6.

 帰りの車の中は、それなりに楽しく会話が弾んだ。

 音楽の話をしたり、映画の話をしたり。どんな話題をふっても、気持ちのよい回答が返って来た。声に出して笑ったりしながら、陽菜はおしゃべりになっている自分を感じていた。

 朝待ち合わせをした、駅の近くのファミレスの駐車場に前川は車を停めた。

 陽菜はこのまま帰るのか、それともここで食事をするのか、どうするんだろう? と思って、前川の顔をじっと見た。

 そのとき、前川の目が少し見開かれた。そして、前川は運転席から躰を近づけて、助手席の陽菜にキスをした。陽菜は不意打ちのようなキスを避けることが出来なくて、そして一瞬、キスくらいと思ったのもあって、そのままキスを受け留めた。

 でも、前川の舌が陽菜の舌を探り、さらに手が太腿に触れると、陽菜は嫌悪感でいっぱいになり、前川をぐいと押しやった。

「ごめんなさい」

「ごめん、急に。……まだ早かったよね」

 そうじゃない、と陽菜は思った。

 實とは再会したその日にキスをして、セックスをした。

 でもとてもよかった。

 だけど、これは違う。とにかく、違うのだ。

「……違うんです。……ごめんなさい。好きな人がいるんです。ごめんなさい」

「――別れたって聞いたけど?」

「そのあと、好きな人が出来たんです」

「つきあっているの?」

「はい」

「……どんな人か聞いていい?」

「……年下なんです」

「いくつ?」

「……二十一」

「二十一⁉ ……それでいいの? まだ大学生でしょう、若すぎるよ。本気なの?」

「……」

「俺の方が、結婚相手としてはいいと思うよ」

 そんなことは分かっている、と陽菜は思った。

 分かっている。

 結婚したいのなら、こういう相手とすればいいのだ、と。だけど。

「……ごめんなさい、帰ります。もう会いません」

 早く實に会いたい、と陽菜は思った。


 電に打たれたのだ。

 あの日、突然。

 落雷をどうやって避けることが出来るのだろう?

 それは、突然空から降って来る。

 駅で、實をひと目見たとき、既に雷に打たれていたのだ。

 恋心が、理性をどこかに飛ばす。

 弟の友だちだ、とか、八つも年下だ、とか。大学生だ、とか。

 ……結婚のこととか出産のこととか。

 どうしたら、条件で恋が出来るのだろう? 

 頭で考えて恋が出来るなら、よかったかもしれない。

 でも、わたしには出来ない、と陽菜は思う。

 そして、實も同じ気持ちだろうか。同じだといい、と。

 心臓が躰から取り出されて、そしてぎゅっと掴まれてしまうような、恋。

 

 陽菜が玄関のドアを開けようと思ったら、ドアが開いて實が顔を出した。

「おかえり」

「ただいま……どこかに行くの?」

「行かないよ」

「でも、玄関、開けたから」

「なんとなく、陽菜ちゃんが帰って来た気がして」

 陽菜はその言葉に、胸を貫かれ、後ろ手でドアを閉めながら、いきなり實に激しいキスをした。そのまま、實を押し倒す。

「どうしたの? 陽菜ちゃん」

「ねえ、しよ?」

「陽菜ちゃん?」

「――いますぐ、したい」

 陽菜はそう言って、また實の唇に唇を重ねた。

 唇を味わう。首筋を味わう。それから。

 陽菜は夢中で實の服を脱がせ、そして思いつく限りのところに唇を這わせた。

 唾液と汗で、ぬるぬるになっていく。

「實くん、大好き。實くんしか、好きじゃない」

「陽菜ちゃん――僕も」

 實が陽菜の頭を自分に寄せて、またキスをする。

 舌が舌と絡まる。

 お互いの手がお互いを求め、あらゆるところを指が這い、息遣いが荒くなっていく。

「ねえ、入れて?」

 實が陽菜の中に入り、陽菜は甘い吐息を漏らす。

 ――比べるなんて、出来ない、と陽菜は思った。

 もうどうしようもなく、心はここに繋がれているのだから。

 實の背中に思わず爪を立てながら、陽菜はもっともっと、と思う。


 もっともっと、いっぱいにして。

 いっしょにいこう。

 満たされながら。

 他に何もなくていい。

 キレイな、あなただけ。 


 何もかもが混ざり合いながら、とろとろになっていく。

 多幸感の中で、陽菜は自分と實の区別があいまになっているのを感じていた。



            

    

        了

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年下の、キレイな男の子 西しまこ @nishi-shima

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