第4話 謎──②

 色んな意味でスッキリした、翌朝。

 今度は本当に散歩をするべく、一人で森へ来ていた。

 仰々しい格好ではなく、動きやすいシャツとズボン姿で。

 やっぱり僕としては、こういうラフな格好が楽でいい。



「……いい森だ。風が気持ちいい」



 木漏れ日も、木々の擦れる音も、何もかも癒される。

 転生前も、たまに散歩をしてたっけ。お金に余裕が少しできたら、仕事を休んで散歩をするのが趣味だったんだよね。

 ……豪遊するほどのお金はなかったし。散歩ならタダだから。


 生まれつき体力がなさすぎて、30分もしないうちに息が上がってたけど……この体なら無限に歩いていられる。

 どこからこんな力が湧いてくるのか、不思議なくらい無尽蔵の体力だ。


 目的もなく、ボーッと森の中を歩く。



「お? 開けた」



 おぉ……綺麗だ。

 森が開けた先は崖で、崖下には広大な草原と美しい川や湖が見える。

 それにしても……たっか。普通に脚が竦むくらい、高い。

 でも……この体でここから飛び降りたら、どうなるんだろう。

 だ……誰も見てないよね。


 深呼吸を一回、二回……よしっ。覚悟を決めて……飛び降りるっ!



「うわわっ!」



 へっ、変な感じがするっ。慣れない……!


 落下の妙な感覚に、体が硬直する。

 でも……この体ならまったく問題ないという、謎の信頼感もあった。

 時間にして数秒だろうか。目の前に地面が迫ってきた。



「よっ……!」



 着地と同時に片膝をつく。

 直後、衝撃によって半径5メートルほどのクレーターができた。

 もちろん、僕にはダメージはない。かすり傷どころか、痺れも。



「おぉ……? ちょっと楽しくなってきたぞ、この体」



 これが俗に言う、万能感ってやつかな……? はは、すごい。

 今度は、身体能力でも試してみようかな。


 深く沈み込み、脚へ力を入れ……ジャンプ!



「うおっ!?」



 突如、体に強い力が掛かり、目の前の景色が前から後ろへ流れる。

 後ろを振り返ると、今の一瞬で崖よりも高く跳び、遠くにある屋敷が小さく見えた。



「あはは! すっげぇ!」



 自然と笑いが込み上げてくる。こんなにすごいのか、魔族って!

 味わったことのない快感に、テンション爆上がりだ!


 ジャンプの勢いがなくなり、放物線を描くように落下。

 が……着地先のことを考えていなかった。

 いや、着地は大丈夫。問題は、眼下に広がる見間違いようのない湖で……。



「やば」



 あああああああ落ちるーーーーー!

 ──ドッッッッッバシャアアアアアアアア!!!!



「あばぼばっ!?」



 痛くはない。でも呼吸をミスって、鼻から水を飲んでしまった。うおおっ、鼻痛い……!

 慌てて水面へ浮かび、肺に空気を取り入れる。



「げほっ、げほっ! あぁ、死ぬかと思った……!」



 本当に死ぬとは思ってないけど。

 泳いで浅瀬へ向かい、びしょ濡れになったシャツを脱ぐ。

 当たり前だけど、ずぶ濡れだ。えっと、乾かす魔法は……。

 ゼヘラの記憶から魔法の知識を引っ張り出すと……あった。

 水の魔法で余分な水分を飛ばし、風の魔法で乾燥させればいいらしい。

 便利だな、魔法。魔法が使えないと、全裸で乾くまで待たなきゃならないし。



「えっと……こんな感じかな」



 指を動かし、適当に魔法を使ってみる。

 と、服に含まれていた水が球体状に集まり、残った水分も風の魔法で一瞬で乾いた。

 おぉ……できた。ゼヘラは、魔法に関しても大天才みたいだ。



「これが格差社会か。……ん?」



 なんだろ、あれは……?

 湖の浅瀬付近で、変なものが浮かんでいる。

 人間? しかも、全裸の。ピクリとも動いていない。

 ……あぁ、なるほど。ここで水浴びしてたら僕が突っ込んできて、波で溺れたのか。納得。


 …………。

 って、納得してる場合じゃなーい!!



「ちょちょちょっ!? おい待て死ぬなぁ!」



 人間を殺さないって決めてる僕が、こんな形で殺すのはダメでしょう!

 急いで、人間を陸に上げる。

 どうやら女性らしい。胸は乏しいが、下半身に勲章が付いていない。

 それにしても……美人だ。配下の美女たちとも見劣りしないほど、美人だ。

 あ、あまりジロジロ見るのはよろしくないな、うん。

 とりあえず、シャツを羽織らせて大事なところを隠した。



「えっと、魔法魔法……くそっ、溺れた人を助ける魔法とかないのか……!?」



 ゼヘラの記憶を遡るが、それらしい魔法はない。

 このままじゃ、この人は助けられない。

 こうなったら、ゼヘラの魔法の才能に賭けるしかない……!



「ええい、なにくそっ! なんか治れ!」



 女性の体に手をかざし、魔法を発動する、

 手の平から漏れ出た白い光が女性を包み込むと、女性の口から水が流れ出た。



「げほっ! ごほっ!」



 ほっ……よ、よかった。呼吸が戻った。

 なん土壇場で、それっぽい魔法ができたらしい。



「さ、さすがに焦った……」



 あとは体力回復の魔法をかけて、っと。

 ふぅ〜……無事、一命は取り留めたみたいだ。

 ……このままじゃ寒いかな。焚き火でもつけてあげるか。

 森から木々を集めて、女性の近くで火をつける。


 このまましばらく、警護してあげるか。



「……あ」



 さっきまで必死で気付かなかったけど……この女性、人間であって、人間じゃなかった。

 まず容姿が綺麗すぎる。圧倒的美貌というのだろうか。

 そして、耳。人間にしては長すぎる。

 美人で、耳が長い。この特徴を持つ種族は、一つしかない。



「亜人……エルフ族……?」



 亜人というのは、姿かたちは人間だが、力や知能が人間より優れた種族のことを言う。


 獣の力を持つ獣人。

 怪力を誇る巨人。

 手先が器用なドワーフ。

 自然の声を聞くエルフ。


 様々な亜人がいるが、エルフ族は中でも長命で老いない。そのため種の保存能力が低く、数が少ないんだとか。

 ゼヘラの記憶にも、会った記憶がほとんどない。それほどまでの、超希少種だ。


 ついでに厳密に言えば、魔族も亜人に属するらしい。

 その凶暴さから、他の種族から嫌われてるんだけど。


 それにしても、まさかこんな所でエルフ族に出会えるなんてね……水浴びでもしていたのかな。


 ……とにかく、起きるまで傍で見守っててあげるか。


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