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「あ!」
暖かな空気が流れていたが、それを素っ頓狂な声が遮った。声の主は高山だった。
「そういえば、なんで警察は来ないのよ。もう一か月近くたってるのにサイレンの一つ聞こえないなんてあり得るの?」
覆面の男たちがやってきてからの最大の謎。なぜ助けは来ないのか。その問いを聞くと秋田栄太は覆面を取った。
突然の行動に生徒たが驚く中、栄太は苦虫を嚙みつぶしたような顔をする。もとは柔和な笑みがいあいそうな顔が今は引きつっている。
「じゃあ、三問も解いてくれたみんなにはヒントをあげようかな。僕は君たちを解放すると伝えた以上逃げられる道はちゃんと用意してあるってことだけ伝えとくね……。未来、父さんは未来が立派な大人になることを願ってる。後はよろしくね」
何を言っているのか理解できない人間が大多数でも秋田だけは父の意図をくみ取ったと言わんばかりに深く頷いた。
彼の頬に涙が伝う。しかし表情は穏やかで、彼は誰にも向けなかった自然な笑みを父だけへ向けた。
「ありがとう、父さん」
それを聞くと秋田栄太は涙をぬぐってモニター越しに手を振った。
モニターの電源が消えたと同時に、耳を劈く程のサイレンが鳴り響いた。文堂や織田はとっさに耳を塞いだ。サイレンの音が弱まると聞きなれた陽気な声が聞こえてきた。
「はぁーい、みなさーん。ゲームお疲れ様でしたー。もう我々はあなたがたを拘束することは一切ありませーん。どうぞご自由に逃げてくださーい。あ、あと学校の地下浅い所には爆弾が仕掛けてあってあと三十分で爆発するから逃げるならお早めに。じゃーお疲れ~」
多数の生徒は愕然としていた。自由に逃げろという放送が聞こえた時には図書館にも歓声が聞こえたが、今は何も聞こえない。
「と、とにかく早く逃げるぞ!」
剣崎の声を皮切りに織田と秋田以外は一斉に駆け出して図書館を抜けていった。秋田はその様子をみて呆気ないものだなと思った。開かれた扉から見えたのは我先にと校門へ急ぐ生徒たち。それぞれが押し合いへし合いしており誰もが自分のことばかり考えていた。
高山は剣崎の後ろについて行くことにした。施錠されていたはずの扉は易々と開き、高山たちは難なく外へ出ることができる。いつの間にか校門へと続く運動場には生徒が溢れかえっていた。
剣崎たち五人が運動場に近づくにつれ溢れかえっている生徒たちの様子が異常であることに気付かされる。手首から下を失った者、顔や腕など見えるところだけでも傷だらけの者など異常な様子だ。彼らは碌な処置を受けていないようで今すぐにでもここを抜け出したいらしい。
運動場に着くと今までアラームひとつ鳴らさなかったスマホがJアラートのような音を鳴らし始める。それは高山以外も同じらしく、全員がスマホを手に取ったり見せ合ったりしていた。
『残り20分。体育館爆破』
そのメッセージを読み終えた瞬間、大きな爆発音と共に赤い炎が見える。まずい、あのイカれ野郎は本当にこの学校を爆破するつもりだ。爆発音と煙から爆破は本当に体育館で起こったのだとわかる。叫び声が皮切りに周囲は一層騒がしくなった。これでは近くの声を聞くのもやっとだ。門は一向に開く様子はない。先ほどからしびれを切らした男子生徒が何人か登ろうとするが、門は高山が知っているようなものではなかった。生徒を招き見送るはずの門は今や人を通さないことだけに重きを置かれている。高さは五メートルあり、足をかける部分もない。
数分経ったときには逃げてきた生徒が高山たちの後ろからも押し寄せていた。もう自由に身動きできないほど生徒が缶詰め状態になっていた。門が開かないことに不安を覚えた生徒たちが前へ、前へと進んでくる。彼らに目の前の生徒など障害物でしかなく、押しのけてでも門へ――唯一の希望へと進んでいく。
運動場はパニック状態になっていた。誰も自分以外に気を配ることはできない。それは高山も同じで、何とかこの学校から脱出する方法がないかと考えていた。しかし、どれだけ考えても焦っているのか案は浮かんでこない。
『残り10分 校舎爆破』
再びJアラートのような音が鳴り高山は肩を震わせる。と、その瞬間に見慣れた校舎が爆発した。運動場から校舎までは遮るものがなく、頑丈な建物が壊れていく様は集団の恐怖を助長させるには十分だった。それまでは緩い密集状態が一気に1ミリの間もないほど縮まった。もはや声という声は聞こえない。
そこでふと秋田たちが頭をよぎった。図書館を出ていく時、秋田と織田はついてきていないはずだ。このゲームは秋田の父親が秋田のためにしたこと。なら秋田を殺すのか? いや違う。逃げ道を作っているはずだ。ならどこだ。
高山の頭脳は混乱の中でも正常に動いている。恐らく、今が人生で一番頭を使っているのだろう。高山の脳は正しい答えを導き出す。そう、図書館だ。彼らが逃げるなら図書館以外ありえない。
動き出すまでに一秒とかからなかった。周りを見渡し文堂や波多がいるかを確認するが、見つけることはできない。それどころか、首を回すだけでもぶつかりそうになるほど過密状態になっていた。
せめて自分だけでも助かろうと「どいて!」と何度も声をあげた。しかし、誰も道を開ける様子はない。その上、流れに逆行しているせいで誰かに足を踏まれる。すぐさま「どけなさい!」と声をあげるも騒音のせいで痛みは増すばかりだった。肩と肩の間に手を差し込んで図書館へ向かおうと試みるも、押し返されてバランスを崩した。
地面に倒れた高山を同じ制服をきた友人たちが踏みつけていく。高山は苦痛に悶えながらも這って図書館へ動き出す。伸ばした右手が踏みつけられ言葉にならない悲鳴が零れた。かろうじて動かせる右足を動かすも右手と同じ末路をたどった。
私が何をしたと言うんだ。秋田がかわいそうだから、同じクラスになって話しかけた。一年からかわいそうだと思っていた。ここにいて自分を踏みつけて言った輩よりも、よほど救われるべきなのになぜ。私が秋田に何を、何をしたと言うのだ。神よ、教えてくれ。
「なんで、なんでこうなるのよ」
いつの間にか踏みつけられた右手に力が込められ指が土にめり込んでいた。土だらけの頬に一滴の涙が流れた時、、、
高山は笑った。
『残り0分 運動場爆破』
その通知が来るや否や運動場は端からは、恐ろしいほどの勢いで下から突き上げるような炎が迫ってくる。
運動場は叫び声と怒声に襲われた。
そのため誰もが彼女の不気味な笑い声を聞くことはなかった。
後書き
完結間近! 明日もお楽しみに
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