第4話 謎──③
「……っ……ぅぅ……?」
「あ、起きた?」
時間にして30分くらいだろうか。エルフの女性がゆっくりと目を開けた。
よかったぁ、起きてくれて。このまま起きなかったらどうしようかと。
女性は状況が飲み込めていないのか、ゆっくりと頭を動かして周りを見る。
と……僕と目が合った。
女性は目を見開き、急速に距離を取る。
「まっ、魔帝ゼヘラ……!? なんでここに!」
「待って待って、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるわけないでしょ!」
エルフの女性は魔法を発動させようと、僕に向けて手を伸ばす。
やっぱりゼヘラは、人類共通の天敵らしいね。とほほ。
両手を上げて無害を示しつつも、エルフの女性は警戒を解かない。
「君が溺れてたから、助けただけだよ」
「ふん、信じられないわね。どうせ……え、何?」
女性が耳に手をかざす。何かに耳を傾けているみたいだ。
「え……嘘、本当に……? ゼヘラが私を助けた、って……!?」
「それ、自然の声を聞いてるの?」
「うっさい」
「あ、はい」
取り付く島がない。悲しいなぁ。
とりあえず、手を上げて黙って待つ。
女性は困惑しているみたいで、不審な目を向けてきた。
「何が目的?」
「……人命救助?」
「ッ! 何が……何が人命救助よ! あんたがこれまで、どれだけの人を殺したと思ってるの!?」
女性の目が殺意と憤怒に彩られる。
う、うーん……? どれだけ殺したと言われても、ゼヘラの記憶に
人間の奴隷はいた。だけど、無闇に人間を惨殺した記憶はない。
……命を狙いにいた冒険者、賊、悪人は例外。正当防衛だ。
けど、それ以外で人間を殺した過去も、記憶もない。
これはどういうことだろうか。
「誤解だ。ぼ……我は誰も殺してなんか」
「問答無用! 迸れ──《ライトニングボルト》!」
女性の手から閃光が煌めき、雷撃が放たれる。
え、ちょ、当た──!
突然のことで対処できず、まともに直撃! あばばばばっ!
……あれ、痛くも痒くも痺れもない。無傷だ。
この体、生半可な魔法も効かないのか。いよいよ化け物だ。……あ、化け物か。
「無駄だ。我には効かない」
「チィッ!」
今度は連撃。何度も何度も、雷魔法を放つ。
効かないのなら話は別だ。気が済むまでやらせてあげよう。
胡座をかいて、魔法を受け続ける。
女性の魔法を放つ手は止まらない。止められない。
止めてしまったら殺されるのではないかという防衛本能が働いているのだろう。
数分か、十数分か……ようやく魔法が止んだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
「……あ、終わった?」
「ッ! ……う、うぅ……!」
女性は泣きそうな顔で座り込むと、草を強く握った。
「……殺しなさい。どうせそのつもりなんでしょう」
「殺さないよ」
「……まさか、私を辱めてから殺すつもり……!?」
「しないって」
どんだけ信用ないんだ、ゼヘラは。……いや当たり前か。
苦笑いを浮かべて立ち上がり、女性に背を向けた。
「じゃあね。それと服、着た方がいいよ」
「え……キャッ!」
今気付いたみたいだ。大切なところを手と腕で隠し、顔を真っ赤にした。
その隙に、地面を蹴って跳躍。屋敷の方へと戻って行った。
それにしても……なんでゼヘラは人間を殺していないのに、全人類の敵にされてるんだろう……?
殺したのは冒険者や賊や悪人のみ。
ゼヘラ自らが出向き、村や街を襲ったなんて事実はない。
ないはずなのだが、世間ではゼヘラが残虐非道なことで知られているらしい。
誰かが裏で情報を操作してるのか。はたまた自分のやったことをゼヘラに擦り付けてる魔族がいるのか……いずれにしろ、普通の生活を送るためには調べる必要があるか。
ルシアたちは……頼れないか。自分の足で調査しなきゃなぁ。
◆???◆
「……なんだったの、あいつ……」
ゼヘラが去って行った方角を、呆然と見つめるエルフ族の女性。
服を着る手にも力が入らない。体の震えも止まらない。
それほど、魔帝ゼヘラとの出会いは絶望的だった。
正直ここで死ぬとさえ思っていた。
が……結果として生きている。生かされている? どっちでもいが、殺されなかったのは事実だ。
「なんで……殺さなかったの……?」
そういえば、何か言ってた気がする。
誤解? そう。そんなことを言っていた。
そんなはずはない。誰もが口を揃えて言っていた。ゼヘラは残虐非道。血も涙のなく、魔族以外を見れば容赦なく殺す。
そう言われていた……のに……。
「おーい、トーシャー!」
「……み、みんなっ。……ぁ……」
トーシャと呼ばれたエルフの女性は、遠くから飛んできた仲間たちを見て顔を綻ばせた。
仲間が来てくれた安心感からだろうか。一気に疲労感が溢れ、意識が徐々に遠ざかる。
地面に倒れ伏し、そっと目を閉じる。
(魔帝ゼヘラ……なんなのよ、いった、ぃ……)
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最強の魔族に転生したのは、臆病者の村人でした。 赤金武蔵 @Akagane_Musashi
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