第28話 耳と尾
「面倒だから全力出したげる!」
思念で形作られた肉体が炎に置き換わり、眩い閃光を放つ。
菖蒲と戦った際に見せた閃姫の奥の手。使わざるを得なかったというよりは、さっさと僕を斃したいという思いから切り札を使ったって感じだ。
最初は敵として見られてすらいなかったんだから、これでもかなりいい扱いだ。
すくなくとも敵として認識されている。それくらい僕は強くなれた。
でも、ここで満足なんてしていられない。僕はもっと強くなる。
「さっさと燃えて灰になっちゃえ!」
地面を蹴った閃姫が一条の閃光となって駆け抜ける突進。
菖蒲はそれを真正面から触れることなく止めて見せたが、僕にそんな芸当はできない。でも、その真似事くらいは出来る。
「は?」
朽壊刃衣の憑依を解除した。
僕の身を守っていた朽ち果てた鎧が消え、刃毀れした刀も手の内から消滅する。
朽壊刃衣が僕の中からいなくなった。
僕の先天魔術八百御霊は霊を調伏して操作する能力。
そして従えた霊と僕自身の相性がいいほど、その出力は跳ね上がる。
「ムギ」
間合いに踏み込まれ、握り締められた炎の拳が打ち込まれた。
火の粉を散らし、すべてを灰燼に帰す破壊力を秘めた一撃。
それを手の平で受け止める。
「なによ、それ」
凄まじい衝撃が大気を振るわせ、轟音が響き渡った。
それでもダメージは一切無い、ムギを憑依させたこの僕には。
不思議な感覚がする。
頭にいぬ耳、腰に尻尾。
人体にあるはずのない機能が増えたのに、まるで産まれた時からこの姿だったような、そんな気さえする。
負ける気がしない。
「流切の真似? バッカみたい!」
拳の連打、織り交ぜられる蹴り、眩いほどの閃光。
そのすべてを紙一重で躱し、返しの一撃を胴体に見舞う。
「かはっ!?」
握り締めた拳が閃姫を吹き飛ばし、重い衝撃が頬を撫でる。
「ハァ……ハァ……ふざけ――なんでッ、こんな奴に二回もッ!」
「キミを斃すのはいつだって僕だ」
加速。瞬く間に閃姫との距離を詰め、全身全霊をかけた渾身の一撃を見舞う。
閃姫には反応すら許さなかった。
振り抜いた拳は閃姫の半身を吹き飛ばし、致命傷を与える。これだけ損傷が激しければ思念の流出は止まらない。直に姿を留めることができなくなる。
「お、憶えて……なさい。あんたは必ず、この閃姫ちゃんが殺してやる!」
「受けて立つさ。ダンジョンのコアを破壊するまで何度だって」
僕のことを睨み付けながら、閃姫はその姿を消滅させた。
思念はダンジョンを巡り、また閃姫を蘇らせるだろう。
でも、大丈夫。僕にはムギと朽壊刃衣、それに仲間たちがいる。
僕はもう負けない。
§
「つくづく、人間というのはわからんな」
獣と人を混合させたような姿をした思念体、流切。
その言葉に注意を払いつつ、人質の治療に専念する。
酷くやられたみたいで傷が幾つも重なっていた。
中には拷問の痕のようなものも。
骨なんて幾つ折れていることか。
「なぜ弱者を助ける。血の繋がりがある訳でも、親しい仲という訳でもないのだろう。にも関わらず助けにくる。罠と知っていてもだ。世間体という奴か?」
「それも理由の一つでしょう。配信者は常に人の目に晒され、善人であることを強要されています。すこしでも視聴者の共通認識から外れれば袋だたきに遭ってしまうのが世の常です」
「ほう」
「ですが。私は決してそれだけのために人を助けているとは思いません。人は産まれながらにして持っているんです。他者を慈しみ手を差し伸べる心を」
「ふん。くだらん」
唯名が長く言葉を紡ぐのは、時間稼ぎのため。この会話が続けば続くほど美夢は治療に専念できる。
人質だったこの人の容体はかなり悪い。
美夢でもこの場から動かせるようになるまで時間が掛かってしまう。
治療に切りが付けば美夢も加勢できる。
だから、それまで頑張って、唯名。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます