ヘベルメンネムと神の梯子
尾八原ジュージ
ヘベルメンネムと神の梯子
昔むかし、邪神ヘベルメンネムは大きな体に大きな手、大きな足で地面を踏みしめ、大きな口から炎を吐いて、神々の都を荒らし回った。
狼藉がすぎたものだから、ふだんは呑気なえらい神様がたもずいぶん頭にきた。とうとうヘベルメンネムは捕らえられ、煙突掃除の刑に処せられた。神の都にあるすべての煙突がきれいにならない限り、ヘベルメンネムの刑期は終わらない。
すべての煙突にのぼることができる特別な梯子を貸し出され、ヘベルメンネムは都じゅうの煙突を、今日はあっち明日はこっちと飛び回り、おかげで夜みたいに真っ黒けになった。
ところが煙突は何本もある。何日もかけて都中の煙突をすべてきれいにし、やれやれこれで終わったと思って振り返ると、最初に掃除した方の煙突がもう黒くなっている。
これでは永遠に刑期が終わらない。
ヘベルメンネムはとても困った。いっそすべての煙突を倒して壊してしまおうかと思ったけれど、そいつをやってしまうと神々からの罰がおそろしい。ヘベルメンネムも一応神ではあるけども、神々の都にはもっと強くて偉大な神が何人もいるのだ。しかたがないからヘベルメンネムは煙突掃除を続けた。来る日も来る日も煙突、煙突、煙突、煙突! ヘベルメンネムはすっかりくたびれてしまった。
その日、ヘベルメンネムはあることに気づいた。煙突掃除のための特別な梯子、神々から貸与されただけあって、伸びろと言えばどこまでも伸びるのだ。なんだなんだ、こいつを使えば逃げられるじゃないか。ヘベルメンネムはニンマリとした。
そうと決めたら早い方がいい。ヘベルメンネムはまず、都で一番高い煙突に梯子を立てかけ、いかにもこれから掃除をするのだという
さて、ヘベルメンネムが「もっと伸びろ」と命じると、梯子は空の方に向かってにゅっと伸びた。そこでヘベルメンネムは煙突をこえて、ずんずん上までのぼっていった。
街並みははるか遠い足の下、ヘベルメンネムは山を越え、雲を越え、どんどんどんどんのぼっていった。そのうちあたりは夜になり、星がまたたき始めた。
ヘベルメンネムはそろそろ梯子をのぼるのに飽きてきた。どこか手頃な、居心地のよさそうな星に住みついてやろうと思った。
ところがどの星も、遠くで見ているぶんにはきれいだけど、近くにいくとまるで居心地よさそうではないのだった。たとえば木の一本も生えていない乾いた星だとか、気味の悪い虫みたいなものしか住んでいない星だとか、なにかとても柔らかいものでできていて、踏むと足がぐにゃぐにゃ沈んでしまう星だとか――そんなわけで、心地よく住めそうな星はなかなかなかった。ヘベルメンネムは元々神の都にいたのだし、また今でも一応は神なのだから、もっといいところに住みたかった。
そうこうしているうちに、ヘベルメンネムはきれいな青い星を見つけた。海があって森があって、生き物もたくさんいて、なかなかよさそうなところに見えた。ヘベルメンネムは大喜びで、梯子に「伸びろ! 伸びろ!」と命じた。梯子はどんどん伸びた。青い星はどんどん近づいてくる。やれやれあともうちょっとと思ったそのとき、あんまり伸ばし過ぎたからだろう、梯子がぽきっと折れた。
ヘベルメンネムは落ちた。落ちながら、もうずいぶん近づいていた青い星へとぐいぐい引きつけられていった。そして、とうとうずーんと地面に落ちた。
ヘベルメンネムは神だから、これくらいで死んだりはしない。やれやれと起き上がろうとした――が、何としたことか、全然立ち上がることができない。見た目ではわからなかったけれど、この星は元いた星にくらべて、ものを引きつける力がとても強いのだ。
ヘベルメンネムは地面にべたんと貼りついたまま動けなくなった。わあわあ喚きながら色々やってみたけれど、全然まったくどうにもならなかった。
とうとうヘベルメンネムは諦めて、静かになった。すると鳥が飛んできた。獣が集まってきた。それらはヘベルメンネムの上で巣をつくり、
最初、ヘベルメンネムはそれらがあまり好きではなかった。でもやむをえずじっとしているうちに、だんだんそれでもいいかという気分になってきた。
こうしてヘベルメンネムは山になって、今でも落ちてきたときのままそこにいる。なかなか居心地よさそうにしているけれど、たまには故郷が恋しくなって、誰か梯子を貸してくれと騒ぐことがある。それでこの山の近くに住むひとびとは、地鳴りがしたり、地面がぐらぐら揺れたりすると、梯子を神殿に供えるのだった。
ヘベルメンネムと神の梯子 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます