊びに出かける間柄になったけど、まだお互い君付けさん付けで呼び合ってるわけじゃない。それだと、まだよそよそしいなって感じがするのだけど」

「まあ、確かにそうだね」

「だからさ、呼び方変えようよ。わたしは、誠治君って呼ぶからさ」

「じゃあ、おれは紗華さん?」

「紗華さんって、何だかまだ壁を感じるよね。紗華ちゃんってのも、何か違うし、そうだね……紗華でいいよ。紗華って呼んで」

 ぼくは紗華と名前で呼ぼうとしたが、途端に恥ずかしくなってしまう。

「やっぱ、まだ藤島さんで、おれは……」

「意気地なし……」

 彼女の言葉にぐさりと、胸に刃物が刺さったような感覚になる。

「ねえ、誠治君。なんでそんな、よそよそしい態度取るの。なんだか傷つくな」

 彼女の揶揄うような笑みに、ぼくはたじたじとなる。

「ねえ、呼んでよ。紗華って」

 ぼくは深呼吸をし、紗華と名前で呼ぼうとする。しかし、出た言葉は、藤島さんだった。

 彼女は一瞬軽蔑したような表情を見せるが、直ぐ様声をあげて笑った。

「いいよ。まだ藤島さんで。やっぱり男の子って、女の子を名前で呼ぶのって、恥ずかしいんだよね、きっと」

 そして、彼女は窓越しに上を見上げる。

「……でも、本当は、紗華って、名前で呼んで欲しかったのになあ……」

 彼女の横顔はとても寂しそうだった。彼女が何を見ているのか、ぼくは彼女が見ている方向を見た。空は完全に暗くなり、星が見えていた。

「誠治君、そろそろ帰る時間だね」

 観覧車から降りると、遊園地を後にして、歩いて駅へと向かった。二人とも同じ電車に乗り、彼女が暮らす街の駅に着いた。

「じゃあね、誠治君。次は学校で」

 彼女はいつものように微笑み、そしてドアが閉まる。ぼくはただ、頷くだけだった。そして、電車は次の駅へと向かっていく。何て臆病なんだろう、ぼくは。本当は紗華と、名前で呼びたかったのに。

 

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