乗り遅れた男

ミツアキ

第1話 火星の夜

火星の夜。

どぎついネオンがチカチカしている。


夢も何も忘れて快楽に溺れてみようか。

快楽に包まれて、天国まで行く。

火星の快楽は危険で強烈だ。


隣の店よりも目立たないとつぶれる。

店の電飾はどんどん派手で眩しい光を放つようになった。


光源には火星で発見された物質を用いており、目を閉じてもはっきりと

残像が浮かぶ。


その光は、人の脳を刺激し、記憶を強烈に残すのだ。

一度、夜の街を歩けば、家に帰ってから店の名前を全て言えるようになる。


こんなところにいると馬鹿になるんじゃないかと思う。人間としてあまりに不自然だ。

しかし、皆この光を浴びているのだから、馬鹿になるのかならないのかよく分からない。


街を歩くと、美味しそうな良い匂いがする。

計算されつくした人工の匂いは、人間の食欲を刺激する。

店に寄ってきた人間に、人工の強烈な調味料を食べさせる。食材は何でもいい。

一度、食べるとやみつきになってそれなしではもう生きられない。

人工の匂いと味は、人間の脳にそれを食べることの必要性を強く訴えかけるのだ。


火星で新たに発見された多くの植物。

これらの植物からドラッグがつくられた。有効に成分を抽出するための加熱器具も

開発された。人々は加熱器具を使って、地球のタバコのようにして利用した。

新しく作られた製品は、地球のモノよりずっと強烈だった。


神経を刺激し、様々な作用をもたらす。

リラックスしたり、覚醒したり。


友人のつまらない話でも、笑いすぎて息ができなくなる。

若いだけの女の甘い匂いと淫らな視線で、理性は全部吹っ飛んで、そのまま朝まで直行する。


道の端には、街に病みつきになって、金も魂も使い果たして抜け殻になった人間がたくさんいる。

うつろになって横たわっている人間のなかには、男も女もいるし、老人もいれば、若者もいる。


街はジャンキーに寛容だった。自分がいつああなるか分からないからだ。

健常者はいつも快楽への誘惑と闘っている。

この星では、一度誘惑に負けた人間とうつろなジャンキーとの距離は、地球よりずっと近い。


街では、店員が裏口から出てきて、ジャンキーに店の余りを恵んでいる光景が見られる。

一種の優しい空気が流れているともいえる。人間をダメにしてしまった罪悪感を消すための、せめてもの罪滅ぼしかもしれない。


しかし、彼らに罪があるだろうか。極上のサービスと快楽を提供して客を集めなければ、自分たちが飢え死にすることになるのだ。











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乗り遅れた男 ミツアキ @mitsuaki78

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