わたしの花子さん

緑ノ池

わたしの花子さん

 私には親友がいる。


 小学5年生の時に出会った。


 クラスは違かったけれど、習い事のピアノが同じ教室で、受付して待ってる時間に話したりして、仲良くなった。


 小学生6年生の時は、クラスが違うのに毎日一緒に帰った。私はコースが違うから、こっそり、顔を隠しながら帰った。


 ちょっとルール違反をしても一緒に帰りたい。


 そんなふうに思った友達は初めてだった。


 私は特に人付き合いが苦手なわけではなくて、友達関係には困ったことはなかったけど、彼女と出会って、これが親友なのか!と思い知った。


 中学校に上がって、初めて同じクラスになった。


 特別趣味が似ているとか、得意なことが一緒とか、そう言うわけではなかった。

 ただ、ウマが合う、と言うやつだと思う。


 入学してすぐのオリエンテーションで、担任の先生から道徳っぽい話をされた。


 皆さんには親友と呼べる友達が何人かいるかもしれませんね。

 けど、この中学校生活で、ぜひ心の共にと書いて「心友」と呼べる友人を作ってください。


 臭いけど、素敵だなと思った。

 そして、私にとってそれは彼女だ、とも思った。


 その日、一緒に帰った時、


 今日の先生の言ってた「心友」ってさあ、私たちの事だよね!


 彼女からそう言ってくれた。嬉しかった。


 私もそう思ってた!


 その日は、お互いにお互いの好きなジュースを買ってあげっこをして、一口ずつ飲みながら帰った。


 値段は一緒だから、別に自分で買っても良かったんだけど。そういう事じゃないんだよね。


 辞めてしまったピアノで習ったメロディに乗せて、給食の献立を歌詞にして歌ったり、昼休みには中庭で木材をナイフで削り、ガンダムを作る変な数学教師を眺めたりして過ごした。


 私たちはゲラゲラ笑って廊下を練り歩いていたけど、きっとこの楽しさとか面白さは隣の席の関口さんにはわからない。

 臭い話をした先生にもわからない。

 心友って、こういうこと。



 彼女は少し変わっていた。


 小学生の頃から、うっすらそう思ってはいたけど。いわゆる不思議ちゃんってやつ。


 変なことに興味を持つ。虫の生態とか。

 でも私もちょっと変わってるから、ちょうど良くて楽しかった。



 ある日、この学校の七不思議って知ってる?

 と彼女に聞かれた。


 中学3年生の秋だった。

 中1、中3とはクラスが離れてしまった。


 受験勉強の真っ最中、真面目な彼女は突破なことを言うことが増えた。

 2人でホームページを作ろうだとか、ミニトマトを育てて本気で観察日記をつけてみないか、とか。

勉強のしすぎでいろんな息抜きの方法を探しているようだった。


 これもその一環なのだと思った。


 七不思議って、人体模型が走るとか、二宮金次郎とか?


 そう。この学校の七不思議ってね、1つしかないんだって!


 それは七不思議じゃなくて一不思議でしょ!


 私たちは笑い転げた。


 でね、1階北側の、美術室前のトイレに花子さん居るんだって!行ってみようよ!


 昼休みに手を引かれて1階のトイレに向かう。


 今まで花子さんの怪奇話があるなんて知らなかったからなんとも思っていなかったけど。

 なるほど、影っていて不気味かもしれない。


 彼女はポケットから何かを取り出して、トイレに入っていく。


 花子さんって、何番目の扉とかあるよね?どれなんだろう。


 え、知らない!先輩に聞いたんだけど、わからないって言ってた。


 えー、それってアリなの?


 アリじゃない?このトイレのどこにでも出るんだよ!


 と、カチカチと音を鳴らすと、壁に何か書き出した。

 シャープペンシルについたマスコットが揺れる。


 何書いてるの?


「花子さんこんにちは。元気ですか?」


 花子さんと筆談しようと思って!私霊感ないから多分見えないけど、書いてくれれば会話できるし!


 頭がいいのか、悪いのか。

 でも、彼女のキラキラした目を見たら、何も言えなかった。


 返事来るといいねー。


 うん!


 そんな会話をして教室に戻った。



 数日後の昼休み、彼女は息を切らして私の席にやってきた。


 ねえ!花子さんから返事が来てる!


 え!マジ!?


 私は彼女と一緒に1階のトイレまで走った。


 彼女の書いた、

「花子さんこんにちは。元気ですか?」


 のあとに、薄く


「元気です」


 と書かれていた。


 私は思わず、誰かがイタズラで書いたんじゃないのー?

 と言ったが、彼女信じて疑わなかった。


 本物に決まってるじゃん!


 そして、さらに筆談を進めた。


「何番目の扉にいるんですか?」


 これで返事が来たら、この学校の七不思議も情報が増えるってわけよ!


 七不思議を本人に聞くんだ、斬新だね。



 彼女は興奮気味に、担任の先生に花子さんとの会話のことを話しに行った。


 学校の壁に落書きをするなと怒られた。


 ただ、彼女は成績が良かったせいか、消してこい!と怒鳴られることはなかった。

 消されることもなかった。


 花子さんとの会話は、ここで終わった。



 2週間後、彼女は返事が来ないと凹んでいた。


 花子さんも先生に怒られちゃったのかなー


 私は小テストの単語暗記に忙しかったので、スルーした。



 二人とも、無事第一志望の高校に入学した。

 4月からは、別々の学校へ通う。


 卒業式の日、それぞれのクラスでの会が終わった後、教室で写真を撮ったり、卒業アルバムに寄せ書きをしていた。


 あのさ。

 私、あなたに言わなきゃいけないことがあるの。


 えっ、なに?


 花子さんとの筆談、私が返事を書いてたの。

 私が花子さんなの。


 そうだったの…


 彼女は俯いた。


 嘘ついてごめんなさい。でも、あなたに喜んで欲しくて。


 悲しいと言うよりも、何か考えているようだった。


 …わかった!本物の花子さんになればいいんだよ。

 簡単だよ!


 そう言って、彼女は私の手を引いて、1階北側のトイレに連れて行った。


 そして、隣の美術室から木を打ちつけた四角い椅子を持ってきて、それを足場にしてトイレの扉の蝶番の隙間に私の首元から解いた赤いスカーフを結んだ。


 1番奥の3つ目の扉だ。


 次に、彼女は結んだスカーフの真下に来るよう、椅子を壁に沿って置いた。


 さあ、ここで本物に花子さんになって。


 わたしのために。


 全身がゾクっとした。

 身体は固まって動かない。


 どこから現れたのだろう。

 紺色のセーラー服の少女に手を引かれて台に上がる。


 何年前の制服だろうか。

 髪型も古っぽくて、重いおかっぱだ。


 まるで計算されたかのように、スカーフの輪が胸元の目の前に垂れ下がっていた。


 私は動けない。

 紺色のセーラー服の少女は、私の首にスカーフをかけた。


 わたしのために。


 さあ。




 ガタッ









 花子さんこんにちは。元気ですか?



 元気です



 何番目の扉にいるんですか?



 奥の3つ目の扉です

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わたしの花子さん 緑ノ池 @midorino-ike

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