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そんな秋田はというと、もともとその情報を知っていたかのように何の驚きもないようだった。織田の言葉も知っていることの確認、という感じで激しい感情の動きは一切読み取れない。
織田はこれ以上の説明はないというように一礼して席に着いた。それを確認すると秋田は一切の感情を捨てたような顔で話始めた。
「織田さんと違って、僕が持っている資料は一冊だけなんだけど内容は負けないくらい濃かったなぁ。まず、僕が生贄に選ばれた理由は単純で『成績が良く、まじめな生徒』だったかららしい。よく読みこめば僕が生贄にふさわしいことは理解できる。僕たちの中学の偏差値は全国平均をはるかに下回っている。そんなだから僕みたいな生徒は浮くだろうと考えられていたらしい。僕らの学年が入学する直前に校長を交えた教職員で『秋田未来をターゲットとする』と決まった。良いのか悪いのか、その後の職員たちの動きは速かった。小学校の教諭から上がってきた危険人物リスト。すなわち、いじめに関与する可能性が高い生徒たちに僕をいじめるよう唆す。彼らは小学生から上がったばかりの子供だ。大人にかかれば操るのは簡単だった。そうして主犯から噂が一気に広まり学年中の掟のようになった」
秋田の顔はこれまでにないほど冷たい表情をしていた。目の奥から少しだけ怒りが垣間見えている。ここに来てようやく秋田は素の感情を見せたようだ。
秋田の言葉が胸にストンと落ちたのか織田以外は頷いたり、ただ床を見つめだしたりしていた。織田はというと一言一言噛みしめている様子だった。やがて秋田の情報を理解したのか質問を投げかける。
「では、なぜ毎年行方不明者が出ているのでしょう。今のお話だと行方不明者が出る理由はわからずじまいです」
もっともな質問に秋田以外は現実に引き戻されたらしい。再び手を顎にあてて考え込んでいる。秋田は織田の質問に待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「その通り。なぜ行方不明者が出たのか。ここでポイントになってくるのはこの学校の方針。今までの話で分かったと思うけどこの学校の教師たちは保身に走る傾向がある。そこを加味すればわかるんじゃあない?」
聞かれた織田は考え込んだ。すると頭に第一問がよぎった。主催者の長い解説を思い出すと引っ掛かる点があった。そう彼はカーペットが新しいことを『おかしい』と表現していた。地下牢が使われなくなったからカーペットが新しく変えられたのだと思っていたが、それにしては新しすぎる。躾部屋のように地下牢を使用していたのは大昔のはずだ。今の校長が就任するまでには長い時間がある。ということは今の校長になってカーペットが変えられたと考えてよいだろう。と、いうことは……
「そんなことが、あり得るのですか?」
織田は恐怖のあまり体を小刻みに震わせていた。秋田のヒントは保身、主催者のヒントはカーペット。これらを突き詰めて考えると……
「そう。毎年の行方不明者というのはいじめの主犯格の生徒。すなわち教師がいじめを唆した生徒たちだ。彼らは校長の命令によって、個々の下にある図書館に監禁され続けた。まあ、今は白骨死体が転がっているだけだと思うけど」
自分たちのいいように操られた挙句尻尾切りのように捨てられた生徒たち。彼らはずっと近くにいたのだ。腹を空かせ、喉を乾く中ひたすら助けを待ち続けたに違いない。この教師たちは鬼畜ぞろいだと織田は天井の教師たちを睨みつける。秋田の推理が聞こえていたのか教師たちは目を見開いていた。砂時計のようにされている教師へも哀れだとは思わなかった。むしろ当然の罰だとも思った。
「なるほどね。だから校長は撃たれたんだ」
高山はつぶやくように言った。
「そう、当然の報いとして彼にはゲームというチャンスが与えられなかった」
秋田は怒りを滲ませて言った。
その直後テレビの電源がパッとついた。
「おめでとうみんな。これで問題は終わり」
この場にいる全員の主催者に対する目つきは変わっていた。不気味だと思った彼を今は息子のために全力を尽くす父親に思えた。不気味さを増幅させていた話し方は若者に取り残されまいとする、ちょっとずれた父親に感じる。
「この会話は全部校内のモニターで流したよ。これで事実を『白日の下に晒す』ことは終わり。ゲームは中断して全員を解放しまーす」
秋田はあまりのスピード感に困惑した。しかし、父らしいとも思った。大げさな物言いが『白日の下に晒す』などという誤解を招きやすい表現になってしまったのだ。すなわち、化本が心配したような日本中に晒しあげるなどということは元々想定されていなかったのだ。
「まあ、最後に僕が来た経緯だけ教えとくね」
秋田栄太は図書館にいる全員に語り掛けるような口調に変わった。
「僕はインドで民間軍事会社を運営していて日本にはあまり戻れなかった。だからよく未来と電話していた。これは親だからかもしれないけど、電話越しにも未来の衰弱ぶりは伝わってきた。未来が壊れた瞬間は今でも覚えてる。もし日本にいれば防げたかもしれないと後悔したんだ。それと同時に僕は部下に命じてこの学校の調査をさせた。長期間の調査の結果はみんな知っての通り非道なものだった。僕は怒り狂った。息子をこんな目に合わせた生徒、教師、そして校長。僕は許せなかった。だからインドから秘密裏に部隊を日本に送った。それで今に至るわけだね」
秋田栄太は真実を語った。そこに嘘偽りはないのだと全員が思った。今までは一切読めなかった彼の心情が今は理解できた。息子を狂わせたことへの怒りとやるせなさが彼を残虐なゲームへと導くこととなったのだ。
図書館は水を打ったような静けさだった。秋田栄太でさえも沈黙していた。この場で発言するのはためらわれた。唯一発言権があるのは秋田たちだけだと誰もが思っていたからである。
「父さん、後のプランはどうするんだ。いずれ警察は駆け付けてくるだろう。そして、父さんは逮捕される。それで終わりでいいの?」
秋田も今ばかりは普通の中学生に見える。不運な少年、そんな言葉が適切に思えた。
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