第29話 切り傷

「蒼霞菖蒲は暗駆が捉え、もう一人のガキも閃姫が潰す。貴様らは足手纏いを抱え、戦力が半減。他者を慈しんだ結果がこれだ。実にくだらんな」


 話はここまでとばかりに、流切が仕掛けてくる。

 展開される幾千の魔力の刃。

 初めて邂逅した際、菖蒲に対してそうしたように、美夢たちの周りが包囲された。菖蒲はこれらを簡単に止めて見せたけど、唯名は別の方法をとった。

 星が巡るように、魔術が周囲を駆け巡る。

 唯名の周囲に灯った星々が惑星軌道をなぞるように巡回し、その引力を持ってすべての魔力の刃を一つ残らず引きつけた。


「ほう。だが、貴様自身はどうする?」


 星が巡る最中、流切本体が唯名に迫る。

 迎撃のため新たに灯った星を放つも、それは軽々と躱されてしまった。

 風切り音を伴う五指が唯名に届きかけたその時、流切の体が強く逆方向へと進む。放った星は迎撃のためではなく、その引力によって流切を近寄らせないため。


「それがどうした」


 後退を強制されながらも五指はそのまま振るわれ、魔力の刃が虚空を引き裂く。

 勢い付いたそれは星の引力だけでは引き留められない。

 そのまま唯名の身に届くかと思われた刃は、けれど打ち砕かれる。

 星の巡りは唯名自身の周囲にも展開されていた。


「厄介な魔術だな」


 自身を引き寄せていた星を切断し、流切は眉間に皺を寄せながら唯名を睨む。


「だが、貴様には足手纏いがいる」

「――行かせませんっ!」

「無理だな」


 唯名に向かって放たれる数え切れないほどの魔力の刃。

 それの対応に追われている間に、流切はターゲットを美夢に切り替えた。

 ここで美夢が殺されると唯名が動揺してしまう。

 その隙を付かれたら勝ち目はない。


「愚かだな。他者への慈しみが貴様を殺すのだ」


 星の引力も届かない距離で、流切の能力が発動した。

 魔力の刃が放たれ、真っ直ぐに虚空を斬る。


「――いいえ」


 治療は、たったいま終わった。


「他者への慈しみがあんたを殺すのよ」


 この身に届いた魔力の刃が消滅する。


「なんだと!?」


 立て続けに何度も魔力の刃が飛ぶ。

 けど、そのすべてが美夢に届く前に消えてなくなった。

 美夢の恢回毀傷は傷を癒やすだけじゃない、もう一つの能力がある。

 それは傷の治癒を妨げる存在の除去。

 最初は傷に入り込んだ異物を除去するだけの副次的な内容だった。

 けど、研鑽を積んでいくうちに除去できる対象が拡大し、今では傷の原因となる存在を直接除去できる。

 ただし、除去できるのは対象とした存在が作り出す傷の詳細を、美夢自身が明確に想像できるものだけ。


「美夢はこの道に進んでいなかったら医者になるのが夢だったのよ。どんな難しい手術でもメスを自在に操って成功させるスーパードクターになって多くの人を救うの」


 医学も学んだ。

 何度も何度も自分が握るメスで患者を切るイメージをした。

 魔術で作られたリアルな人形を斬り刻みもしてる。

 だから、こと切り傷に関して私に想像できない患部はない。


「なにを言っているっ」

「あんたじゃ美夢には勝てないって言ってんのよ!」


 汎用魔術の光剣を唱え、乱れ舞う光の刃が流切を刻む。

 防御に当てられた魔力の刃は美夢が直後に除去。

 血を流して吹き飛んだ流切に、流星群が降り注いだ。

 唯名の魔術が確実にトドメを刺してくれる。


「馬鹿な、この我が……自死――自死などッ!」


 星の雨に打たれ、流切は跡形もなく消え去った。

 思念体は何度死んでも蘇る。けど、今は美夢たちの勝ち。


「お疲れ様です。無事に斃せましたね。当初の予定通り」

「えぇ、美里のほうも終わったみたいね」


 美里がこちらに向かってくるのが見えた。

 手なんて振っちゃって。閃姫に勝てたのがよほど嬉しいみたい。


「あとは菖蒲ね」


 菖蒲に限って負けるなんてことはないでしょうけど。

 美夢たちが加勢しても返って足手纏い。

 菖蒲が閉じ込められている黒い結界には入れない。

 美夢たちに出来るのはただ勝利を信じて待つことだけ。

 頑張って、菖蒲。

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