籠の鳥
幸まる
自由とは
大陸一と評された、小国の美姫。
その姿は、匠によって造られた完璧なる宝石人形。
艷やかな金糸の髪は、流れれば風の囁き。
長いまつ毛に囲まれた大きな瞳は、天然のジルコンに似て、光を取り込めは五色に輝く。
瞬きすれば星の瞬き。
声はセイレーンの歌の如き響きを持って、耳にする者をことごとく虜にする。
各国の王侯貴族達は、こぞって彼女を欲しがった。
見目釣り合う若い王子から、二まわり以上も歳の離れた、在位の長い賢王までも。
しかし彼女を手に入れたのは、極北から怒涛の勢いで南下し、並ならぬ力で次々と国々を従属させてきた、血塗られた虐殺王だった。
吹き荒ぶ冬が去り、短い春の日。
高い尖塔の上の一室で、姫はその華奢な指で金の鳥籠を開けた。
中で羽繕いをしていた青い小鳥は、両開きに大きく開いた上部から、軽やかに飛び出す。
小鳥は部屋の中をゆるりと一周し、姫の肩に下りる。
その黄色い小さな嘴が、柔らかな淡桃色の唇を突付くと、姫は僅かに目元を和らげた。
指先に鳥を移し、ガラスの器から餌の粒を与える。
入口近くに、侍女が
「……姫様、そろそろ……」
苦い物を噛んだような声で時間を告げられ、姫は指先の小鳥を宙へ放る。
「おうちへおかえり」
部屋の窓は大きく開いていて、格子の一本すら入っていなかったが、小鳥は迷うことなく金の鳥籠に戻った。
侍女が姫の金の髪を
櫛を置いて香油の瓶を持つと、姫が小さく首を振った。
「要らないわ」
鏡台の前に並べられた首飾りや耳飾りを一瞥してから立ち上がる。
「何も要らない」
「ですが…」
「すぐに全て外してしまうのに、どうして必要なの?」
侍女は苦しげに顔を歪めたが、大人しく頭を下げた。
もうすぐここに、大陸中に虐殺王の名を知らしめた、壮年の男がやって来るのだ。
……そして、今夜も姫を抱く。
かの王は、多くの者が願い求めた美姫を、南方への侵攻中に小国からあっさりと奪い取った。
誰の目にも
嵐のように純潔を散らされた翌朝。
白雪のような姫の柔肌に、多くの小花のような赤い滲みと、幾つかの咬傷が残されてあるのを見て、小国から同行を許された侍女は泣き崩れたが、しかし姫は気丈にも静かに空を眺めていたのだった。
日が沈む前の赤い光を放つ時、猛々しい王は姫の元を訪れた。
侍女や王の側近が下がり、二人きりになる。
王が一歩近付けば、姫はするりと自ら夜着を足元に落とした。
窓から赤い光が入り、姫の白い肌を赤く染める。
二日前にも付けられた跡は、その赤い肌を更に濃く彩った。
燃えるような赤と、立ち上る色香が、目眩を誘う。
「さあ、いらして」
熱を孕んだ王は、傷だらけの身体で、ささくれた固い指で、獣のように姫を組み敷く。
まるで落ち葉を踏み
人々は言う。
『世界中から望まれたあの美姫は、籠の鳥にされた』と。
侍女は言う。
『何とお労しい姫様』と。
それはどういう意味だろうか。
自由を奪われたということ?
籠の鳥は不自由であると、労しい存在だと、彼等は思っているということだろうか。
揺れる視界の中で、姫は鳥籠に目を向ける。
上部が両開きに大きく開いたままの鳥籠。
その中で、青い小鳥は愉しげに歌う。
初め二羽いた籠の小鳥は、ある時一羽は窓から飛び立ち、もう一羽は、今もああして籠に残っている。
籠の鳥は可哀想だと、誰かが言った。
囚われたまま、自由のない、籠の鳥。
果たしてそれは、本当だろうか?
籠の中しか知らない鳥は、外の世界へ出ていけば限界を知らずに飛び続け、いつか力尽きて落鳥する。
それは鳥の求めた自由だろうか。
籠の外を求めたことは自由だが、その先にあるものを知らずして、鳥に何を選ぶことが出来ただろう。
籠に残る小鳥は、
あの小鳥も、いつか外を望むだろうか?
それとも…。
「……姫」
切なげに耳元で呼ぶ王は、姫の視線を求める。
ジルコンの瞳に熱を持ち、自分を見返して欲しいと願っているのを、彼女は
姫は、何の熱も籠もらない硬質な瞳で、王を見返す。
「いいえ、陛下。もっと、近くにいらして……」
「っ……!」
堪らず熱い息を吐く王は、姫の熱を欲して全てをさらけ出し、乞い求めるように細く白い柔肌を掻き抱く。
大陸を恐怖に陥れた虐殺王が、ちっぽけな一人の男に成り下がるのを、知っているのは彼女だけ。
彼女は声を上げる。
セイレーンの如き響きを持って、かの者を虜にせんと。
彼女は、思う。
ああ、私は何と自由だろう、と。
自らの価値観を他者に押し付けた時、不自由に自らが縛られたのだと、人はなぜ気付かないのだろう。
彼女は籠の中の鳥。
ただ、その扉はいつでも開ける。
〘 終 〙
籠の鳥 幸まる @karamitu
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