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「さて、じゃあ約束道理名前を教えないとね」


「あの人の名前は――」


 誰かが唾を飲んだ。図書館に緊張がはしる。


「秋田栄太、僕の父だよ」


 大きく目を見開く。誰も予想していなかった答えにみんな驚いているようだ。


 秋田は満足そうにして足を組んだ。


 初め、テロ集団が教室を占拠したとき感じたことは「なんだテロかよ」ということだった。しかし、放送の声に親近感がわいた。どこかで聞いたような口調、陽気さ。もしかしたら父なのではないかと思った。




 なぜこんなことをするんだろうと、彼が現れる度に不安になった。そのため放送やルール説明のときはいつも顔色が悪かったのだ。


 図書館のモニターに写った男を見て確信した。あれは絶対に父だ。手の甲はインドで焼かれたのだろう黒く日焼けしていた。




 父に連絡した時を思い出す。受験でしんどくなるとよく父に連絡していた。


「じゃあ辞めちゃえ。退職願を突きだせー」


「いや、仕事じゃないし」


 こんなやり取りをしていたなぁと懐かしさも感じる。


 よく考えれば父の口調は変だったのだ五十代なのに、無理をして若者に合わせようとしていた節がある。授業参観には来てほしくないタイプだ。




 秋田が感慨に耽っているとようやく整理が着いたのか高山が聞いてくる。


「秋田のお父さん!?」


「うん、紹介が遅れて申し訳ないよ。こちら僕の父、秋田栄太でーす」


 テレビの電源が付いて例の男が、友達にするように手を小さく振った。


「ヤッホー。秋田の父です」


「イタイから、やめて」


 秋田は恥ずかしそうに顔を伏せる。


「ってことで第二問はクリアです」


 陽気で快活な声が図書館に響いた。一問解くたびにそれ相応の休憩時間が与えられるようだし、しばらくは休憩できるだろう。と織田は一息つく。


 それにしてもプライドや誇りが高い人は愚かだとつくづく思う。普段どれだけ優しそうにしていても、一度プライドを気付つけられればすぐにタガが外れる。


 そういう人間は下に見ていた人間がプライドを傷つけてくるのを激しく嫌う。だからこそ化本に穴をかけることができたのだが。




 テレビが消えないことに不信感を抱きつつも図書館は再び平和な空間へと戻ろうとしていた。


「そんじゃ、私帰るね。死体とか見てらんないし」


 一番最初に立ち上がったのは波多だった。彼女は化本の死体を一瞥すると臭い匂いを振り払うように、手をひらひらと振って図書館を出ていこうとする。




 しかし、テレビ――もとい秋田栄太はそれを許さなかった。


「ちょっと待った! 波多さん待ってよ。まだゲームは続くよ」


「は? 一問解いたじゃん。休憩っしょ」


 高圧的な態度をとっているのはわかってる。でもこうしていないとまともな精神は保てない。私にとって孤独と恐怖は耐えられないものだ。秋田は狂ってるし、他のみんなは頼りにならない。唯一織田は頼りになりそうだったけど、化本を誘導して殺した。いくら彼が拷問したといってもそこまでするだろうか。彼女も他のみんな同様信用できない。要するに自分の味方などいないのだ。


 


 波多は平然を装っているもものの本心は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。




 「陽キャ怖っ」


 秋田の父という男はわざとらしくぶるぶると身を震わせる。


「で、続くって何よ」


 この男は不気味すぎて理解ができない。織田は心でそう呟きながら波多と栄太とを交互に見る。精神的には相当なダメージがあるだろうが、文堂のように俯いて震えていないだけ感心できる。それどころかあの不気味なゲームマスターにも高圧的だ。ギャル怖ぇ。




「第三問ってことだよ」


 秋田が波多横目に言った。先ほどの楽しそうな表情と違い真剣な顔つきに変わっていた。唇も固く結ばれている。波多もそれを察したらしく扉へ向かいかけていた足を戻した。




「ってことで仕切りなおして第三問でーす。まあ、これが最終問題かな。これを解いたら生徒全員を解放します」


「つまり『白日の下に晒す』ってこと?」


ここに来て始皇帝――高山がやっと口を開いた。


「よく覚えていたね。その通り第三問はこの学校の本性を白日の下に晒す問題です。では問題。この学校の生徒は数年前から一学年ごとに何名かの失踪者が出ています。それはなぜでしょう。背景や理由を含めて説明してね。それでは、楽しんで」


「ヒントはないの?」


高山は眉を寄せた。モニターの男は画面を切ろうとしていたらしく慌てて画面中央に戻ってきた。


「え、なに? ヒント? それはもう少し時間が経ってから教えてあげる。だってほら」


 男は図書館の天井を指差す。


「全然時間たってないでしょ」


「だからって。あ、待ちなさい!」


 秋田栄太はそれだけ言うと高山の制止を振り切って電源を落とした。他の生徒はというと一様に混乱していた。何から手を付ければいいのかわからないらしい。


 


 そんな彼らを見かねてか、秋田がパンっと手を叩いた。全員が彼に注目する。秋田はジャンプするように椅子から立ち上がった。


「ついにこの時が来たね。学校の謎を明かす時だ。もう、もったいぶるのはやめよう。さあ、誰から話す? 僕は君たちが情報を握っていることを知っている。だから、話すなら今だ」


「もし話さなかったら?」


 無表情だった織田が聞いてくる。


「時間切れでゲームオーバー。全員死ぬ」


 ニコッと笑みを浮かべる。『死ぬ』その単語が聞こえた瞬間文堂は体を震わせた。


 しばらくは相手の出方を覗う時間が続いた。誰も自分からは話したがらない。


「いいわ、私が話す。私の知ってる限りの情報を」


 高山は勢いよく立ち上がった。始皇帝にはこの時間が耐えられなかったらしい。

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