メイドの土産に赤い花

石川ナオ

メイドの土産に赤い花(シナリオ)

<登場人物>

真利子有朱まりこありす(26)フリーランスメイド

琢馬裕斗たくまゆうと(22)無職

琢馬流平りゅうへい(52)裕斗の父、コンサル会社勤務

琢馬春留はる(48)裕斗の母、教育評論家


ルーリ(18くらい)Vtuber

畠中(66)近所のおばさん

女A 家政婦事務所の担当

男A 琢磨の取引先

男性社員A、B

スタッフ


++++++


○琢磨家・キッチン

   洗い物やゴミ袋が数袋残っている。

   琢磨流平(52)が電話をしている。

琢磨「急に来なくなるなんて、どういう管理をしているんですか、お宅の家政婦は⁈」

女Aの声「申し訳ございません、もう行きたくないと突然辞めてしまいまして」

琢磨「またですか⁈」

   謝り通しの女、怒って電話を切る琢磨。

   琢磨、キッチンから階段の先を見上げ、舌打ち。

   ダイニングテーブルに置いてあるノートパソコンから通知音。

   着席する琢磨、WEB会議を始める。

   琢磨の顔には「スカイコンサルティング 琢磨」と表示。

琢磨「(笑顔で)お疲れ様です」

男A「琢磨さん、見ましたよー。奥様のテレビ、素敵な方ですねえ」

琢磨「いえいえ、とんでもない」

   琢磨、笑っているがどこかぎこちない。


○電気街

   ロングヘアーを二つに縛り、ゴスロリ風の服、トランク型のキャリーケース

を引く真利子有朱(25)が鼻歌を歌いながら歩いている。

   家電量販店のテレビにワイドショーが流れている。

   コメンテーター席にいる琢磨春留(48)。

   「教育コーディネイター、実業家」の紹介テロップ。

   春留は教育について評論家たちとトークしている。

春留「これからは、男とか女とか関係なく、家族協力していく時代なんです」

   有朱、見向きもせず通り過ぎる。


○琢磨家・外

   ポストを確認しに来る琢磨。

   畠中洋子(66)がじろじろ琢磨を見ながら通り過ぎる。苦笑し会釈する琢磨。

   ポストの中に封筒数通と一枚のチラシ。

   家に戻りつつ、チラシに目がいく琢磨。


○同・玄関

   封筒を床に投げ、チラシを読む琢磨。

琢磨「元気一杯のメイドが何でもお片付け、お困りごとを助けます。メイド……? メイドか……」

   フリーランスメイド、真利子有朱と書かれ、有朱の写真が載っている。

琢磨「フリーか……、まあ、あの事務所の家政婦はもう無理だろうしな……」

   琢磨、溜息をついてスマホを取り出し、チラシを見ながら電話をかける。

   ×  ×  ×

   三和土に立ち、深く頭を下げる有朱、萌え声で挨拶する。

有朱「本日よりお世話になります、真利子有朱です。よろしくお願いいたします!」

   有朱、勢いよく頭を上げる。

琢磨「お若い……ですね」

有朱「はい、元気一杯、働き盛り25歳です!」

琢磨M「今までおばさん続きだったからまあいいが……大丈夫か? この子」

有朱「炊事洗濯、家庭教師、ご介護、秘書、レンタル家族、おうちのお困りごと何でもござれです」

琢磨「何でも」

有朱「はい、何でもきれ〜いにお片付けいたします!」

   笑顔の有朱、じゃあと冷ややかな顔で中へ招き入れる琢磨。


○同・リビング

   片付いていない部屋。有朱「まあ」と小さく驚きの声をあげる。

琢磨「とりあえず、これにサインしてくれる」

   秘密保持契約書を出す琢磨。

有朱「はい!」

   スラスラとサインし、琢磨が書類を受け取ると、腕まくりする有朱。

有朱「では、始めさせていただきます!」

   キッチンで洗い物をし、掃除機をかけ、洗濯物をまとめ、ゴミ袋を縛っていく有朱。とてもテキパキしている。

   その様子を傍で見ている琢磨。

琢磨「まあ、仕事ぶりは合格か……」

   玄関の開く音、挨拶もなく春留が帰って来る。

有朱「奥様でいらっしゃいますね、本日からお世話になる真利子あり……」

春留「(冷たく)私の夕食は結構です」

   有朱の顔を見ず、自室に向かう春留。

有朱「まあ」

琢磨「ああ、気にしないで」

有朱「承知いたしました」

   笑顔の有朱。


○ゴミ捨て場(朝)

   燃えるゴミの日、ゴミ袋を捨てに来る有朱。その様子を洋子に凝視される。

有朱「(笑顔)おはようございます」

   その様子を琢磨家の二階から覗く影。


○琢磨家・リビング(朝)

   有朱、キッチンで朝食を用意している。

琢磨「ご近所さんに何か言われた?」

有朱「はい、お隣の畠中さんに、ゴミのチェックをいただきました! お優しい方ですね」

琢磨「(呆れ)その人は優しい人じゃなくて、余計なお世話をする人だよ、気をつけて」

有朱「まあ。そうでしたか」

   有朱、トレイに朝食を乗せ持ち上げる。

有朱「ところで、このお食事は置いておくだけでよろしいのですか?」

   朝食は鯖塩焼きなどの和食。

   琢磨、見向きせずに返事。

琢磨「ああ、黙って置いておいて」

有朱「かしこまりです」

   有朱、笑顔でキッチンを出ていく。


○同・二階(朝)

   ドアの前、そっと床に朝食のトレイを置く有朱。ドアを見て首を傾げる。


○同・二階

   トレイを回収に来る有朱。

   半分程残された状態のものが置かれており、食べ方も綺麗ではない。

有朱「まあ……」

   有朱、引き気味の顔。


○同・キッチン

   引き上げたばかりのトレイが作業台に置かれている。

   部屋に入って来る春留、トレイを見て不愉快な顔。

春留「ちょっと、こんな状態で放置しないで。ちゃんと仕事しているの?」

有朱「申し訳ございません、ご子息の朝食をお引き取りしたばかりで……」

春留「(話を遮る)私の夕食は結構です」

   春留、部屋を出ていく。

有朱「まあ……」

   ややわざとらしく唖然として春留を見送る有朱。


○同・二階

   掃除をしている有朱、開かずの扉が気になっている。

   扉の隙間から覗こうとしたり、聞き耳を立ててみたり、辺りの壁を触ってまるで隠し扉がないかと探す。

   諦める有朱、顎を摘んで、首を傾げる。

   はっとひらめき、人差し指を立てる。


○同・同(夜)

   有朱、トレイにぐつぐつ煮立つシチューハンバーグを乗せて運んでいる。

   そっとドアの前に置き、湯気をドアの隙間から流し込もうと手で仰ぐ。

   静かな部屋。

有朱M「暖かい内に食べてほしいなあ」

   有朱、そっとドアをノックする。

有朱「家事を担当している真利子有朱です、お食事置いておきますね。温かい内に……」

   部屋の中から何かを投げつけた衝突音。

   有朱、一瞬驚くも、ドアに耳を当て聞き耳を立てる。

   話し声のようなものが聞こえるが、聞き取れない。

   有朱、諦めて立ち去る。


○同・裕斗の部屋(夜)

   暗い部屋にパソコンの光。

   その前に座っている琢磨裕斗(22)。

   ボサボサの髪に無精髭、ジャージ。

   ライブ配信サイト(アベマのような)をザッピングしている。

   春留のでている番組が表示される。

   トークテーマは引きこもりの子供を救う方法。

春留「子供のことを心配しない親なんていません! 根気良く少しずつ会話を続けていけば、きっとわかってくれます」

   裕斗、鼻で笑い、番組のチャットに「偽善者www」と書き込むが、書き込みがすぐに流れていく。

   つまらなさそうにフッと笑い、椅子にもたれる裕斗。

   何かの匂いに気がつき、鼻を鳴らしてドアの方を見る。


○同・二階(朝)

   有朱、そっと階段を上がって来る。

   ドアの前にトレイ。食べ方は汚いが、料理は全て平らげられている。

有朱「まあ」

   有朱、嬉しそうに笑う。


○同・ダイニング

   琢磨が座っている、テーブルに昼食を出す有朱。

   琢磨、PCを開きWEB会議を始める。

琢磨「たまにはいいですね、リモートでランチミーティングも」

男A「お食事は奥様がご用意を?」

琢磨「そうなんですよ」

   琢磨、悪びれもせず、ボンゴレパスタの皿をカメラに向ける。

男A「ええ〜美味しそう! いいですねえ、そんな美味しいご飯を食べられたら、息子さんも健やかに育つでしょう」

琢磨「ええまあ、今頃大学ですよ」

   キッチンから覗き見ている有朱。

有朱「(呆れ気味の小声)まあ……」

   有朱、首を振り、口をチャックする仕草。

有朱「ダメダメ、お口チャックです。お庭の手入れでもしてきましょう」

   有朱、琢磨を後目にキッチンを出る。


○同・庭

   木や草が所々に茂っている庭、大して手入れがされていない。

有朱「さて」

   テキパキと草刈機で草を刈り、枝を剪定し、あっという間にゴミ袋の山が出来上がる。

有朱「可哀想に、綺麗なお花を咲かせたいですねえ」

   有朱が花のない花壇にじょうろで水を撒いていると、ん? と何かが気になり、顔を上げる。

   目線の先に二階の窓。カーテンが閉まっている。

有朱「気のせいでしょうか?」

   男の笑い声が微かに聞こえる。


○同・裕斗の部屋

   VRゴーグルを装着した裕斗が楽しそうに笑っている。


○VR世界・ルーリの部屋

   カラフルで、幾何学なデザインのVRの部屋。

   「ルーリのお話小屋」の看板が浮いている。

   シルクハットにタキシードの少年姿のアバターから裕斗の声。

裕斗「昨日のゲーム、最高だったね。スコアもレコード更新だよ」

   ピンク色の髪をツインテールにし、赤い瞳をした少女のアバター、ルーリが裕斗の前にいる。

ルーリ「すごーい! さすがだね裕斗くん!」

   ルーリ、兎のように跳ねて笑う。

ルーリ「ねえねえ、今日は何だかいつもより嬉しそうだね、声がルンルンしてるよ」

裕斗「そう? そうかな」

ルーリ「美味しいものでも食べた?」

裕斗「美味しいもの? ああ〜、久しぶりにちゃんとしたハンバーグを食べた」

ルーリ「ちゃんとしたハンバーグ?」

裕斗「前に食べたの、まるで泥みたいなやつでさ。でも昨日のは凄く美味しかった」

ルーリ「いいなあ、どこのお店で食べたの?」

裕斗「お店じゃないよ、家。新しいお手伝いの人が作ったんだと思う」

ルーリ「すごーい! いいないいな!」

   羨ましそうに揺れ、宙に浮き飛び回るルーリ。


○琢磨家・裕斗の部屋

   ゴーグルの中で笑っている裕斗。


○スーパー・前

   有朱、エコバックを持って歩いている。

有朱「ハンバーグはお好きなんですよねえ。次は何にいたしましょうか」

   スーパーに入る間際、道路の向こう側に目を向ける。

   春留が琢磨ではない若い男と歩いている。

有朱「おや? 奥様?」

   春留、男と親しげに腕を組む。

   有朱、目を見開いて。

有朱「まあ!」

   エコバッグで顔を隠しながら、春留たちを尾行する有朱。


○琢磨家・琢磨の部屋

   掃除機を持った有朱が入って来る。

   鼻歌を歌いながら掃除機をかける有朱。

   メロディーはデビルマンのEDテーマ。

有朱「だーれも知らない、知られちゃいけない〜」

   掃除機の先がゴミ箱に当たり、ゴミ箱が倒れ中身が飛び出してしまう。

有朱「あら、いけない!」

   中身を拾う有朱、封筒の社名が目につく。金融会社の封筒ばかりである。

   丸められた書類を広げてみると、督促状や、株の支払通知書。

有朱「まあ……!」

   驚く有朱、誰もいない部屋でキョロキョロ辺りを見渡す。


○同・ダイニング(夜)

   キッチンで洗い物をしている有朱。

   琢磨、リビングのソファーに座り、ウイスキーを片手に寛いでいる。

   黙って帰って来る春留。

   無言で有朱にランドリーバッグを渡すと、部屋を出ていく。

有朱「(小声)かしこまりで〜す」

   琢磨、振り向かず雑誌を読んでいる。

   溜息をつく有朱。

有朱「(小声)物は片付いても、こちらは片付きませんねえ。……さて、どうしたら、ここに綺麗な花を咲かせられるでしょうか」

   有朱、裕斗の部屋を見上げる。


○同・二階(朝)

   有朱、食べ終わりのトレイを持っている。皿にアジフライのみが残っている。

有朱M「お魚はお嫌いで、お肉はお好き、トマトやピーマンはダメでした」

   ふむふむと頷きながら階段を降りる間際、ドアを見る有朱。

有朱「定番メニューばっかりでは、面白くないですしねえ」

   首を傾げる有朱、ハッとひらめき、人差し指を立てる。


○同・裕斗の部屋

   裕斗、ドアを少しだけ開け、人の気配を確認してからちゃんと開ける。

   トレイを手に取り、ドアを閉める。

   親子丼と一緒に、一枚のカードが添えられていることに気がつく。

   「よかったらご利用ください」とQRコードが印字されている。

   デスクで親子丼を食べながら、スマホで読み取る裕斗。

   画面に「裕斗さま専用お食事注文ページ」が表示される。

裕斗「なんだこれ」

   驚きながらスクロールする裕斗。様々な料理の映え写真が次々と表示される。

   庶民的な料理から、家では食べられなさそうな料理まで。

   最初に食べたシチューハンバーグも載っている。

   写真の下にはハートマークのいいねボタン。

裕斗「これ、美味かったなあ」

   ついいいねボタンを押してしまい、あっ、と戸惑うが、まあいいかと諦める。

   適当にタップすると、ピザのページ。

   店の注文サイトのようにトッピングや、サラダや副菜の追加など、オプションまで充実している。

裕斗「マジかよ」

   裕斗、鼻で笑う。


○同・キッチン(夕)

   通知音が鳴り、ポケットからスマホを取り出す有朱。

   「注文のお知らせ」の通知画面。

   タップすると、「ビスマルクピザの注文が入りました」と表示。

   注文内容の下に「本当に作れるのかよwww」とメッセージが入力されている。

有朱「まあ……」

   有朱、カチンときた表情を浮かべる。

   ×  ×  ×

   有朱、まるで踊りながらピザの生地を華麗に回し、見事な丸い生地を作業台に広げる。

   華やかにトッピングされていく具材。

   オーブンの音が鳴り、中から見事なビスマルクピザが登場する。


○同・二階(夜)

   有朱、そっとピザを扉の前に置き、そそくさと階段へ戻り隠れる。


○同・階段(夜)

   扉の開く音に、裕斗の部屋の方向を見上げる有朱。

   すぐにバタンと閉まる音がして、ニヤリと笑う有朱。


○有朱のスマホ(夜)

   「ビスマルクピザにいいねが入りました!」の通知。


○VR世界・ルーリの部屋

   音ゲーで遊んでいる裕斗とルーリ。

   色とりどりの図形が宙に浮かんでいるのをタッチしている。

   そこに、注文受付完了の通知である、メッセージがポンと現れ、ゲームをやめる。

   「ミートドリアのご注文承りました!」のメッセージと共に、ゆるいウサギの手描きイラストが添えられている。

ルーリ「かーわいー。ねえねえ、このメイドさんとならお友達になれるんじゃない?」

裕斗「友達? 無理無理。だって生きた人間だよ、気持ちが悪い」

ルーリ「こんなにあったかそうなご飯を作ってくれるのに」

   ルーリが手をかざすと、有朱が出してきた料理の写真が頭上に表示される。

   おいしそ〜、と唾を飲むルーリ。

裕斗「あいつらだって最初はそうだったよ。でも、僕が高校に行けなくなって、使えないとわかった途端……」

ルーリ「そりゃあお父さんやお母さんは、風邪ひいちゃいそうなくらいつめたーい人みたいだけど。この人はどうかなあ」

   ルーリ、首を傾げ、笑う。


○琢磨家・ダイニング(夜)

   琢磨の前に和食の夕食。半分くらいを残して、電話で話をしている。

琢磨「先日はどうも。またあの店行きましょう、ご馳走します。いい子紹介しますよ、ええ。お好みはありますか?」

   テレビにニュース。天気予報。

レポーター「そろそろこのお花が咲く季節です。きれいなお花ですが、家に入れると火事になるから、持って帰っちゃダメ、なんて怒られたものです」

   立ち上がり、部屋を出ていく琢磨。

   夕食を下げようとする有朱、通知音。

   スマホを出すと、裕斗からの感想が届いている「美味しかったから、次は肉増やして」

有朱「まあ……!」

   笑みを浮かべる有朱。


○同・庭(朝)

   有朱、鼻歌混じりに庭を手入れしている。

   有朱が来た当初よりも手入れが行き届いており、様々な花が咲いている。

   黙って通り過ぎる春留。

有朱「いってらっしゃいませ〜」

   続いて琢磨も黙って通り過ぎる。

有朱「いってらっしゃいませ〜」

   有朱、琢磨たちが通り過ぎた方向へ水を撒く。


○VR世界・裕斗の部屋

   裕斗の部屋が擬似的に再現されており、窓のカーテンが全開になっている。

ルーリ「すごいね、どんどんお庭が綺麗になっていくよ」

裕斗「こんな、花が咲いているところなんて見たことなかった」

ルーリ「ご飯も美味しい、お部屋も綺麗、お花も大好き。なんて素敵!」

   兎のように跳ねるルーリ。

裕斗「次は何を作らせてみようかな」

   裕斗が手を掲げるとスマホのような画面が空に現れ、画面の中には有朱の注文ページが表示されている。

ルーリ「ねえ、たまには面と向かってご飯の感想を伝えてみたら?」

裕斗「え、僕が……?」

   項垂れる裕斗。ルーリ、悪戯な笑みを浮かべ、踊るように手を掲げる。

ルーリ「たまには、部屋を出てご飯を食べたいな」

   ルーリの喋る通りに打ち込まれていくメッセージ。

裕斗「何勝手に‼︎」

ルーリ「だってだって〜」

   画面には流し素麺の注文ページ。

裕斗「な、流し素麺⁈」

ルーリ「そう、おうちで流し素麺。とっても気になる! 気にならない⁈」

   竹を立てかけている、いかにも流し素麺の写真。

   画面確認しようと近づくと、ルーリが背中を押す。

   裕斗、弾みでうっかり「注文」を押してしまう。

   キラキラと星を散らし、注文のメッセージが空高く飛んでいく。

裕斗「わーっ! 送った、送っちゃった⁈」

ルーリ「やったあ〜。ごたいめーん!」

   飛び跳ねるルーリ、しゃがみ込む裕斗。


○琢磨家・キッチン

   通知音、スマホを出す有朱。

   有朱、驚きと喜びの表情。

有朱「まあ‼︎ ついに、ご対面です‼︎」

   天井を見上げる有朱。


○同・裕斗の部屋

   裕斗のスマホに通知。

   「ご予約を承りました」「ご両親の居られない時間にセッティングします」のメッセージ。

裕斗「本気か……」

   裕斗、溜息をつく。


○ゴミ捨て場(朝)

   ゴミを捨てている有朱。

   後ろからやってくる洋子。

   笑顔で会釈し、去っていく有朱。

   訝しげに有朱を見て、ゴミをチェックしている洋子。

   ゴミ捨て場の端に咲いている赤い花(彼岸花)に気がつく。

洋子「やだ、こんなところに咲くなんて。火事にでもなったらどうするの」

   洋子、花を抜き、有朱が捨てたゴミ袋の中に押し込む。


○琢磨家・玄関(朝)

   有朱、琢磨を見送っている。

琢磨「今日は会合なので夕食結構です」

有朱「承知しました。いってらっしゃいませ」

   頭を下げる有朱。ドアが閉まると顔を上げて腕をまくる。


○同・キッチン

   流し素麺の準備をする有朱。

   素麺を湯がき、薬味やつゆを作り、氷水を張ったボールの中に素麺。

   そして竹を担ぐ有朱、槍投げ選手のような体勢でダイニングに設置する。


○同・二階

   軋む音を立ててゆっくりと開く裕斗の部屋の扉。

   ゆっくりと歩く足音。


○同・ダイニング

   そっと開くダイニングの扉。

   大きなダイニングテーブルの上に、一メートル程の竹が立てかけられている。

裕斗「本当に流し素麺」

   裕斗の前に駆け寄る有朱。

有朱「初めまして、真利子有朱です。いつもお食事食べていただいて有難うございます」

裕斗「(目を逸らし)いえ……」

有朱「さあ! どうぞ!」

   有朱、裕斗を着席させ、素麺用の薬味を沢山持って来る。

有朱「おすすめはこの揚げ茄子入りのごま醤油ダレでございます。では始めますね!」

裕斗「えっ、えっっ?」

   有朱、椅子の上に立って素麺を流していく。

   慌てて取る裕斗、有朱おすすめのタレで食べる。

裕斗「おいしい……」

   有朱、満面の笑みで素麺を流し続けている。

   裕斗は何度も掬い、次第に涙目になっていく。

裕斗「こんなあったかい飯、食べたことなかった」

有朱「えっ、お氷足しましょうか⁈」

裕斗「なんでだよ」

   裕斗、鼻を啜りながら素麺を食べる。

有朱「やっぱりお一人で食べるには、大きかったですかね」

裕斗「いいよ、あいつらと飯なんて、反吐が出る。このまま帰ってこなきゃいい」

有朱「(不敵な笑み)まあ。そんなこと言っていいんです?」

裕斗「いいんだよ、いらないよあんな奴ら、世の中から消えてしまえばいい」

   手を止める有朱、笑みを見せて言う。

有朱「じゃあ、いっそ綺麗さっぱり、お片付けしてしまいましょうか」

裕斗「え?」

   素麺を流す有朱、取り損ねる裕斗。


○VR世界・ルーリの部屋

   上空に闇金に通っている琢磨の写真や、春留の不倫の画像が次々に現れる。

   眺めているルーリ、笑顔で体を揺らしている。

ルーリ「きれいな花を咲かせましょう。そーれ!」

   ルーリが腕を掲げると、画像がまるで花火のように飛散し、赤い花びらが舞い散る。


○琢磨の会社(朝)

   出社する琢磨、得意げな顔で周囲に挨拶している。

   そこへ男性社員Aが立ちはだかる。

男性社員A「琢磨さん、ちょっといいですか」

琢磨「え、何です?」

男性社員A「法務部へ来ていただきたい」

   琢磨、何かに気がついて慌ててその場から逃げ出す。

男性社員A「逃すな!」

   数名の社員が琢磨を追いかけていく。


○楽屋

   メイク中の春留。

   スタッフが慌ててやって来る。

スタッフ「あの、琢磨さん、すみません、今日のご出演は見合わせてください」

春留「はあ⁈ 突然なんなんです⁈」

スタッフ「コンプライアンス的に、ちょっと」

   スタッフがタブレットでネット記事を見せる。

   「人気教育コーディネイター、私生活は淫らにコーディネイト」のタイトル。


○琢磨家・庭

   彼岸花が咲き誇っており、彼岸花以外の花は無くなっている。

   真っ赤な庭に見向きもせず、家の中に入ろうとする琢磨と春留。

   玄関の前で警察官に引き止められる。


○同・裕斗の部屋

   琢磨が横領罪で捕まり、春留は不倫、セレブ夫妻大炎上というネット記事がパソコンに表示されている。

   裕斗、愉快そうに笑っている。

裕斗「ざまあみろ、笑いすぎて腹減った」

   スマホを手に注文しようとするが、サイトにアクセスができず、首を傾げる。

裕斗「まあいいか」

   裕斗、VRゴーグルを装着する。


○VR世界

   真っ白の世界。

裕斗「ルーリ? いないの? ルーリ⁈」

   白紙の世界を裕斗のアバターが走り回っている。


○公園

   パソコンの画面、裕斗のいるVR世界が表示され、裕斗のアバターが走り回っている。

   ベンチに座り画面を見ている有朱。

   キーを叩くと画面が切り替わり、ルーリの顔が表示される。

   ルーリの名前を呼ぶ裕斗の声が小さく聞こえる。

有朱とルーリの声「琢磨様、これで契約終了です。ありがとうございました〜」

   アカウントを削除しますか? のダイアログが表示される。

   「はい」がクリックされると、ルーリの姿が消え、裕斗の声も同時に途切れる。

有朱「これでまた一つ、綺麗にお片付けができました。燃え尽きてスッキリです」

   有朱、立ち上がって鼻歌混じりに歩き出す。


○旧琢磨家・外

   表札に琢磨ではなく「入江」の表示。

   T「一年後」

   デリバリー配達員がやってくる。

   乱暴に開けられるドア、女が黙ってデリバリーを受け取り、扉を閉める。

   舌打ちする配達員、裕斗である。

   家を出ようとして、フラフラと庭に足を踏み入れ、やや怯えた表情を見せる。

裕斗「真利子さん……?」

   庭一面が彼岸花で埋め尽くされている。


○街の中

   キャリーケースを引き、軽やかな足取りで歩いている有朱。

有朱「さあて、次は何をお片付けしましょうか」

   街に消えていく有朱の姿。


                                (了)


〔出典〕

・有朱が口ずさむ歌

「今日もどこかでデビルマン」

作詞:阿久悠


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