3

「正気か?」


 剣崎は驚いたように緑を見た。


「いいのか剣崎。もしこれが日本中にばれたら、俺らは一巻の終わりだ。それに生き残ったやつだって、化本の言う通り被害者では済まない」


「そりゃそうだが。俺にはできない。あんな子を殺すなんてできっこない」


「それは心配すんな。俺が片付ける。みんなもそれでいいよな?」


 異を唱える者は一人としていなかった。緑に対する印象が百八十度変わった瞬間だった。もともとは真面目な運動部というイメージだったが、化本の印象に反して心の中にとてつもない怪物を飼っていたのかもしれない。




 制限時間:残り四十分


 全員の動きは速かった。ゲームが始まる前まで手持ち無沙汰だったこともあってか、広い図書館も今では狭く感じた。織田は六人の会話を一階からひそかに盗み聞きしていた。一か八かの賭けに失敗するのは予想通りだったが、緑の凶暴化には背筋が凍った。猛獣のような勢いと、纏う冷徹なオーラ。およそ人間のものとは思えない反応に覗くのをやめてしまった。


 織田は彼らに気づかれないように目的の場所へと走る。


 さすが陸上部というべきか見つかるまでに五分とかからなかった。


「何か見つけましたか? 私の方はまだ何も見つかっていません」


「往生際が悪いな。来い!」


 そういうと、緑は織田の手首を強く引っ張る。


「い、痛い。離してください」


 織田の抗議には耳もくれず手首に込められる力は一段と強くなった。書架を抜け固い木の椅子に座るように促される。


 化本が優しそうな笑みを浮かべながら向かってくる。あの会話を盗み聞きしていた織田にとっては不気味でしかなかった。


「織田さん、これは君が計画したゲームだね」


 有無を言わさぬ圧力に押し潰されそうだ。


「はい」


「さて、単刀直入に聞こうか。どこまで知ってる?」


「何のことを言っているのかわからないのですが」


「嘘つけ!」


 剣崎が怒鳴りつける。今にも飛び掛かってきそうだ。


「嘘じゃありません!」


  そう答えた瞬間、視界が反転する。続いて後頭部と腹部への痛みを感じる。椅子ごと誰かに蹴り倒されたようだ。キャッという悲鳴が上がる。多分文堂だろう。彼女はまだ拷問に抵抗があるようで、視線には申し訳なさが滲み出ている。


「これ以上嘘をつくなら覚悟した方がいい」


 蹴り倒してきたのは緑だった。遠くから覗き見た通り猛獣のような印象を受ける。剣崎とは違い、こちらは感情的になって攻撃するタイプではないらしい。蹴り方も正中線に沿っていてとても痛い。織田はうずくまっていた。


「質問を変えようか。秋田君に関する資料はどこにあった?」


蹲った織田を見ても化本の口調には何ら変化は見られない。手加減はしてくれないのだろう。織田は歯を食いしばった。


「な、なんでこんなことするんですか。私が何をしたっていうんですか」


 答えは決まっている。どれだけ拷問されようとも、知っていると言った暁には殺される。緑や他の人の様子を見るに問答無用で殺される筈だ。だからここは耐え凌がねばならない。


 緑が無理やり椅子ごと起こしてくる。顔を掴まれ化本の方へとむけられる。掴まれた部分に鈍痛が走った。


「質問に答えてもらおうか。資料はどこに?」


 彼は織田にニコリと笑いかけてくる。「この学校は狂ってる」という秋田の言葉が甦ってくる。


「知りません」


「じゃあしょうがない。みどり」


「待ってください」


 緑の振り上げた拳が化本の指示で止められる。化本は織田に先を促した。ここが正念場だ、織田は文堂に視線を向けて話す。


「ゲームをでっち上げたのは事実です。理由は皆さん何か隠しているようでしたから、それが知りたかったんです」


「それで?」


 化本は思考をめぐらせているようだ。


「直近の問題で秋田さんは最後おかしなことを仰ってました。『僕は二年以上学校の誰とも話していない。いや、無視をされていたんだ。それだけじゃない。いじめを受けていた。みんな靴に画びょうって入ってたことある?』と。ここから推測できるのは中学三年生全体が秋田さんに危害を加えていたということ。でも動機が分かりません。10人や20人程度なら理解できます。でもなぜ学年全員なのか。その理由を直接聞くのはリスクが高すぎます。なので『秋田さんは学校で何をされていたか』という質問をしました。皆さんを試すようなことをして申し訳ありません」


 


 織田は立って頭を下げる。顔をあげれば文堂の安心しきった顔が見えた。文堂を見ながら話をしたのは同情が得られやすいと思ったからだ。最悪説明に失敗したとしても彼女なら止めに入るかもしれない。そんな淡い希望のもと彼女を見ていたのだ。


 

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