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いつ話を始めてくれるのかと聞こうか迷っていると、秋田から話し始めてくれた。


「織田さん、居眠りはするかい?」


「は?」


 素っ頓狂な声をあげてしまった。質問の意図が全く分からない。ここに来て笑いを取ろうとしている? もしそうならとんだ馬鹿だ。


 そんな織田の心情を見透かしているのか秋田は手を振ってそれを否定する。


「いや、そうじゃなくてさ。まあいいけど。それでさ、僕は普段居眠りをしたことがないんだ。だけど当日は数学の授業が子守歌に聞こえるくらい眠かったんだ。そこから記憶が飛んでるから多分寝たと思う。多分その時なんだ。僕らが輸送されたのは」


  


 まさか、と思うが一蹴してしまうには惜しいほどに辻褄があっていた。自分自身も普段居眠りをしないはずなのに一限目だけは寝てしまった。起きたら十分程度しか経過していなくて安心したのだが。




「それなら教師はなぜ授業を? 先生たちが眠らされていたなら授業を再開したと思えないのですが」


「変装していたと考えるのが一番だね」


 


 秋田は周りの混乱にも関わらず授業を続けた鶴下を思い出す。恐らく父は教師たちの性格調査を怠ったのだろう。鶴下は明らかに冷静すぎた。それは本人のよるものではない。恐らく変装していた人物の演技が下手だったと考えるのが妥当だ。授業をしていた教師二十名程度の変装が必要だったために全員が完璧な演技をすることは不可能。それゆえ悲鳴にも動じない数学教師――鶴下が完成したのだ。




「そういわれてみると先生の様子はおかしかったですね。言葉がセリフ臭かったです」




 教師のいつもを知っている生徒にとって変化は違和感という形で伝わっていた。それを即座に演技だと分かった生徒はいなかったが。




「うん。恐らくガスか何かで眠らせたんだろうね。それが本当のゼロ時間、すなわちここへ来る前の最後の記憶というわけさ」




 秋田が言い終えると二人は行き止まりまでやってくる。すると壁をノックするようにこんこんと叩いた。以外にも帰ってきた音は鈍い音ではなく木を叩いたような軽い音だった。




「スマホを確認してみて」


 織田は言われた通りに携帯を出す。電波を見ると柱が三本のうち二本経っていた。これなら通話も問題ないだろう。秋田に目を向けると彼はニコッと笑った。




「この地下牢には僕らの学校にいる生徒の大多数が収容されていた。ゲームを待つためにね」


 


 それは一問目の後にわかった事実だ。実際そこ意外に生徒を収容するスペースがないのだ。




 秋田は足で壁を蹴った。すると壁の塗装が剥げ木製の部分が見える。できた隙間から弱いながらも日光が漏れてくる。秋田は壁から抜き出す。織田がそのまま壁を壊すのかと思っていると、彼は体ごとこちらへ向けてくる。




「父がこのゲームはポーカーだって言っていたのは覚えてる?」


「ええもちろん」


 その先は織田にもわかったがここは秋田に続けてもらう。こくこくと頷いて先を促す。


「ポーカーってのは運と頭脳が必要なんだ。で、見てもらったらわかるけど地下牢に閉じ込められた生徒。最初っからゲームに参加しなかった人のことね。彼らはここから逃げるっていう運が巡ってきていたんだ」


 つまり、初めから参加させられ地下牢に入れられなかった生徒は運を持っていなかったことになる。それは織田も同様だが。


「つまり彼らには頭脳が足りなかったと?」


 その言葉に秋田は首を横に振る。


「つまり、ゲームは平等どころか生徒の優勢だったんだ」


 


 織田の脳裏に秋田の父の言葉が思い出される。


 『あ、心配しないでよ。僕のゲームは公正だから』


 この言葉は操られた生徒たちへの慈悲だったのだ。皮肉にも誰かが気付くわけでもなく、白紙で投票しなかった生徒が後悔したほどだったが。


 


 織田は口を開く気になれなかった。全ての謎が解かれ生存できる。これ以上に望むことはなかった。




 秋田はそんな織田を一瞥すると、今度は本格的に壁を壊し始めた。




 壁が半分以上壊され、小柄な織田なら通れるサイズになった。その時、爆音とともに天井が崩れる音がした。織田はさっと後ろを振り向く。秋田は壁を壊す手を一瞬止めただけで再び壁を壊しだす。


悲しいような、すっきりしたような気持になった。


 


「さあ、帰ろうか」




 秋田の勧めで織田は前を向いた。さっき見た時よりも日光が燦々と降り注いでいる。もはやランプは必要ないとばかりにランプは捨てられる。


 壁を抜けたところは浅い洞窟だった。恐らく地下で繋がっていたのだろう。洞窟を抜けると辺りは膝くらいまで伸びて放置されている雑草が生い茂っていた。


 地下牢にいた時間は数十分だったはずだがこの日光は気持ちが良い。『学校』で浴びた光よりよほど自由を感じることができた。




「ところで、秋田さんは一限目の後、栄太さんと何を話していたので」


 


 すがすがしい表情で草むらを横切る秋田に声をかけた。すると彼は恥ずかしそうに頭を掻きながら、




「普通の会話だよ。父と息子の、ありふれた会話さ」




 と答えた。




 明るい日差しが二人を包み込む。当たり前の学校生活を送れなかった二人を癒すように、慰めるように。この時だけは冬の日差しが柔らかく、尖ってしまった二つの氷を解かしていた。




後書き

伏線回収いかがでしたか?


『優しかったみんなにさよならを』完結です!


ここまで読んでくださってありがとうございます。たった4万字強の小説ですが私が初めて完結できたシリーズです(笑)

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優しいみんなにさよならを 島津宏村 @ShimazuHiromura

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