メイドの土産に赤い花
石川ナオ
メイドの土産に赤い花(シナリオ)
<登場人物>
琢馬
琢馬
ルーリ(18くらい)Vtuber
畠中(66)近所のおばさん
女A 家政婦事務所の担当
男A 琢磨の取引先
男性社員A、B
スタッフ
++++++
○琢磨家・キッチン
洗い物やゴミ袋が数袋残っている。
琢磨流平(52)が電話をしている。
琢磨「急に来なくなるなんて、どういう管理をしているんですか、お宅の家政婦は⁈」
女Aの声「申し訳ございません、もう行きたくないと突然辞めてしまいまして」
琢磨「またですか⁈」
謝り通しの女、怒って電話を切る琢磨。
琢磨、キッチンから階段の先を見上げ、舌打ち。
ダイニングテーブルに置いてあるノートパソコンから通知音。
着席する琢磨、WEB会議を始める。
琢磨の顔には「スカイコンサルティング 琢磨」と表示。
琢磨「(笑顔で)お疲れ様です」
男A「琢磨さん、見ましたよー。奥様のテレビ、素敵な方ですねえ」
琢磨「いえいえ、とんでもない」
琢磨、笑っているがどこかぎこちない。
○電気街
ロングヘアーを二つに縛り、ゴスロリ風の服、トランク型のキャリーケース
を引く真利子有朱(25)が鼻歌を歌いながら歩いている。
家電量販店のテレビにワイドショーが流れている。
コメンテーター席にいる琢磨春留(48)。
「教育コーディネイター、実業家」の紹介テロップ。
春留は教育について評論家たちとトークしている。
春留「これからは、男とか女とか関係なく、家族協力していく時代なんです」
有朱、見向きもせず通り過ぎる。
○琢磨家・外
ポストを確認しに来る琢磨。
畠中洋子(66)がじろじろ琢磨を見ながら通り過ぎる。苦笑し会釈する琢磨。
ポストの中に封筒数通と一枚のチラシ。
家に戻りつつ、チラシに目がいく琢磨。
○同・玄関
封筒を床に投げ、チラシを読む琢磨。
琢磨「元気一杯のメイドが何でもお片付け、お困りごとを助けます。メイド……? メイドか……」
フリーランスメイド、真利子有朱と書かれ、有朱の写真が載っている。
琢磨「フリーか……、まあ、あの事務所の家政婦はもう無理だろうしな……」
琢磨、溜息をついてスマホを取り出し、チラシを見ながら電話をかける。
× × ×
三和土に立ち、深く頭を下げる有朱、萌え声で挨拶する。
有朱「本日よりお世話になります、真利子有朱です。よろしくお願いいたします!」
有朱、勢いよく頭を上げる。
琢磨「お若い……ですね」
有朱「はい、元気一杯、働き盛り25歳です!」
琢磨M「今までおばさん続きだったからまあいいが……大丈夫か? この子」
有朱「炊事洗濯、家庭教師、ご介護、秘書、レンタル家族、おうちのお困りごと何でもござれです」
琢磨「何でも」
有朱「はい、何でもきれ〜いにお片付けいたします!」
笑顔の有朱、じゃあと冷ややかな顔で中へ招き入れる琢磨。
○同・リビング
片付いていない部屋。有朱「まあ」と小さく驚きの声をあげる。
琢磨「とりあえず、これにサインしてくれる」
秘密保持契約書を出す琢磨。
有朱「はい!」
スラスラとサインし、琢磨が書類を受け取ると、腕まくりする有朱。
有朱「では、始めさせていただきます!」
キッチンで洗い物をし、掃除機をかけ、洗濯物をまとめ、ゴミ袋を縛っていく有朱。とてもテキパキしている。
その様子を傍で見ている琢磨。
琢磨「まあ、仕事ぶりは合格か……」
玄関の開く音、挨拶もなく春留が帰って来る。
有朱「奥様でいらっしゃいますね、本日からお世話になる真利子あり……」
春留「(冷たく)私の夕食は結構です」
有朱の顔を見ず、自室に向かう春留。
有朱「まあ」
琢磨「ああ、気にしないで」
有朱「承知いたしました」
笑顔の有朱。
○ゴミ捨て場(朝)
燃えるゴミの日、ゴミ袋を捨てに来る有朱。その様子を洋子に凝視される。
有朱「(笑顔)おはようございます」
その様子を琢磨家の二階から覗く影。
○琢磨家・リビング(朝)
有朱、キッチンで朝食を用意している。
琢磨「ご近所さんに何か言われた?」
有朱「はい、お隣の畠中さんに、ゴミのチェックをいただきました! お優しい方ですね」
琢磨「(呆れ)その人は優しい人じゃなくて、余計なお世話をする人だよ、気をつけて」
有朱「まあ。そうでしたか」
有朱、トレイに朝食を乗せ持ち上げる。
有朱「ところで、このお食事は置いておくだけでよろしいのですか?」
朝食は鯖塩焼きなどの和食。
琢磨、見向きせずに返事。
琢磨「ああ、黙って置いておいて」
有朱「かしこまりです」
有朱、笑顔でキッチンを出ていく。
○同・二階(朝)
ドアの前、そっと床に朝食のトレイを置く有朱。ドアを見て首を傾げる。
○同・二階
トレイを回収に来る有朱。
半分程残された状態のものが置かれており、食べ方も綺麗ではない。
有朱「まあ……」
有朱、引き気味の顔。
○同・キッチン
引き上げたばかりのトレイが作業台に置かれている。
部屋に入って来る春留、トレイを見て不愉快な顔。
春留「ちょっと、こんな状態で放置しないで。ちゃんと仕事しているの?」
有朱「申し訳ございません、ご子息の朝食をお引き取りしたばかりで……」
春留「(話を遮る)私の夕食は結構です」
春留、部屋を出ていく。
有朱「まあ……」
ややわざとらしく唖然として春留を見送る有朱。
○同・二階
掃除をしている有朱、開かずの扉が気になっている。
扉の隙間から覗こうとしたり、聞き耳を立ててみたり、辺りの壁を触ってまるで隠し扉がないかと探す。
諦める有朱、顎を摘んで、首を傾げる。
はっとひらめき、人差し指を立てる。
○同・同(夜)
有朱、トレイにぐつぐつ煮立つシチューハンバーグを乗せて運んでいる。
そっとドアの前に置き、湯気をドアの隙間から流し込もうと手で仰ぐ。
静かな部屋。
有朱M「暖かい内に食べてほしいなあ」
有朱、そっとドアをノックする。
有朱「家事を担当している真利子有朱です、お食事置いておきますね。温かい内に……」
部屋の中から何かを投げつけた衝突音。
有朱、一瞬驚くも、ドアに耳を当て聞き耳を立てる。
話し声のようなものが聞こえるが、聞き取れない。
有朱、諦めて立ち去る。
○同・裕斗の部屋(夜)
暗い部屋にパソコンの光。
その前に座っている琢磨裕斗(22)。
ボサボサの髪に無精髭、ジャージ。
ライブ配信サイト(アベマのような)をザッピングしている。
春留のでている番組が表示される。
トークテーマは引きこもりの子供を救う方法。
春留「子供のことを心配しない親なんていません! 根気良く少しずつ会話を続けていけば、きっとわかってくれます」
裕斗、鼻で笑い、番組のチャットに「偽善者www」と書き込むが、書き込みがすぐに流れていく。
つまらなさそうにフッと笑い、椅子にもたれる裕斗。
何かの匂いに気がつき、鼻を鳴らしてドアの方を見る。
○同・二階(朝)
有朱、そっと階段を上がって来る。
ドアの前にトレイ。食べ方は汚いが、料理は全て平らげられている。
有朱「まあ」
有朱、嬉しそうに笑う。
○同・ダイニング
琢磨が座っている、テーブルに昼食を出す有朱。
琢磨、PCを開きWEB会議を始める。
琢磨「たまにはいいですね、リモートでランチミーティングも」
男A「お食事は奥様がご用意を?」
琢磨「そうなんですよ」
琢磨、悪びれもせず、ボンゴレパスタの皿をカメラに向ける。
男A「ええ〜美味しそう! いいですねえ、そんな美味しいご飯を食べられたら、息子さんも健やかに育つでしょう」
琢磨「ええまあ、今頃大学ですよ」
キッチンから覗き見ている有朱。
有朱「(呆れ気味の小声)まあ……」
有朱、首を振り、口をチャックする仕草。
有朱「ダメダメ、お口チャックです。お庭の手入れでもしてきましょう」
有朱、琢磨を後目にキッチンを出る。
○同・庭
木や草が所々に茂っている庭、大して手入れがされていない。
有朱「さて」
テキパキと草刈機で草を刈り、枝を剪定し、あっという間にゴミ袋の山が出来上がる。
有朱「可哀想に、綺麗なお花を咲かせたいですねえ」
有朱が花のない花壇にじょうろで水を撒いていると、ん? と何かが気になり、顔を上げる。
目線の先に二階の窓。カーテンが閉まっている。
有朱「気のせいでしょうか?」
男の笑い声が微かに聞こえる。
○同・裕斗の部屋
VRゴーグルを装着した裕斗が楽しそうに笑っている。
○VR世界・ルーリの部屋
カラフルで、幾何学なデザインのVRの部屋。
「ルーリのお話小屋」の看板が浮いている。
シルクハットにタキシードの少年姿のアバターから裕斗の声。
裕斗「昨日のゲーム、最高だったね。スコアもレコード更新だよ」
ピンク色の髪をツインテールにし、赤い瞳をした少女のアバター、ルーリが裕斗の前にいる。
ルーリ「すごーい! さすがだね裕斗くん!」
ルーリ、兎のように跳ねて笑う。
ルーリ「ねえねえ、今日は何だかいつもより嬉しそうだね、声がルンルンしてるよ」
裕斗「そう? そうかな」
ルーリ「美味しいものでも食べた?」
裕斗「美味しいもの? ああ〜、久しぶりにちゃんとしたハンバーグを食べた」
ルーリ「ちゃんとしたハンバーグ?」
裕斗「前に食べたの、まるで泥みたいなやつでさ。でも昨日のは凄く美味しかった」
ルーリ「いいなあ、どこのお店で食べたの?」
裕斗「お店じゃないよ、家。新しいお手伝いの人が作ったんだと思う」
ルーリ「すごーい! いいないいな!」
羨ましそうに揺れ、宙に浮き飛び回るルーリ。
○琢磨家・裕斗の部屋
ゴーグルの中で笑っている裕斗。
○スーパー・前
有朱、エコバックを持って歩いている。
有朱「ハンバーグはお好きなんですよねえ。次は何にいたしましょうか」
スーパーに入る間際、道路の向こう側に目を向ける。
春留が琢磨ではない若い男と歩いている。
有朱「おや? 奥様?」
春留、男と親しげに腕を組む。
有朱、目を見開いて。
有朱「まあ!」
エコバッグで顔を隠しながら、春留たちを尾行する有朱。
○琢磨家・琢磨の部屋
掃除機を持った有朱が入って来る。
鼻歌を歌いながら掃除機をかける有朱。
メロディーはデビルマンのEDテーマ。
有朱「だーれも知らない、知られちゃいけない〜」
掃除機の先がゴミ箱に当たり、ゴミ箱が倒れ中身が飛び出してしまう。
有朱「あら、いけない!」
中身を拾う有朱、封筒の社名が目につく。金融会社の封筒ばかりである。
丸められた書類を広げてみると、督促状や、株の支払通知書。
有朱「まあ……!」
驚く有朱、誰もいない部屋でキョロキョロ辺りを見渡す。
○同・ダイニング(夜)
キッチンで洗い物をしている有朱。
琢磨、リビングのソファーに座り、ウイスキーを片手に寛いでいる。
黙って帰って来る春留。
無言で有朱にランドリーバッグを渡すと、部屋を出ていく。
有朱「(小声)かしこまりで〜す」
琢磨、振り向かず雑誌を読んでいる。
溜息をつく有朱。
有朱「(小声)物は片付いても、こちらは片付きませんねえ。……さて、どうしたら、ここに綺麗な花を咲かせられるでしょうか」
有朱、裕斗の部屋を見上げる。
○同・二階(朝)
有朱、食べ終わりのトレイを持っている。皿にアジフライのみが残っている。
有朱M「お魚はお嫌いで、お肉はお好き、トマトやピーマンはダメでした」
ふむふむと頷きながら階段を降りる間際、ドアを見る有朱。
有朱「定番メニューばっかりでは、面白くないですしねえ」
首を傾げる有朱、ハッとひらめき、人差し指を立てる。
○同・裕斗の部屋
裕斗、ドアを少しだけ開け、人の気配を確認してからちゃんと開ける。
トレイを手に取り、ドアを閉める。
親子丼と一緒に、一枚のカードが添えられていることに気がつく。
「よかったらご利用ください」とQRコードが印字されている。
デスクで親子丼を食べながら、スマホで読み取る裕斗。
画面に「裕斗さま専用お食事注文ページ」が表示される。
裕斗「なんだこれ」
驚きながらスクロールする裕斗。様々な料理の映え写真が次々と表示される。
庶民的な料理から、家では食べられなさそうな料理まで。
最初に食べたシチューハンバーグも載っている。
写真の下にはハートマークのいいねボタン。
裕斗「これ、美味かったなあ」
ついいいねボタンを押してしまい、あっ、と戸惑うが、まあいいかと諦める。
適当にタップすると、ピザのページ。
店の注文サイトのようにトッピングや、サラダや副菜の追加など、オプションまで充実している。
裕斗「マジかよ」
裕斗、鼻で笑う。
○同・キッチン(夕)
通知音が鳴り、ポケットからスマホを取り出す有朱。
「注文のお知らせ」の通知画面。
タップすると、「ビスマルクピザの注文が入りました」と表示。
注文内容の下に「本当に作れるのかよwww」とメッセージが入力されている。
有朱「まあ……」
有朱、カチンときた表情を浮かべる。
× × ×
有朱、まるで踊りながらピザの生地を華麗に回し、見事な丸い生地を作業台に広げる。
華やかにトッピングされていく具材。
オーブンの音が鳴り、中から見事なビスマルクピザが登場する。
○同・二階(夜)
有朱、そっとピザを扉の前に置き、そそくさと階段へ戻り隠れる。
○同・階段(夜)
扉の開く音に、裕斗の部屋の方向を見上げる有朱。
すぐにバタンと閉まる音がして、ニヤリと笑う有朱。
○有朱のスマホ(夜)
「ビスマルクピザにいいねが入りました!」の通知。
○VR世界・ルーリの部屋
音ゲーで遊んでいる裕斗とルーリ。
色とりどりの図形が宙に浮かんでいるのをタッチしている。
そこに、注文受付完了の通知である、メッセージがポンと現れ、ゲームをやめる。
「ミートドリアのご注文承りました!」のメッセージと共に、ゆるいウサギの手描きイラストが添えられている。
ルーリ「かーわいー。ねえねえ、このメイドさんとならお友達になれるんじゃない?」
裕斗「友達? 無理無理。だって生きた人間だよ、気持ちが悪い」
ルーリ「こんなにあったかそうなご飯を作ってくれるのに」
ルーリが手をかざすと、有朱が出してきた料理の写真が頭上に表示される。
おいしそ〜、と唾を飲むルーリ。
裕斗「あいつらだって最初はそうだったよ。でも、僕が高校に行けなくなって、使えないとわかった途端……」
ルーリ「そりゃあお父さんやお母さんは、風邪ひいちゃいそうなくらいつめたーい人みたいだけど。この人はどうかなあ」
ルーリ、首を傾げ、笑う。
○琢磨家・ダイニング(夜)
琢磨の前に和食の夕食。半分くらいを残して、電話で話をしている。
琢磨「先日はどうも。またあの店行きましょう、ご馳走します。いい子紹介しますよ、ええ。お好みはありますか?」
テレビにニュース。天気予報。
レポーター「そろそろこのお花が咲く季節です。きれいなお花ですが、家に入れると火事になるから、持って帰っちゃダメ、なんて怒られたものです」
立ち上がり、部屋を出ていく琢磨。
夕食を下げようとする有朱、通知音。
スマホを出すと、裕斗からの感想が届いている「美味しかったから、次は肉増やして」
有朱「まあ……!」
笑みを浮かべる有朱。
○同・庭(朝)
有朱、鼻歌混じりに庭を手入れしている。
有朱が来た当初よりも手入れが行き届いており、様々な花が咲いている。
黙って通り過ぎる春留。
有朱「いってらっしゃいませ〜」
続いて琢磨も黙って通り過ぎる。
有朱「いってらっしゃいませ〜」
有朱、琢磨たちが通り過ぎた方向へ水を撒く。
○VR世界・裕斗の部屋
裕斗の部屋が擬似的に再現されており、窓のカーテンが全開になっている。
ルーリ「すごいね、どんどんお庭が綺麗になっていくよ」
裕斗「こんな、花が咲いているところなんて見たことなかった」
ルーリ「ご飯も美味しい、お部屋も綺麗、お花も大好き。なんて素敵!」
兎のように跳ねるルーリ。
裕斗「次は何を作らせてみようかな」
裕斗が手を掲げるとスマホのような画面が空に現れ、画面の中には有朱の注文ページが表示されている。
ルーリ「ねえ、たまには面と向かってご飯の感想を伝えてみたら?」
裕斗「え、僕が……?」
項垂れる裕斗。ルーリ、悪戯な笑みを浮かべ、踊るように手を掲げる。
ルーリ「たまには、部屋を出てご飯を食べたいな」
ルーリの喋る通りに打ち込まれていくメッセージ。
裕斗「何勝手に‼︎」
ルーリ「だってだって〜」
画面には流し素麺の注文ページ。
裕斗「な、流し素麺⁈」
ルーリ「そう、おうちで流し素麺。とっても気になる! 気にならない⁈」
竹を立てかけている、いかにも流し素麺の写真。
画面確認しようと近づくと、ルーリが背中を押す。
裕斗、弾みでうっかり「注文」を押してしまう。
キラキラと星を散らし、注文のメッセージが空高く飛んでいく。
裕斗「わーっ! 送った、送っちゃった⁈」
ルーリ「やったあ〜。ごたいめーん!」
飛び跳ねるルーリ、しゃがみ込む裕斗。
○琢磨家・キッチン
通知音、スマホを出す有朱。
有朱、驚きと喜びの表情。
有朱「まあ‼︎ ついに、ご対面です‼︎」
天井を見上げる有朱。
○同・裕斗の部屋
裕斗のスマホに通知。
「ご予約を承りました」「ご両親の居られない時間にセッティングします」のメッセージ。
裕斗「本気か……」
裕斗、溜息をつく。
○ゴミ捨て場(朝)
ゴミを捨てている有朱。
後ろからやってくる洋子。
笑顔で会釈し、去っていく有朱。
訝しげに有朱を見て、ゴミをチェックしている洋子。
ゴミ捨て場の端に咲いている赤い花(彼岸花)に気がつく。
洋子「やだ、こんなところに咲くなんて。火事にでもなったらどうするの」
洋子、花を抜き、有朱が捨てたゴミ袋の中に押し込む。
○琢磨家・玄関(朝)
有朱、琢磨を見送っている。
琢磨「今日は会合なので夕食結構です」
有朱「承知しました。いってらっしゃいませ」
頭を下げる有朱。ドアが閉まると顔を上げて腕をまくる。
○同・キッチン
流し素麺の準備をする有朱。
素麺を湯がき、薬味やつゆを作り、氷水を張ったボールの中に素麺。
そして竹を担ぐ有朱、槍投げ選手のような体勢でダイニングに設置する。
○同・二階
軋む音を立ててゆっくりと開く裕斗の部屋の扉。
ゆっくりと歩く足音。
○同・ダイニング
そっと開くダイニングの扉。
大きなダイニングテーブルの上に、一メートル程の竹が立てかけられている。
裕斗「本当に流し素麺」
裕斗の前に駆け寄る有朱。
有朱「初めまして、真利子有朱です。いつもお食事食べていただいて有難うございます」
裕斗「(目を逸らし)いえ……」
有朱「さあ! どうぞ!」
有朱、裕斗を着席させ、素麺用の薬味を沢山持って来る。
有朱「おすすめはこの揚げ茄子入りのごま醤油ダレでございます。では始めますね!」
裕斗「えっ、えっっ?」
有朱、椅子の上に立って素麺を流していく。
慌てて取る裕斗、有朱おすすめのタレで食べる。
裕斗「おいしい……」
有朱、満面の笑みで素麺を流し続けている。
裕斗は何度も掬い、次第に涙目になっていく。
裕斗「こんなあったかい飯、食べたことなかった」
有朱「えっ、お氷足しましょうか⁈」
裕斗「なんでだよ」
裕斗、鼻を啜りながら素麺を食べる。
有朱「やっぱりお一人で食べるには、大きかったですかね」
裕斗「いいよ、あいつらと飯なんて、反吐が出る。このまま帰ってこなきゃいい」
有朱「(不敵な笑み)まあ。そんなこと言っていいんです?」
裕斗「いいんだよ、いらないよあんな奴ら、世の中から消えてしまえばいい」
手を止める有朱、笑みを見せて言う。
有朱「じゃあ、いっそ綺麗さっぱり、お片付けしてしまいましょうか」
裕斗「え?」
素麺を流す有朱、取り損ねる裕斗。
○VR世界・ルーリの部屋
上空に闇金に通っている琢磨の写真や、春留の不倫の画像が次々に現れる。
眺めているルーリ、笑顔で体を揺らしている。
ルーリ「きれいな花を咲かせましょう。そーれ!」
ルーリが腕を掲げると、画像がまるで花火のように飛散し、赤い花びらが舞い散る。
○琢磨の会社(朝)
出社する琢磨、得意げな顔で周囲に挨拶している。
そこへ男性社員Aが立ちはだかる。
男性社員A「琢磨さん、ちょっといいですか」
琢磨「え、何です?」
男性社員A「法務部へ来ていただきたい」
琢磨、何かに気がついて慌ててその場から逃げ出す。
男性社員A「逃すな!」
数名の社員が琢磨を追いかけていく。
○楽屋
メイク中の春留。
スタッフが慌ててやって来る。
スタッフ「あの、琢磨さん、すみません、今日のご出演は見合わせてください」
春留「はあ⁈ 突然なんなんです⁈」
スタッフ「コンプライアンス的に、ちょっと」
スタッフがタブレットでネット記事を見せる。
「人気教育コーディネイター、私生活は淫らにコーディネイト」のタイトル。
○琢磨家・庭
彼岸花が咲き誇っており、彼岸花以外の花は無くなっている。
真っ赤な庭に見向きもせず、家の中に入ろうとする琢磨と春留。
玄関の前で警察官に引き止められる。
○同・裕斗の部屋
琢磨が横領罪で捕まり、春留は不倫、セレブ夫妻大炎上というネット記事がパソコンに表示されている。
裕斗、愉快そうに笑っている。
裕斗「ざまあみろ、笑いすぎて腹減った」
スマホを手に注文しようとするが、サイトにアクセスができず、首を傾げる。
裕斗「まあいいか」
裕斗、VRゴーグルを装着する。
○VR世界
真っ白の世界。
裕斗「ルーリ? いないの? ルーリ⁈」
白紙の世界を裕斗のアバターが走り回っている。
○公園
パソコンの画面、裕斗のいるVR世界が表示され、裕斗のアバターが走り回っている。
ベンチに座り画面を見ている有朱。
キーを叩くと画面が切り替わり、ルーリの顔が表示される。
ルーリの名前を呼ぶ裕斗の声が小さく聞こえる。
有朱とルーリの声「琢磨様、これで契約終了です。ありがとうございました〜」
アカウントを削除しますか? のダイアログが表示される。
「はい」がクリックされると、ルーリの姿が消え、裕斗の声も同時に途切れる。
有朱「これでまた一つ、綺麗にお片付けができました。燃え尽きてスッキリです」
有朱、立ち上がって鼻歌混じりに歩き出す。
○旧琢磨家・外
表札に琢磨ではなく「入江」の表示。
T「一年後」
デリバリー配達員がやってくる。
乱暴に開けられるドア、女が黙ってデリバリーを受け取り、扉を閉める。
舌打ちする配達員、裕斗である。
家を出ようとして、フラフラと庭に足を踏み入れ、やや怯えた表情を見せる。
裕斗「真利子さん……?」
庭一面が彼岸花で埋め尽くされている。
○街の中
キャリーケースを引き、軽やかな足取りで歩いている有朱。
有朱「さあて、次は何をお片付けしましょうか」
街に消えていく有朱の姿。
(了)
〔出典〕
・有朱が口ずさむ歌
「今日もどこかでデビルマン」
作詞:阿久悠
メイドの土産に赤い花 石川ナオ @niskw_o4n
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます