第4話 謎──①

   ◆



「……やっちゃった……」



 外はもう満月が登っている。どれだけ頑張ってたんだ、僕は。

 ベッドに目を向けると、ルシアとルナの二人は、気絶するように寝ていた。

 正直、まだまだ体力は有り余っているが、二人がこうなってしまっては仕方ない。

 ……体力おばけすぎるな、ゼヘラの体。これが人類とは一線を画す魔族……その頂点の体力か。


 二人を起こさないように服を着ると、寝室から執務室へ向かった。

 執務室は、ゼヘラが仕事をする場所だ。といっても、ほとんど使わない場所となっているみたいだけど。

 誰も来ないからこそ、記憶を整理するには持ってこいの場所だね。


 執務室には机と椅子。あとはゼヘラの自室以上の蔵書がある。

 壁には世界地図と、ゼヘラの部下が統治している地域の地図が掛けられていた。



「ふぅ……さて」



 煩悩を少しは発散できて、脳がクリアだ。

 早速、記憶の整理を始めよう。

 ふかふかの椅子に座り、白い紙に羽根ペンを走らせる。


 ゼヘラの直属の部下は、総勢94人。

 領地の各所を統治している部下は七人で、その下にはもっと多くの部下がいるが、さすがにそこまでは記憶にない。

 だから今は、94人だけだ。

 その全員を書き出し、一人一人との記憶を呼び起こしては書いていく。



「へぇ……やっぱりゼヘラって、部下には尊敬されてるんだ……」



 全員、ゼヘラのことを心の底から慕い、忠誠を誓っている。

 魔族序列1位のゼヘラへの媚びではなく、完全に力に惚れ込んだ魔族が多いみたいだ。



「それにしても、やっぱり女癖は悪いんだね」



 思わず苦笑いだよ、はは。

 直属の部下94人。そのうちの53人は女性だが、全員ゼヘラと体の関係を持っている。

 しかも全員、超のつく美人。

 魔族最強は、雄としてしても最強らしい。あれだけのモノを持っていて、無尽蔵の体力だ。当たり前といったら当たり前か。


 よし、っと。これで全員分書き終えたかな。

 あとはゼヘラの行動パターンと、それに関係する魔族を書き出すか。



「ふむふむ、なるほど。月に一度、七人の統治者と会議があるのか」



 次の会議は一週間後。その時にようやく、初顔合わせになる。

 顔はわかるから、初めましてではない。

 全員の友好的な雰囲気を考えると、そこまで緊張することはなさそうだ。



「こんなところかな。ふぅ〜……」



 夜空に浮かぶ月光が眩しい。

 夜空を美しく思えたのは、初めてのことだ。今までは、夜空を気にしてる余裕はなかったし。


 満月を見上げ、ほっと息を吐く。

 普通の生活を送る。そう決めても、そもそも普通の生活とはなんなのだろう?

 村人として生きてきた三十数年。あれは普通ではなく、極貧生活だった。

 ここでは、日銭を稼がなければならないという心配はない。

 幸いにも、魔族の寿命は半永久だ。

 少しずつ、普通を探していけばいいか。


 …………。

 むずっ。



「……駄目だ。仕事をしてないと、むずむずする」



 物心がついた頃から仕事をしていたからか、仕事をしていない時間がもったいなく感じてしまう。

 けど、無理に仕事を探すのも変な気分だ。

 金はあり、食料もあり、人望もあり、時間もある。

 ありがたいことに、ないものが、ない。


 ……明日から、何をしよう。不安だ。すこぶる不安だ。


 一通り記憶の整理を終えて執務室を出ると、ちょうど近くを通りかかったメイドから、食事ができたことを伝えられた。

 そういえば朝に少し食べてから、今まで何も口にしていない。

 さすがに、腹減ったな……。

 メイドと共に食堂へ移動すると、メイドから何かを聞きたそうな気配を感じた。



「なんだ?」

「あ、いえ。その……他の者から、今日一日ゼヘラ様のご様子がおかしいとお聞きしたのですが、どうかされたのですか?」



 どうやら口調だけゼヘラに寄せても、端々の行動に関してはまったく似せられていないらしい。

 それもそうだ。ゼヘラらしい行動なんて、僕にできるはずがない。記憶があっても、性格や口調が何もかも反対なんだし。


 とりあえず咳払いをし、メイドへ視線を向けた。



「我の様子がおかしいと、貴様に不便があるか?」

「め、滅相もございません! も、申し訳ありませんでしたっ……!」

「ふっ……冗談だ」



 ゼヘラの記憶から、それっぽい言動を取る。そうすれば、不信感を抱かれずに済むだろう。

 ……え、できてる? できてるよね?

 ダメ押しでもう一つ、ゼヘラっぽいことをしよう。えーっと……。


 僕はメイドに近付き、長い爪でメイドの頬を撫でる。傷つけないように、慎重に。

 そして……。



「今夜、我の部屋に来い。可愛がってやる」

「は……はいぃ……♡」



 …………いやいやいやいや何言っちゃってんの僕は!? というかゼヘラは!?

 ここここここれは決して、僕の意思じゃない! 記憶にの中にあるゼヘラの行動だから!


 顔には出さず、内心冷や汗がどっと吹き出た。

 ま、まさかこんな時に、夜伽の誘いをするとは思わなかったよ、ゼヘラ。

 でも……これがゼヘラだ。しばらくはゼヘラとして過ごすと決めた以上、こういうことにも慣れないとね。

 ……慣れるかな、本当に。


 頬を染めて瞳にハートを浮かべているメイドから目を逸らし、そっと息を吐くのだった。


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