第二章 渦
第1話 来訪者
風の強い朝、私は1人窓際に立ち、髪を後ろに吹き飛ばすような強い風をそのまま受けていた。
「
そうしていれば考えがまとまるような気がしたから。
なんであんなことを言ったんだろう?
思い出すだけでも脳が破裂しそうだ。恥ずかしくて、自分で自分が理解できなくて。
いや、別にそんなことを気にしたって、どうにかなるわけでもない。
私も弦深も伴侶がおり、弦深が私をどう思おうとそんなことはどうでもいいのだ。彼は他人であり、他人の考えていることなどわかるはずもなければ気にする必要もない。
一体私は何を考えているのだ。こんなことを考えることがそもそもよくないことだ。
そんな時、扉の外から声がした。美兎は不思議そうな顔をして出て行った。私の家に一体誰がどんな用事でやってきたというのだろう。
私は怪我をしていて、しかもみんなはそれぞれの仕事で忙しくて、私のことなんて忘れ去られていると思っていた。
美兎は戻ってくると、やはり不思議そうな顔をしたまま私にささやいた。
「
私と美兎は顔を見合わせて、同時に首を傾げた。
簡単に着替えと化粧を済ませると、私は美兎に支えられながら家を出た。外には、本殿の従者二人とともに呂太朗が立っていた。
「体が大変な時にお呼びだてして申し訳ない。火急の用事がありまして。こちらでお運びするので、一緒に来ていただいてよろしいだろうか」
呂太朗が示す先には小さな輿があった。
「そんな、大袈裟な......。美兎に支えてもらえば歩けますので」
「そういうわけにはいかない。早く乗ってください」
呂太朗に押し切られる形で私は輿に乗り、本殿までのわずかな距離を運ばれて移動した。
「客人が来ておりまして」
建物に入り廊下を歩きながら、呂太朗は私に耳打ちした。
「その姿を見たら少し驚くかもしれないが、どうかできるだけ平静を保っていただきたい。重要な同盟に繋がる面会ですから」
同盟?
世間知らずの私としてはそんな重要な場面に立ち会いたくはないのだが。どうしてそんな場所に私が必要なのだろうか。
呂太朗はいつもなら大股で素早く歩くところを、私を気遣ってかゆっくりと歩いてくれた。そして広間にたどり着いたとき、私は呂太朗の予言通り、驚愕のあまり息を呑むこととなってしまった。
広間には、10人を超える人々が座っていた。その人たちはみんな、動物の頭部の内側をくり抜いて作った被り物を被っている。熊の被り物、鹿の被り物、馬の被り物、様々な動物の頭で自分の顔をおおい、そして皆、上半身には奇妙奇天烈な長い首飾り以外何も身につけていない。
なに、この人たち。
驚きのあまり叫んでしまいそうになったが、つい先ほど呂太朗に言われたことを思い出してぐっとこらえる。
「瑛蘭殿、こちらは野族の首長と、そのお供の方々です」
野族。
この前説明された、他の部族のうちの一つか。こんな妙な格好をした人々が、その部族の長の一行なのか。
これまで巡り会ったことのない人々。受けたことのない衝撃だ。
「日界の姫様ですな」
野族のうちの誰かが口を開いたが、被り物のせいで誰が発言しているのか全くわからない。ひとまず小さな声ではい、と答えるのがやっとだった。
「お会いできて光栄でござる。この度私どもは、
私は呂太朗を見た。彼は何食わぬ顔で獣の被り物を順繰りに見つめていた。
「ろ、呂太朗様? そんな。よろしいんですか。せっかくの野族の方々からのお申し出ですのに、私のことなどお願いしてしまって。もっと他にお願いすべきことが」
「いいえ、これこそが何より、野族に依頼したい事案です。野族は事件や不祥事の原因究明、捜査の能力に長けている方が多い。最適な選択だと思います。それに、片付けなければならぬことが多すぎて、我々の捜索が全く進んでいないこと、常々申し訳なく感じておりました。皇后様のこと、野族の協力を得て捜索することができれば、これほど心強いことはないかと」
そう言って呂太朗は笑ったが、本当にそれでいいのだろうか、と思ってしまう。むしろ、率先して捜索活動をすべき私が何もできていないことが問題なのに、仙族にとってまたとない好奇であるこの取引を、私の身内のことで使ってしまって良いのだろうか。
「ではそういうわけでありますので、私ども野族が今後、あなたさまと共に例の事件を調べていくことにさせていただきますので、どうぞよろしく。何か分かりましたら、すぐに情報をお伝えします」
角が長い鹿の被り物を被った男性が、私に向かって頭を下げ、それに続いて他の野族の人々も深々と頭を下げた。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
それにつられるように私も頭を下げた。
見た目こそ奇怪だが、とてもいい人たちのようだ。この人たちがあの事件の真相を追ってくれるなら、確かに心強い。
********
居所に戻り、美兎の淹れてくれたお茶を飲みながら、私は美兎に問いかけた。
「ねえ、美兎は地界の部族について、何か知っている?」
美兎は月界出身だから、あまり多くは知らないだろう。しかし
「そうですね......、私も詳しいことはあまりよくわからないのですが、仙族と野族が手を結ぶのなら、向かう所敵なし、なのではないでしょうか」
「そうなの?」
「ええ。仙族の使う仙術は、他の部族が使う術よりもずっと優れていて種類も多いと聞きますし、野族の方がおっしゃっていた通り仙族は人数も多く資金も潤沢です。ただ、野族は野生の動物と意思疎通ができ動物たちを味方につけることも可能です。その技によって目撃者のいない事件などの真相を暴くことができるそうですが、そう言った分野は仙族の一番苦手とするところ。そこを野族に補って貰えれば、他のどの部族にも負けない最強の集団が出来上がるのではないでしょうか」
「そう、なのね」
その説明には確かに説得力があるように思える。美兎の話が本当なら、他の部族に襲われても、私たちが滅ぼされることにはならなそうだ。
「野族を味方につけた仙族は、もう何も心配することなどないように思います。だから尋太朗さまも呂太朗さまも、今後は外の襲撃に警戒するより、仙族内部の力を強めることに集中した方がいいかもしれませんね。万が一敵襲があったとしても、野族の助けがあれば、相手に潰されてしまうことにはなりませんから。それに仙族と野族が手を結んだという話が他の部族の間に広まれば、仙族や野族に手を出そうとする部族はいなくなると思います。少なくとも、いくつかの部族で結束してまとまって襲いかからない限り仙族を倒すことは不可能です。同盟を結ぶにはお互いの利害関係の一致など条件のすり合わせが必要で、仙族と野族ほど短時間で意見をまとめられることはないでしょうから、仙族を倒す同盟が作られるにはかなりの時間を要するでしょうね」
美兎はこれまで私に見せたことのない、強い眼差しで私を見つめた。
「どうでしょう、内部の結束に力を注ぐのが得策ではないかと、呂太朗さまに進言されては」
「ええっ、私が? そんなこと言ったって、私なんかの意見には皆様、耳を貸してくださらないと思うわ。お忙しいし、部外者でしかも世間知らずの私の言葉など力を持たないもの」
「そうでしょうか? あなた様は首長の後継者、呂太朗さまのご婚約者で、しかも日界の王女様なのですよ。軽んじられるわけがないです。それに、あまりにも呂太朗さまや仙族の中枢で行われることについて、瑛蘭さまが無関心なようでは、瑛蘭さまなの立場もどんどん危うくなってしまうのでは?」
その言葉には、かなり痛いところをつかれてしまった。それは私も常々、恐れていることではあった。
私はこのままではいけない。もちろん私だって、そう思っているのだ。いつだって。
「そうね、折を見て、近いうちにお話ししてみるわ。呂太朗さまと。心配ばかりかけて、ごめんなさいね」
そう言って、私はもう一度美兎の表情をしっかりと見つめた。
なんだか、少し肌寒さを感じた。
朱月姫奇譚 猫谷あず季 @azukichan
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