第15話 文化祭
一週間後の退院翌日、文化祭が本格的に始まろうとしていた。久しぶりに登校すると、一番最初に
「あ。……もう大丈夫なの?」
真田さんは随分と柔らかくなった調子で俺に声をかけた。俺はその言葉に頷く。気が付いたらいつの間にか隣に並んでいた。真田さんは少し
「澤田は結局、準備も何も手伝えなかったわね」
「本番だけ参加ってのもなんかなー……」
普通の会話ができていることに安心するが、その内容は少しだけ胸が痛くなる。俺は精密検査の為に入院していたのだが、重要なイベント前の学校に来ていないことに悔しさというよりも罪悪感を少しだけ感じていた。
でも、今日の俺には使命がある。怜央さんと江奈のよりを戻すこと。どうやったって怜央さんは江奈を避けるだろうから、長年怜央さんの小間使いをしてきた俺の腕の見せ所だ。
「そういえば。須藤達って、別れたの?」
「いや。多分大丈夫」
「主に須藤の調子が悪そうだけど、それでも?」
江奈の落ち込みようが目に浮かぶが、それは怜央さんも似たような感じだ。最近はどこか上の空でいることが多いらしい、と執事長からも聞いている。油断を見せるようなタイプではないが、多分ダメージを負っているのは怜央さんも同じだ。
大方自分の言ったことが間違っていないだけに、事実と直面して現実をようやく見てしまった、というところだろうか。ずっと一緒にいるには障害が多すぎることに気が付いたのだろうが、そんなの俺からしてみれば今更だ。
だってあの二人が見ているものは、お互いだけだった。なら今になって周りの障害なんて気にしてどうする。
「……まぁ、とりあえず
怜央さんの
「澤田!」
靴を上履きに替えていると、再び俺を呼ぶ声がした。ツカツカと歩み寄ってきたのは、志間先輩だ。
あの事件があっても気丈に振舞っているところはさすが演劇部部長と言うところか。
「なんなの、あの南条の体たらくは! あんなので本当に今日の本番大丈夫なんでしょうね!?」
「あ、あー……。志間先輩落ち着いて」
「失敗したら容赦しないわよ! せっかく、せっかく肥川が衣装を取り返してくれたのに!」
怜央さんは肥川先輩に、今回の事件を探らせていたらしい。その上で、もう一つ依頼をしていた。衣装のことだ。同じものを用意しろ、と。恐らくだが、新海先輩は衣装を隠しただけで、それを見つけた肥川先輩はお手柄だろうけど。
「こっちが何を言っても、ああ、とか、分かってる、とかしか言わないのよ!」
「舞台までにはなんとかなる……と思います」
タイムリミットは、午後一番に始まる舞台までのつもりだった。けれど俺は仕方なく、鞄を真田さんに預けた。
「ごめん、ちょっと行くわ。それ江奈に渡しといて」
「……頑張りなさいよ。須藤のあんな調子、見たくないから」
うん、とだけ返して、三年生の教室を見に行ったら、怜央さんの姿がなかった。
「さっきまでいたのに」
一緒に来てくれた志間さんが言う。さて、こうなると俺の方で探すにはしらみつぶしになるかもしれないけれど。今日は文化祭。ならまだ可能性があるところは二ヶ所に絞れる。俺は江奈に「予定変更、今から実行」とメッセージを入れ、まずは体育館に向かった。
案の定、準備された舞台の上に怜央さんはいた。俺に気が付くと軽く舌打ちをされる。
「なんで分かった」
「怜央さんは約束破らないんで。江奈の為に、最高の舞台にするんですよね?」
舞台から降りた怜央さんは、そのまま俺の方に歩み寄ってくる。チャイムが鳴った。もうすぐ、文化祭が始まろうとしている。
「……怜央さん。準備はいい?」
「あ?」
チャイムが鳴り終わると同時に、校内放送が入る。本来、文化祭の開始を告げるはずの放送。けれど今回だけは、俺たちにとって聞きなじみのある声が話し出した。
「三年A組の南条怜央さん。今から、私の話すことをよく聞いてください」
江奈の声がスピーカーから流れる。教室中から、なんだなんだと騒いでいる様子が目に浮かぶようだ。怜央さんも目を丸くさせている。
「ずっと、目で追うだけでした。きっと私のことなんて知らないだろうと思っていて。私にとって本当に遠い存在だったから、諦めよう。そう考えていたのに、でも、どうしても諦められなくて。最後の希望で、この学校まで追ってきてしまいました」
これは、怜央さんが逃げるなら、いっそのこと逃げられないようにしてしまえばいいと思った俺のアイデア。校内放送なら、学校のどこかにいる間は絶対に聞こえるだろう。そして、同時にこれを聞いている全校生徒が証人である。
「でも、伝えなきゃいけないんだって思った時があって、告白して終わりにしようと思っていたのに。こう、言いましたよね。全部知ってた、って。まるで、今までの私を試していたんじゃないかって思うくらい、意地悪な人だって思いました。同時に、それまで気づかなかった私も、ちゃんと見ていなかったんだなって思いました」
江奈が続ける。ずっと思っていた気持ちを、一つ一つ口にしていく。その途中で、怜央さんは走り出す。目指す先は放送室だって分かっている。だから俺もその後を追いかけた。
「そんな一方的な思いで、
その間にも、江奈の想いはどんどん告げられていって。怜央さんは体育館の扉を邪魔だと言わんばかりに勢いよく開けた。その勢いが強すぎて、追っていた俺は、扉の反動に思わずぶつかりそうになる。
「でも駄目です。そんなの嫌。私、まだ全然知らないんです。それなのにずっと一緒にいたいって思えたのは、怜央さん。あなただけです。だから私、告白します」
体育館から、下駄箱の前を通り過ぎ、職員室も通り過ぎて。人目なんてもう気にしていられないのだろう。がむしゃらに走る怜央さんのその必死さに、思わず顔がにやけてしまう。
「もう、逃がしませんから! 大人しく、私に捕まって愛されててください! 私に……全てください!」
二人とも、やっぱりまだお互いが好きで、手放したくないんだってのが、それだけで分かってしまうから。ついに辿り着いた放送室の扉も勢いをつけて開けた怜央さんは、少し息を切らしていた。それに驚いて振り返った江奈は、驚きながらも
「れお、さん」
少し声が震えている。まだ校内放送はオンエア状態になっているが、もう二人はそんなこと気にしていない。
「怜央さんが、好きです」
きっとその声は、きっちりと届いている。だからこそ、怜央さんは江奈を強く抱きしめて答えた。
「俺の隣は、お前だけだ。……ずっとそう思ってる」
怜央さんのの腕の中に収まった江奈は小さくて、少し震えながらも頷いている。その手をゆっくりと怜央さんの背に回す。
「愛してる」
怜央さんは、ついに気持ちを言えた。江奈も、その思いを受け止めた。学校中から聞こえるのは、ハッピーエンドを迎えた証。
「このバカップルってば、本当、付き合わせてくれるんだからなぁ」
俺が
そして、文化祭がいよいよ始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます