第30話 反転

「ようこそ、僕の世界へ」


 すべての輪郭を塗り潰した暗闇で満ちた結界の内側で暗駆の声だけが響く。

 なにも見えない。自分の手の平でさえ、この目には映らない。

 目を開けているのに瞼を閉じているような奇妙な感覚がする。


「たしかにこの暗闇の中でお前を斃すのは面倒そうだ」


 暗駆は暗闇を使って武具を修復できる。負傷なんかも治るかもな。

 と、いうことは暗駆がここにいる限り不死身ってわけだ。

 そして――


「こっちの攻撃手段を封じたか」


 どういう理屈かは知らないが、俺が習得した如何なる魔術も発動しない。

 いや、発動しないというよりかは発動した瞬間に消滅すると言った感じか。


「言ったはずだよ、ここは僕の世界だって。この結界内は闇で満たされ光が存在を許されることはない。目でモノを見ているキミの先天魔術も、光を放つ儚虹魔術も、そのほかの光を伴う如何なる魔術も、だ」

「へぇ、考えたな。これじゃ手の打ちようがないってわけだ」

「……気にくわない態度だ」


 あれほど饒舌に語っていた言葉が一瞬途切れる。その痕に続いた声音には微かに苛立ちが混じっていた。


「現状を正しく理解しているはずだ。勝ち目がないとわかっていながら、なぜそうも余裕を持っていられる」

「勝ち目がないわけじゃない」

「なに?」

「たしかにお前の言う通りだよ。何も見えない暗闇の中じゃいくら魔眼でも効力を発揮できない。ほかの魔術も暗闇に塗り潰されて使い物にならない。状況は絶望的だ。手も足もでない。けど」


 自分の内側で魔力を練り上げる。


「要するにこれってお前の世界とやらを乗っ取ってしまえば済む話だよな?」

「なにを言って――」

「儚虹魔術は光の魔術だ。じゃあ、その性質を反対したらどうなると思う?」

「――まさかッ」


 練り上げた魔術を解放。それを以て儚虹魔術を裏返す。


天魔反性てんまはんしょう


 対象魔術の性質を反転させる魔術の極地。

 治癒は破壊に、使役は凶化に、引力は無重力に。

 光は闇に。


「馬鹿なッ! 僕の世界が!」


 闇の性質となった儚虹魔術が暗駆の世界を侵食する。

 暗駆も必死に抵抗しているけど、相手が悪かったな。

 いま結界の支配権を巡って争っているのはこの俺だ。


「そっくりそのまま返してやる。お前に勝ち目はない」

「クソッ!」


 暗駆の世界を無理矢理上書きして結界の支配権を奪う。

 この世界を満たしていた暗闇は俺の支配下に入り、暗駆には一欠片だって操れない。

 これで砕けた武具も傷ついた肉体も修復することは叶わなくなった。

 今じゃこの目で暗駆の姿がよく見える。


「また自害か」


 ようやく見えた暗駆は、またしても首筋に剣を当てていた。


「……いや」


 けれど、首を切ることなく剣先をこちらに向ける。


「たまには立ち向かうことにするよ。流切に怒られたくないからね」


 闇に染まった花園を駆け抜け、黒い花弁が舞う。

 鈍色の剣がこの身に届くその前に、暗闇から生み出した無数の剣で暗駆を貫く。

 間違いのない致命傷を負い、暗駆は口から血反吐を吐いた。


「ははっ。久しく忘れていたよ、この感覚。心の底から負けてしまった気がするよ」

「挑み続ける限り負けじゃないんだろ?」

「ただの屁理屈さ。いい加減、僕も認めるべき負けは認めることにしよう」


 患部から思念が拡散し、暗駆は輪郭を留めることが出来なくなる。


「負けを糧にしてまたキミに挑戦しよう。次こそは僕が勝つ」

「無理だね。勝つのは俺だ」


 そう言い返すと、薄く笑って暗駆は消滅した。同時に天魔反性を解除し、儚虹魔術は光の性質に回帰する。

 主を失った結界は暗駆と同じ末路を辿り、跡形もなく消えてなくなった。


「さて、ほかのみんなは――」

「菖蒲!」

「無事、みたいだな」


 美夢たちが手を振っている。側で寝ている人質も生きてるみたいだ。

 万事、上手く行った。


「よし、帰ろう」


§


 後日。

 改めてチャンネル登録者数1000万人のお祝いパーティーが開かれた。


「にしても、惜しいことしたわ。撮影ドローンを連れて行けよかった」

「撮影ドローンなんて持ち込んでる暇なかったでしょ。それに配信してたらしてたで不謹慎で炎上してる」

「わかってるわよ、そんなこと。冗談冗談」

「なにはともあれ、死者を一人も出さなくてよかったです。今朝のニュースが暗いものにならずに済みました」

「だな。人質になってた配信者も回復傾向にあるって言ってたし。お手柄だ、美夢」

「そうでしょう、そうでしょう。美夢、ちょー頑張ったんだから。まぁ、唯名がいてこそだったけどね」

「いえ、私がいなくても美夢さんは勝っていたと思います。けど、それでも微力ながら貢献できたことを嬉しく思います」

「相変わらずいい子なんだから、唯名は」

「僕もかなり頑張ったんだけど?」

「わかってる。よく一人で閃姫を斃した。大したもんだ」

「まぁね」


 こういうところは姉弟って感じの反応だ。


「菖蒲もお疲れ様。今日はあんたのためのパーティー第二弾なんだから、存分に楽しんでよね」

「あぁ、そうさせてもらうよ。さて、肉だ肉だ!」


 今回斃した思念体たちも今頃はダンジョンの奥深くで、その外側くらいは蘇っていることだろう。

 ダンジョンのコアを壊さなければ思念体に次を与え続けることになる。

 だから、これを平らげたら明日からまた俺たちはダンジョンへと向かう。

 十三年前の悲劇を繰り返さないために、すべてを終わらせるために。

 なに、俺なら――俺たちならできるさ。

 絶対にな。




――――――――――――――――


最後まで読んでくださり誠にありがとう御座います。

これにて完結。すこしでも楽しんで頂けたら幸いです。


あと新作を書いたのでよろしければ是非、読んでいただけると嬉しいです。

異世界デスゲーム配信です。

それでは。


以下、異世界デスゲーム配信。

https://kakuyomu.jp/works/16817330666044537234

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底辺ダンジョン配信者だけどリスナーがトップインフルエンサーだった件 ~知らずに軽い気持ちで宣伝を頼んだら異次元の大バズりで人生が激変する~ 黒井カラス @karasukuroi96

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