5
「何よあれ」
高山が呟く。その呟きを聞いて秋田は「あ、そうそう」と言って制服のジャケットからピストルを取り出した。
「答えは教えてもらったから僕だけが知ってる。知りたかったらこの中の誰かが一人殺してね」
「もし、殺さなかったら?」
織田の問いに秋田は天井を指差した。それだけで十分だった。天井では教師が一人逆さ吊りになっていた。もし、誰も殺さなければ教師が全員目の前で死ぬ。秋田はそれに耐えられるのかと聞いているようにもとれる。
「全員が死んだら次は僕たちが彼らになる」
それで化本や緑の頭によぎったことも意味がなくなる。彼らを見殺しにするなら容易いのだが自分たちが死ぬのなら仕方がない。秋田に従って誰かを殺す他ないだろう。しかし、それは願ってもない状況だ。化本は緑を小突いて指示を出す。緑の動きは早くすぐさま秋田からピストルをもぎ取った。
「いいね~。意欲的で助かるよ」
秋田は緑へではなく化本を見ていた。明らかな挑発だ。
「緑、貸せ」
そういって緑からピストルを受け取り秋田へ向ける。しかし、彼は動じない。それもそのはず、彼を殺せば答えは消えていずれ自分たちが死ぬことになる。
「一応、説明しとくと弾は一発で安全装置は外してあるから引き金を引けば弾が発射されるよ。さあ、どうする? もちろん僕を撃ってもいいよ」
秋田は馬鹿にしたような笑みを化本に向ける。形勢は明らかに秋田へ傾いていた。織田を拷問する時と違って悔しさが顔に滲み出ていた。不気味な笑顔も、秋田の笑みに鳴りを潜めていた。
化本が銃口を向けたのは織田だった。
「織田さん、申し訳ないけど運が僕に味方したようだ」
化本は至近距離まで行って織田の額に銃口を押し付ける。織田は……哀れな動物に向けるような目をしていた。
「ば、化本さん、待ってください! 話し合うべきです」
文堂が駆け寄るのを緑が止める。
「何を言ってるんだ。奴を殺せるんだぞ、それにゲームもクリアできる。一石二鳥じゃないか」
その言葉に化本は引き金を引くのをためらう。何か裏があるのではないか。頭の中でサイレンが鳴り響いていた。このまま引き金を引けば間違いなく織田は死ぬ。ならなぜ秋田は織田を守ったのだろう。図書館に入ってくるタイミングは絶妙だった。明らかに織田殺害を防ぐためのものだ。化本は眉を寄せて考える。それを織田は揶揄した。
「はぁ~。さっさと殺せばいいじゃないですか。気の弱い人ですね。私を殺そうと促した時も緑さんが名乗り出るまで黙っていたじゃないですか。情けないですね。私は別に死んでも呪ったりしませんよ」
ふふっと控えめな笑いが漏れる。化本の理性は崩壊しかけていた。
「俺たちの会話を聞いていたのか」
「もちろんですよ。興味深い資料もたんまりと持っています。正直あなたに言い当てられて驚きましたよ。でも、とっさの言い訳に少しためらっていたのは意外でした」
またも小ばかにしたような笑いが漏れる。化本は「うるさい!」と言って叫んだ。
「うおおおー」
拳銃を握りしめる手に力が入る。罠だろうが関係ない。この小さくて憎たらしい女の死にざまを見てやりたい。化本の理性はとっくに外れており今は織田を殺すことだけに集中していた。
引き金にかけた指に少しずつ力を入れる。脳が罠だと告げたが体は言うことを聞かない。目をつぶって引き金を勢い良く引いた。
「パンッ」
血しぶきが上がり床と壁が赤く染まる。その後ドサッと倒れる音がする。化本は額にぽっかりと穴をあけて床に倒れた。秋田に渡されたピストルは、引き金を引くと弾が逆に発射される仕組みになっていたようだ。
織田は化本を一瞥して銃口を押し付けられた額をさすった。額には丸い痕が残っていて、化本が力を込めていたことが分かる。
「その鋭い頭も高いプライドには勝てませんでしたか」
「お見事! すごいよ織田さん」
他の五人が呆然と立ち尽くす中、秋田は劇の終演を見ているかのように拍手をする。
織田はふぅとため息を吐いて腰を休める。やっと化本から解放された。
文堂も安心したのか織田と同じく椅子に腰かけた。他の四人もそれに倣った。安息の時が訪れる。ただ一人緑だけが魂が抜けた殻のようになっていた。目線はどこか遠くを見ているようで、それは彼の狂気の終わりを告げている。
全員がが一息ついたころ秋田がパンッと手を叩いて言った。
「さて、じゃあ約束道理名前を教えないとね」
「あの人の名前は――」
誰かが唾を飲んだ。図書館に緊張がはしる。
次回、いよいよ謎の男の正体が明らかに……
いかがでしたでしょうか? 冬の氷柱では衝撃の事実をどんどん出していきますので、皆様楽しみにしていただけると幸いです。
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