エピローグ

 文化祭のにぎわいも大盛況だいせいきょうといった頃、少し離れるようにベンチに座り、その喧騒けんそう傍観ぼうかんしていた。

 ふぅ、と一息ついて、梅雨時つゆどきなのに晴れた空の下、中庭に広がる出店でみせを遠めに眺めている。

 演劇部の演目も終わり、思いをはせる。生きる世界の違う、貴族と乞食が幸せになる話。スーツに身を包んだ貴族役の怜央さんは当然のようにかっこよくて、同時に、似たようなことが現実でもあったなとデジャヴを感じた。

 最後のシーンで、乞食に手を差し出した貴族は何を思っていたんだろう。乞食の方は容易に想像がついた。だって、あれは俺たちの出会いそのものだったから。


「演劇部の舞台、よかったでしょ」


 ふと後ろから声が聞こえて振り返ると、真田さんがカメラを持って立っていた。


「そりゃあ、怜央さんが江奈のためにやるって言ったんだから。最高の舞台にならないと」

「またあのバカップルの話? 私は澤田の感想を聞いてるの」


 その言葉に目を丸くする。俺の感想なんて聞いてもそう面白くないだろうと思ったのだが、どうやら違ったようだ。俺は軽く伸びをしながら、小さく笑って言った。


「やっぱり、怜央さんは凄いなぁって思ったよ。舞台見て、色々思い出したりもしたしさ」


 あの日、俺が怜央さんから差し出された手を取ったのは、それが初めての救いの手だったからだ。その手を取らないという選択肢は、俺にはなかった。それでよかったんだな、って今では思える。

 ぼーっと眺めていた文化祭の人混みの中に、怜央さんと江奈を見つける。色んな出店を回っているようだ。幸せそうに歩く二人を羨む気持ちは、だいぶ薄れた。それどころか、俺も幸せになっていいんだ、って、二人を見ていると思えてくる。


「俺にもいつか彼女とか、結婚とか出来るのかなー」


 願望が出来たわけではなく、ただふと思ったことを口にした。それに対する真田さんの答えはシンプルなものだった。


「出来るんじゃない?」

「またそんな根拠こんきょのないことを」

「いやいや。だって澤田、一通りのことは出来るでしょ。家事とかも」

「まぁ、それは仕込まれてきたからなぁ」

「ならいい相手が見つかると思うけど?」


 そうかなぁ、とぼやきながら、立ち上がる。真田さんも腕時計を確認して、そろそろ行かないとと言った。


「じゃ、また後で」

「ん」


 俺が手を振りながら見送ると、真田さんはそのまま中庭を後にした。俺は視線を玲央さんと江奈に戻す。二人も俺に気がついたようで、こちらへと人混みを掻き分けてから来てくれた。


「唯君、一緒に文化祭見て回ろう?」

「んなところで見てるだけはつまらねぇだろ」

「あの怜央さんがそんなこと言うなんて、ねぇ?」


 やっぱり江奈と一緒だから、楽しいんだろうな。

 本当は、二人が付き合いだしてから、置いて行かれたようで寂しかった。でも、二人はずっと俺に対して態度を変えたりはしてなくて。俺一人、勝手に思い込んでねていただけなんだろう。

 俺なんていなくても、大丈夫だろうって思っていたけれど、でも今では違う。

 だって、相思相愛そうしそうあいの、この二人に割って入れるのは俺だけなんだから。

 それは俺だけの特権で、いつまで続くかは分からない。でも、きっと大丈夫だ。俺は二人の背を押しながら、文化祭の喧騒にまた戻る。


「行きましょうか」


 今は、この二人の行く末を信じてる。


(END)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

このバカップルには付き合いきれない 芹沢紅葉 @_k_serizawa_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ