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しばらくは誰も話さなかった。ただ化本をじっと見つめる時間が続く。彼は顔に手を当て考えている。彼に生殺与奪の権を握られているため、手が動くだけで肩をぶるっと震わせた。
化本は息を深く吸うと冷たい目で織田を一瞥する。
「理屈は通っている。反論の余地もない。ただ、君なら文堂に聞いてみるんじゃないかな?」
額から冷や汗が垂れる。心臓がどくどくと脈打っているた。
「それに、これだけの賭けに出るなら理屈を用意することなど簡単だ。それに僕たちが話し合っていた時に資料をもとの場所に戻すことだって可能だ」
化本の推理通りだった。織田はゲーム開始を告げた後、散らかっていた資料を書架に戻していた。この作戦を思いついたのが今朝、朝食を運んでいる時だ。直近のゲームから何日も経っているためそろそろ次のゲームが始めると思い慌てて招集をかけた。そのため寝泊りしていた図書館を片付ける時間がなく、仕方ないので他のみんなが話し合っている隙に資料を戻すことにしたのだ。
「第一、決定打に欠ける。『何をしたのか』という疑問でアプローチしたいのなら文堂に詰めよればいい。でもそうはしなかった。理由は確証があったからだ。違うかな?」
化本は軽薄な笑みを浮かべていた。もう打つ手はない、化本を甘く見ていたが彼の推理は鋭い。全て見透かされている気分だ。一度織田から距離を取っていた緑が鉛筆を持って近づいてきた。獲物を狩る前の猫のようにそうっと近づいてくる。
織田は椅子に深く座って足を組んだ。目をゆっくりと閉じ眠るような姿勢をとった。自分は賭けに負けただけではない。大負けしてしまった。もう逃げることは許されない。唯一の救いとしては本に囲まれていることだろうか。霊になったらいくらでもここの本が読めるなぁと場違いな感情まで浮かんでいた。
緑が鉛筆を織田の首めがけて振り上げる音がした。織田は体の力を抜いて鉛筆が突き刺さる瞬間を待つ。
バンッ
図書館の戸が勢いよく蹴り開けられる。
「やっほー。君たち楽しそうなことしてるね。僕も混ぜてよ」
鉛筆を振り上げた緑含め全員が固まった。
現れたのは満面の笑みを浮かべた秋田だった。口調も変わっていて今朝とも大違いだ。
秋田が現れてもなお、緑が鉛筆を振り上げたままなのを一瞥し、秋田は横にさっとジャンプする。秋田の後ろにはライフルを持った覆面の男が2人並んでいた。
「緑君、やるの?」
人の生き死にがかかっているというのにやけに楽しそうな口ぶりだ。織田はムッとした表情で秋田を見る。男らが抱えているライフルの銃口が緑へと向けられる。
「緑、やめとけ」
化本の言葉で鉛筆は床に転がった。振り向くと悔しそうな顔をしていた。ニコッと会釈しておく。
秋田はスキップでもするように歩いて行って、背もたれの高いふかふかの椅子に腰を落ち着けた。情報量が多すぎて全員フリーズしている。化本でさえ状況が理解できていないらしく目を見開いて固まっている。
秋田がパンと手を叩くとテレビの電源がつく。
「みんな、次の問題を解こう」
口元に深いしわを作って笑う。この場の誰も理解できない深い笑みだ。全員、背筋が凍るような恐ろしさを感じていた。
テレビに例の男が現れる。彼の方は何も変わっておらず、陽気に話始めた。
「ごーめーん。何日間も待たせて、退屈だったよね? ほんとごめん。あ、今反省してないと思ったでしょ」
誰もそんな感情は抱いていなかったが、秋田は爆笑していた。
「おっさんが若者喋りって、やっぱキッツいなぁ~」
今まで彼が話している時は気分が悪そうだったのになぜこうも嬉しそうなのだろう。今の秋田の笑みには単純な笑いで不気味さは一切ない。高山は強い違和感を覚えたのだった。
「そ、そんなこと言わないでよ。デホォルトがこれだから。で、反省の意を込めて今回は簡単なゲームにします。問題! チャーラン」
秋田がまたフッと笑う。
「僕の名前は何でしょう?」
「は?」
波多が声をあげる。
「そんなの知るわけないっしょ。どうしろってんの? また図書館を這いずり回るなんていやよ」
男はまあまあといって宥める仕草をする。
「もちろんヒントもあるから。ヒントは―……」
全員が耳を傾ける。
「秋田君に聞いてね」
「それヒントやないねん」
秋田が似非関西弁で突っ込みを入れる。それにずっこけてもいた。なぜ関西弁なのだろうと織田は思った。
「それじゃあ、楽しんで」
「お? 逃げるなー」
秋田はとても楽しそうだ。例の男は「いやだー」と言ってぷちっと電源を落とした。
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