第14話 喧嘩と真実

 遠くで、何やら言い合っている声が聞こえる。さわがしさに意識だけが覚醒かくせいし、目を開けるのはまだ億劫おっくうで騒ぎに耳をかたむける。


「何度言ったら分かる」

「分かるわけないです! 怜央さんこそ、私の話をちゃんと聞いてください」

「聞いてる。その上で言ってるんだ。何度も同じ事を言わせてくれるな」


 どうやら、あの怜央さんと江奈が喧嘩けんかをしているらしい。俺はたまれなさもあいまって、目を開くタイミングを完全に見失った。

 どうして、この二人が喧嘩になったのか分からないけれど、あのバカップルな怜央さんと江奈だぞ。どっちが何をやらかしたのか。黙って聞いていれば、分かるだろうか。


「今回の件、そんなに深刻しんこくとらえなきゃいけないことですか?」

「だから別れるって言ってんだろ」

「別れません」

「江奈」


 けわしい声で、怜央さんがたしなめるように言う。けれど江奈も引く気はないようで、負けじと言い返している。


「だって、誰も悪くないです」


 江奈のその一言に、今回の一件のことでめたのだと気がつく。江奈の誰も悪くない、という善意ぜんいからの言葉に少しだけ胸が痛んだ。俺が巻き込んでしまったから、どんなに非難ひなんされようと仕方ないとあきらめていたのに、その優しさは変わらなくて、だからこそ痛かったのと同時に安心もした。

 怜央さんと江奈が喧嘩をしているところに、俺が割って入れば更にこじれかねない。俺は盗み聞きしているような状態を悪く思いながらも、目を開けないでいた。


「お前をまた危険にさらしたくねぇ」

「私のことはいいんです」

「良くねぇから言ってる」

「怜央さんの分からずや!」


 なるほど、今回のことで怜央さんが江奈を遠ざけようとしているわけか。それを江奈が納得していない、という状況らしい。納得なんて出来ないだろうな。怜央さんが自分の本当の気持ちをちゃんと説明できない口下手くちべただから仕方ないんだろうけど。


「本当に大事だから、嫌なんだよ」


 そこまで言えるのに、どうしてあと一言が言えないんだろう。それだけじゃ江奈を怒らせるだけだ。


「もういいです! 唯君の目が覚めるまで、頭を冷やしてください!」


 案の定、声を張り上げた江奈は、ガラガラと扉を開けて部屋を出ていったらしい。けれど、怜央さんはそれを追いかけるようなことはしなかった。

 少し経っても怜央さんは物音ひとつ立てずにそこにとどまっているものだから、ようやく俺も目を覚ましたふりをすると、見慣れない部屋にいた。真っ白な天井。軽く見渡すとシンプルと言うよりも殺風景さっぷうけいな白い部屋に、病院の一室であることに気がついた。

 窓の外に目を向けたままの怜央さん。何を見ているんだろう。いや、ただこっちに目を向けられないのか。俺は気付かれないようにため息をこぼしつつ、怜央さんに言った。


「江奈でないとダメなくせに。手放しちゃっていいんですか?」

「起きてたのか」

「本当に大事なら、傍にいるべきですよ。怜央さん」


 聞き耳を立てていたことをとがめられるよりも先に、俺の考えを言っておく。きっと二人の別離べつりを選ぶ権利は怜央さんよりも、江奈の方にあるだろう。だって、怜央さんの立場を考えてもそれだけで別れを決められてしまうのは、ちょっと狡い。

 あんなに大事に思ってくれる子を手放すなんて、本当はしたくないくせに。


「そんな話より、お前に言わなきゃならねぇことがある」


 その話をらすように、怜央さんは話題を変えようとした。俺は仕方ないから先にその話を聞くことにする。


「お前の父親のことだ」


 なんで今更、亡くなっている父親の話なんて。そう思ったが、怜央さんが話すからには重要なことなのだろう。俺は黙ってうなずく。


「お前の父親は、土御門つちみかど本家の長男。……跡継あとつぎだったそうだ」

「は? 土御門? それって、うちの学校の」

「理事長は次男……つまり、お前の伯父おじのようだな。お前のことを知っているかどうかは分からねぇ」


 中庭で会った、能力主義のいけすかない男が俺の叔父。なんか嫌だな、と思ったのと同時に現実として受け止められなくて、俺は首を横に振った。


「い、いやいや。嘘でしょ、俺は澤田……」

「それは母親の姓だ。お前の父親は……家を捨てて、お前の母親を選んだ」

「それって」

「事故死には変わりねぇが、能力による事件性は無し。本当に、不慮ふりょの事故で亡くなってる」


 じゃあ、と呟いてそれ以上の言葉は何も出なかった。呆気あっけに取られてしまって、続きが出てこなかったのだ。


「お前の能力は、父親ゆずりなんだろう。そして、存在しないと言われている土のエレメントをつかさどる人間だ。土御門の人間なら、それくらい使えて当然かもしれねぇな」


 エレメントの話が出て、ああ、そうか。と納得してしまう。結局、発動条件も何も分からないけれど、たった一つの事実がある。あの地が揺れる感覚。それが俺のエレメント。母をおびえさせた力。

 母のかつての行動もきっと、俺のエレメントが完全に目覚めて誰かに知られてしまったら、唯一の家族が土御門に取られてしまうと考えてのことだろう。


「流石に信じきれないけど、その話で説明がついちゃうか」

「土御門に言えばお前はそれなりの暮らしが保証されると思うが?」

「あーあ、やだな。そういうの。怜央さんですら苦労してるのに、俺には無理。分かるでしょ、怜央さん」

「俺に決める権利はねぇ」


 俺は怜央さんの小間使いとして生きていくくらいがちょうどいい。この話は、また後でじっくり考えればいいだろう。何せ、調べてくれたのは怜央さんなのだから、この事実を知っているのもごく少数。言わないでくださいよ、と念押ねんおしして、もう一つ気になってきたことを尋ねる。


「ところで、どうして俺たちの場所が分かったのか、教えてくださいよ」


 そう言うと、怜央さんはポケットに手を突っ込んで何かを探っている。


「飼い犬にはGPSくらいつけとかなきゃな?」

「GPS?」


 なんのことだ? と思っていると、怜央さんはポケットから取り出したいつものネックレスを俺に向かって投げ、そのまま部屋から立ち去って行ってしまった。


「このネックレス……そういうことだったのか……」


 昔から心配性なところがあるからな、怜央さんは。そう思いながら、怜央さんの消えた扉を見つめていると、少ししてまた扉が開いた。戻ってきたのかと思ったけれど、今度入ってきたのは江奈だった。


「唯君! 目が覚めたの? ……怜央さんは?」

「さぁ。江奈を追いかけたんだと思ったけど」


 そう言うと、江奈は少しうついて事の顛末てんまつを話してくれた。と言っても、ほとんどのことは先ほどの応酬おうしゅうと同じ内容だ。でも、ベッドサイドの丸椅子に腰掛けた江奈は、文句ありげにつぶやいた。


「怜央さんに、けられた」

「うん。まぁ、どっちの気持ちもわかるけど」

「私は、怜央さんと別れたくない」


 少し意地になっているような気もしなくはない。俺は江奈の頭をポンポンとでてやった。


「分かってあげてよ、江奈。怜央さん、ああ見えて怖がりだからさ」

「だから、だよ」


 怜央さんの不安には、江奈も気がついていたらしい。けれどそれは江奈からすると理由になっていないのだろう。


「私は、何があってもずっと傍にいるって決めたから。それを信じて欲しいの」

「江奈」


 大丈夫だよ、きっと怜央さんが恐れているのは、江奈を信じられないことじゃない。嫌いになったわけじゃない。江奈を永遠に失ってしまうかもしれないという不安だけ。それだけだ。

 だから俺は、もう一度確認する。


「今回、巻き込んだ俺が言うことじゃないだろうけど。けど、これからも、同じようなことは起こるかもしれない。それでも、怜央さんの傍にいられる?」

「……」


 江奈は少しだけ黙った。真剣に考え込んでいる。軽く目を伏せるその姿が、やけに目に残ったのは怜央さんのことを考えている江奈の姿が、何よりも美しくとうとく見えたからなのだろう。


「うん。いる。私の隣は、怜央さんしか考えられないから」


 その言葉を聞いて、俺ももう一度決意を固めた。

 このバカップルをもう一度くっつけて、俺の少しだけ平穏な日常を取り戻すのだ。

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