7

「いいわ、私が話す。私の知ってる限りの情報を」


 高山は勢いよく立ち上がった。始皇帝にはこの時間が耐えられなかったらしい。


「詳しい情報も、情報源もわからない。だけど、中学一年生になってすぐだったよ。確か一学期の中間考査あたりだと思う。秋田に関わるなって噂が流れてきた。最初は秋田なんて生徒知らなかったから関係ないなって思ってたんだ。でも、教室からグラウンド見てたらわかったんだよ。明らかにおかしい生徒がいる。一人ただポツンと立っていて輪に入ろうとしては爪弾きにされていた。だからわかる、あんたは最初からそんな風に狂っていなかった。この学校があんたを狂わせた」


 


 『秋田未来は狂っている』


 誰もが心の中で思っていたことを彼女は初めて口に出した。その女帝ぶりに、他の生徒は感心とともに恐れを抱いた。女性版始皇帝への感心、そしてその言葉に秋田はどう反応するかという恐れ。目の前の人物が狂っているのはわかっていても口に出してはいけない。出せば強力な味方を失う。


 そんな暗黙の了解を高山は破ったのだった。




 しかし、秋田は彼らが恐れるような反応をしなかった。それどころか他人事のように平然としている。誰もが彼を定義することも、行動を予測することもできないのだと悟った。




「段々と日が経っていくうちにあんたは輝きを失っていった。とても苦しそうに見えたのを覚えてる。でも、夏休みが終わったころあんたは変わった。体育の授業で爪弾きにされても苦しい素振りさえ見せなかった。それどころか悠々と鉄棒で遊んでいたんだから、嫌でも認めざるを得なかった……。あんたは壊れたのよ」




 高山の表情は厳しい。それは秋田へ向けたものではなく自分へ向けた者なのだと誰もが理解できた。憐れむような目は向けずただ唇を嚙んでいた。高山は相変わらず無表情を決め込んでいる秋田の反応を待ったが、帰ってくるものはないと悟るとゆっくりと腰を下ろした。




 高山が座るとようやく秋田が口を開いた。「ふ~ん」と言って頷いている。


「なるほどね。それなら辻褄も合う。織田さんもそのその頃から違和感を感じてた?」


 


 聞くことに専念していた織田は急に話を振られてパチッと目を開いた。少し記憶を探るような様子をした後、彼女は話し始めた。


 


「そうですね。多分。というか、秋田さんは一学期のことを覚えていないので?」




 もっともな質問だった。周りの環境が激変すれば心へのダメージも大きく深い傷が残るはずだ。つまり昨日のことのように覚えていてもおかしくない。




「それがね~」


 秋田は眉を寄せた。この状況を楽しんでいるようにも苦しんでいるようにも取れる。


 


「覚えていないんだよね。その部分だけがすっぽり抜けたみたいに記憶がないんだ」




 織田は目を見開いた。いくら苦しかったとはいえ忘れてしまうことがあるのだろうか。


 ただ、こうも考えられる。秋田の心は壊れるのを防ぐために記憶を消したのだと。それなら辻褄も会う。




 誰もがあり得ないと思ったことが現実に起こっている。六人は一様に驚きをを隠せない様子だった。




 しばらく沈黙が続いた。秋田の表情は読めない。ただし、他の六人は違った。彼らは精神を落ち着けているようにも、ただ何も考えられないというようにも見える。




 落ち着きを戻してきた頃に端からおずおずと手があがった。秋田が何も言わないので話していいのか迷っているらしい、目を左右に動かして様子を伺っている。文堂はやがて止めるものがいないと分かると席から立って話始める。




「私も高山さんとほぼ同じです。中学一年のころは秋田さんと同じクラスでしたので『噂』が回ってくるのは中間テスト前でした。確か五月下旬だったと思います。詳しい日時は覚えていないのですが、友達が少なかった私にも回ってきたのがその時期なので流されたのはもっと前のはずです」




 噂の内容は高山が言ったものと変わりなかった。


 秋田はうんうんと頷くだけで返事をすることはなかった。同じような情報が波多と剣崎からも告げられると、いよいよ秋田が口を開いた。




「緑君は……、まあいいや。別に特別な情報は持っていないんでしょ?」


 秋田が緑の方を見て問いかけるも彼はうつむいたままで返事をしない。まさに抜け殻に話しかけているようだ。




「それはいいとして、織田さん」


「はい」


 今度は呼ばれることを予想していたのか驚く様子はない。むしろ気合を入れている、心を落ち着かせている様子だ。


「この図書館の資料はあらかた調べたんでしょ? 結果を教えてくれるかな」


「わかりました。初めにこれだけは言わせてください。うちの校長はクソです。救いようのないクズです」


 怒りを滲ませて放たれた織田の言葉に文堂が目を見開く。他の四人も驚いていた。


「失礼、では始めます。この問題を答えるためにはいくつかの資料が必要でした」


 そういって織田は近くから二番目の棚へ行っていくつかの本を持ってきた。表紙のジャンルは様々で偏りがない。本も形や見た目に何ら違和感は抱けず、そのまま置かれていても気付かないだろう。




「この図書館には以前問題で解いた地下牢の存在を示す資料以外にもたくさんの、部外秘であろう資料がありました。これは私の予想なのですが、万が一監査等が入った時に学校の秘密が漏れてしまわないように資料は紙ベースにして図書館へ隠したのでしょう。『木を隠すなら森の中』ってやつです」




 秋田は織田の説明になるほどと納得した様子を見せる。織田はそれを一瞥すると続けた。




「内容は複雑なものでした。まずこの中学校は地元小学校三校からの生徒で構成されています。問題は次なのですが、これら三校の生徒間の仲は非常に悪いということです。それぞれの教育方法に問題があるのか、それとも地域的な価値観が違うのか。それは定かではありません。それでも、三校の生徒たちが集められた私たちの学校にはいじめが絶えなかったのは事実です。そこで数年前に今の校長が派遣されました。すると派遣されてから約一か月ほどでいじめはぴたりと止んだそうです。なぜか。理由は今の校長の方針にありました。彼は三校の生徒たちがいじめや喧嘩を起こさせないために『共通の敵』を作ったのです。それが秋田さんでした。すなわち、校長は学年全体が一丸となって秋田さんのような一人の敵を攻撃することで他校の生徒同士の喧嘩を抑えようとしたのです」




 織田の言葉を聞いて口を開けるものは一人もいなかった。学校の治安維持という大義の下に一人の生徒の人生が踏みにじられる。そんな不運な立場に選ばれた秋田にかける言葉は見つからず、ただ秋田の表情を伺うことでしか反省の意を示すことはできなかった。




 

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