第3話 大人気アイドル
図書室には普段誰もいない。高校生の中でわざわざ放課後に図書室を利用する者なんて本を返し忘れた人くらいだろう。
俺たち以外は。
「あ、伏見!こっち!」
「あ、あぁ……」
図書室にある椅子に座っていたのは雪美祢麗華だった。彼女はこちらに向かって手のひらを寄せる仕草をする。
俺は彼女の隣に座って自分の教材を鞄から出した。
「今日からよろしくね、私あんまり頭良くないからいろいろ教えてもらうことになるかもしれないけど」
「それは大丈夫。俺も今日は家庭教師だし」
「そっか!」
俺がそう言うと雪美祢さんは笑った。その笑顔はさながら日本一のアイドルとして注目される彼女らしい笑みだ。
ここに秋村がいれば卒倒して病院に搬送されていただろう。
俺は雪美祢さんの家庭教師のバイトを始めた。ちゃんとした仕事である。
「それにしても今日の自己紹介すごかったねぇ。なんであんな自己紹介したの?みんなびっくりして固まってたよ?」
「あれは秋村と馬谷のせいだ。あそこで俺が真面目に自己紹介すると場がしらけていた。多分」
「…優しいね」
「そんなことはない…それより今日の内容大丈夫だったのか?ついていけてなかった気がするけど」
「そう聞いてよ!最近仕事ばっかりでさ!全然勉強できてないの!」
「学校も来れてなかったしな」
「ん〜そうなんだよね。親も仕事の方が大切だって仕事ばっかり行かせるしマネジャーも心配はしてくれてるけど仕事は増えるばっかり。本当に嫌になるよ」
「そうか」
モデルも大変だな。俺だったら投げ出して逃げる。親も闇が深そうだ。今まで関わったことがないから分からないが。
「なら一緒に馬谷を連れていけばいい」
「馬谷くん?なんで?」
「あいつは頭が悪すぎて奇想天外なことを起こしてくれるから。嫌なことがあると俺はあいつを現場に連れて行くことにしてる」
「あははははっ!そうなの!?」
「うん」
「奇想天外って…例えばどんな?」
「…ん〜…あれは確か俺がファミレスのバイトをしていた時、いつも何かとクレーム入れてくる迷惑客がいたんだけどあんまりうるさいから馬谷を連れて行ったんだ。そしたらーー」
––––––––––––––––––––––––––––––
「お?兄弟あそこにたっとけばいいのか?」
「ああ、あのおじさんの前に立っとくだけでいい。頼むぞ」
「分かったぜ!」
それから馬谷が迷惑客の席の目の前まで行くと、
「……」
「なんだお前!なんで私の隣に座るんだ!」
「ん?誰だおっさん。俺はここに座っとけって言われたんだ。相席だな!今日からよろしく頼むぜ?」
「お、お前私が座ってるのが見えなかったのか?なんで平気で座ってきとるんじゃ!他のところに座れ!」
「なんだよ照れくさいじゃねえかおっさん!誰かわからねえけど」
「意味がわからん!さっさと退け!」
「それは俺じゃなくて兄弟に言ってくれよ。って言うかこれ美味そうだな全部くれ」
「やるわけなかろうが貴様本当になんなんじゃ!?」
「うめぇえええええええええ!!!おっさんこれうめえよ!一緒に食おうぜ」
「ぎゃぁああああああああああああ!!!貴様ぁああああああ!!!!」
––––––––––––––––––––––––––––––
「ってこんな感じでそれからそのおじさんは二度と店に来ることは無くなったんだ」
「あははははははははははは!!」
雪美祢さんは俺の話を聞いてツボったみたいで机を叩いて笑ってくれた。
まああいつのネタは日数の数だけ存在するからな。今日だって男に告白したほどだ。流石はこの世の『アンチテーゼ』。全ての期待を裏切る男だ。
「面白いね!馬谷くん。…でも…ここだけの話避けられてるよね」
「馬谷は単純に周りに迷惑をかけることが多いから。近くにいれば巻き込まれる。俺の自己紹介も秋村と2人で巻き込まれてああなった」
「ふ〜ん。……いつもなら違った?」
「…ああ。多分いつもなら……」
普通に自己紹介して終わっていた。と言おうとしていたところに雪美祢は可愛らしい笑みを浮かべて、
「伏見は優しいから多分2人が普通の自己紹介をしても何かしら2人のために変わった自己紹介をしたと思うよ」
「そんなことはない」
「……どうかなぁ」
俺があいつらのために?
天地がひっくり返ってもありえないな。
どうやら雪美祢さんは俺のことを勘違いしているみたいだ。
「…それよりほら、早く問題とけ。無駄金払わないといけなくなるぞ」
「は〜い」
そうして俺は家庭教師として雪美祢さんの勉強を手伝った。アイドルという仕事柄忙しく中々勉学には手をつけていないらしいが特段頭が悪いというわけじゃない。
史上尤も悲惨な男馬谷に比べれば雪美祢さんは天才と言えるだろう。尤もあの馬鹿は小学生並みの知性しか持ち合わせていないから当てにはならないがな。
ーーーー
さて、校門で高級車の迎えがきた雪美祢はそれに乗った。いつも通りのVIP待遇だ。相変わらず日本一のモデルは大変らしい。
俺には関係ないがな。
「それじゃあ、ありがとう!今度は護衛の日だね!」
「そうだな。気をつけて帰れよ」
「うん!バイバイ!」
言いながら高級車と共に雪美祢さんは帰って行った。
護衛の日、か。まあ兎に角俺は帰るとしよう。
そう思って歩き始めると、
「お、想真じゃねえか!俺らもちょうど帰るところなんだよ!一緒に帰ろうぜ!」
「兄弟!こいつさっき女子に告られてたんだぜ!?すげえよなぁ」
「余計なこと言うなよ馬鹿!」
「あぁ!!テメェ人に馬鹿とか言っちゃダメだって母ちゃんに教えられなかったのかよだとしたら今俺が教えたからもう言っちゃダメだからな!」
「……」
どうやら部活の終了時間とバイト時間が被ってしまったようだ。
最悪だ。初日からいいことが一つもなかった。
どうしてお前らはいつも俺の近くにいるんだ?
「なんでお前らがここにいるんだ」
「想真こそなんで学校にいるんだよ。お前バイトって言ってただろう?」
「お?兄弟バイトしてんのか?家庭教師とかか?」
「馬鹿お前学校で家庭教師なんてやるわけないだろ!」
「……」
妙なところは覚えているんだな秋村。あと馬谷、お前はドンピシャに当ててくるな。お前に関しては野生の勘が鋭すぎていつも驚かされるんだ。
でも馬鹿だから俺が家庭教師をしていることに気づいたわけじゃないのはわかる。
「あーお前!!またーー」
「……あぁうるせぇこいつら」
そうして俺は秋村と馬谷の2人と共に帰った。
こいつらは本当にこの世のアンチテーゼみたいな奴だ。全ての期待を裏切り…そして…
ーー俺の期待に…応えてくれる…
学校のマドンナ兼日本一のアイドルの家庭教師と護衛をしている俺、いつの間にかアイドルに外堀を埋められていっている件 泰正稜大 @11298011
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