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およそ30分前


「秋田さん、カーペットをめくっていただいてもよろしくて?」


 織田は秋田にニコッと微笑む。それを見て秋田も柔和な笑みを浮かべた。安堵しているようにも取れる。


「もちろんだよ。ちょっと待っててね」


 秋田はカウンターへ行くと何故か置いてあった工具箱からカーペットをはがす器具を持ち出していた。


「十分ほどかかるから、君の推理を聞かせてもらってもいいかな?」


織田は、はいと答えるとはきはきと話し始める。


「まず、このゲームを行う以上学校の抜本的な改築が必要だったはずです。そこで疑問に思ったのが、『いつこんな大規模な工事を行ったか』です」


 しゃがんでカーペットをはがしている秋田の脳に音楽室のマジックミラーがよぎった。


「答えは簡単。ここは私たちが通っている学校に似せて作られた全く別の場所だったと考えるのが当然でしょう。秋田さんのお父様が民間軍事会社を経営していると聞いて確信に変わりました。最初は突拍子もない考えだし、第一莫大な費用が掛かるからと一蹴していたのですが考えなくてもよくなったわけです」


 織田は胸を張るでもなく、あくまでも冷静に推理を述べていく。それを秋田はこくこくと頷きながら聞いていた。


「確か織田さんは図書館からあまり出ていないよね。どうして工事がされていると分かったの?」


「それは、窓が嵌め殺しに変わっていたからですね。いつも私はここに来ると窓を開けて風を受けながら読書するので。でも……」


「でも?」


 秋田は先を促す。


「一番最初に違和感を覚えたのは書籍の埃です」


 織田がそういうと、秋田は 「ははっ」と苦笑いした。


「いつもは埃だらけだった本についている埃が微妙に少なかったのが最初の違和感でした。図書館に案内された時に『いつもの図書館とちがうなぁ』っておもったので」


 すると秋田は頭をかいて笑った。


「さすがの父さんもそこまでは再現できなかったんだね。さすがだ織田さん」


 織田は誉め言葉に反応することなく秋田に尋ねる。


「秋田さんはお父様とつながっていたわけではないですよね。どうやってわかったんですか?」


「ゼロ時間のトリックに気づいたときかな」


「ゼロ時間?」


 織田は何のことだというようにも首をかしげて見せた。


「たぶん織田さんの時もそうだったと思うけど、覆面の男が教室に侵入してくる前に爆発音と白い煙が発生したんじゃないかな?」


「は、はいそうです」


 なぜ知っているのだろうと不思議そうな顔をしている。


秋田はその問いは当然だと言うように答えた。


「あの演出は覆面の男たちが突入してくるとき、僕たちが今の今まで授業を受けていたと思わせるために必要なトリックだったんだよ」




 織田は目を閉じてゆっくりと息をする。秋田の答えを一つずつ吟味しているようだった。


 やがて整理がついたのか、小さく頷いた。




「なるほど。ということは私たちは、それより前にここへ輸送されていたと」




「まあそういうことになるね」


 秋田はカーペットを剥がし終えたようで、ふぅとため息をついた。


 めくられたカーペットから出てきたのは所々錆びていて、重く頑丈そうな扉だった。まるで地下シェルターのようだ。秋田はカーペットを剥がし終えたと同時にカウンターからバールを持ってくる。


 鍵はかかっていなかったが扉が重すぎるせいでテコの原理を用いなければ開かないらしい。


 扉が上に開けられる。秋田は織田を手招きして、地下牢へ入るのを手伝う。


織田を入れたあと、秋田は中に入って扉を閉めた。ギギギっと錆びた扉は音をたてながら閉まる。地下牢が一気に暗くなった。と、同時に秋田がいつの間にか持ち込んでいたランプの電源がつけられる。




「さてと、織田さんが気になるのはいつ輸送されたかだね?」


「はい」


先ほどの説明を考えるに、白い煙と爆発音はゼロ時間――本当に輸送された時間 を意識させないためのものらしい。そう考えると納得がいく。織田には学校の改築までも完成させているのに煙幕をはって生徒を混乱させる必要がわからなかったのだ。


 かろうじて輸送のために視覚と聴覚を奪ったのだと説明されれば理解はできる。しかし、気を失った覚えがないのでその説明も納得はしなかっただろう。


 織田が立ち止まって説明を待っていると秋田は先を促す。


「時間もないし、進みながら話そう」


 その言葉で制限時間を思い出し、携帯を確認すると微弱ながら電波がつながっていた。もし図書館の時計が正確ならばあと15分はある。余裕はありそうだ。




 ランプの光が弱いせいで全体像は掴めないが『地下牢』は本当に牢獄のようだった。上靴から伝わる感覚から推測するに以前は電球をぶら下げていたらしい。今は粉々になっているが。




何分経ったのだろうか。実際には数分しか経っていないのだろうが沈黙のせいか長く感じた。秋田は突然立ち止まると織田の方を向いた。


「うろ覚えだけど地下牢の地図によるともうすぐ行き止まりだ。ここからはゆっくり歩こう」


 そう言うと秋田は歩調を緩めた。いつ話を始めてくれるのかと聞こうか迷っていると、秋田から話し始めてくれた。


後書き

伏線回収いかがでしたでしょうか?


『優しいみんなにさよならを』いよいよ明日完結です。お楽しみに


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