白球
口羽龍
白球
9月上旬の日曜日、敬太(けいた)は座敷でゴロゴロしていた。暦の上ではもう秋なのに、まるで夏のような日々が続いている。残暑が続いている。暑すぎてやる気が出ない。
ふと、敬太は気づいた。座敷の物置が開いている。普通は閉じているのに。この中には何があるんだろう。調べてみたいな。
敬太は立ち上がり、物置の中を調べた。その中には敷布団がある。たまに親戚がやってくることがあるので、そのためにあるんだろう。
何も変わったのがなさそうだと思ったその時、物置の下の小箱が目に入った。この中には何があるんだろう。ひょっとして、家族の宝物だろうか? 中を開けて、調べたいな。
敬太はその小箱を手に取り、ふたを開けた。そこには、汚れた野球のボールがある。このボールは、一体何だろう。敬太は首をかしげた。
「あれ? これは野球のボール・・・」
と、そこに父、勇人(はやと)がやって来た。勇人はこの家の近くの中学校で教員をしながら、野球部の顧問をしている。敬太が野球をやるようになり、リトルリーグでレギュラーとして活躍しているには、勇人の影響だそうだ。
敬太は誰かの気配に気づき、振り向いた。そこには、勇人がいる。
「どうした?」
「お父さん、これ、何?」
勇人はボールを見た。それを見て、勇人は少し泣きそうになった。このボールには、悲しい思い出があるんだろうか?
「野球のボールだけど」
「どうしてこんなものが?」
敬太は思った。どうしてこんなのが座敷にあるんだろう。勇人の大切な宝物だろうか?
「知りたいか?」
「うん」
すると、勇人は外を見た。何かを思い出したような表情だ。やはり、このボールには、ある思い出があるようだ。
「お父さん、昔、夏の甲子園に出た事があるんだ」
「本当に?」
敬太は驚いた。春の甲子園や夏の甲子園は、毎年見ていてる。そして、自分も出たいと思っている。だが、勇人が甲子園に出場したというのは驚きだ。それだけの実力があったとは。その中には、プロに進んだ人や、大学や社会人からプロに入った人もいるんだろうか? もしいたら、教えてほしいな。
「うん。だけど、このボールにはある意味、思い出があるんだ」
「どんな思い出なの?」
敬太は目を光らせた。その話を聞きたいな。きっと、素晴らしいエピソードがあるに違いない。
「知りたいか?」
「うん」
勇人はそのボールに秘められた思い出を語り出した。
それは高校3年の夏だった。高校3年にして、ようやく来れた夏の甲子園。毎年毎年、県大会の優勝候補と言われながらも、なかなか手が届かなかった。だけど、やっと来れた。本当に嬉しい。開会式の入場行進の時は感動した。ずっとずっとここを目標にしてきた3年間。思う存分楽しもう。
勇人の高校は3日目に登場した。相手は決して強くないが、油断はできない。県大会の準決勝も決勝も逆転勝ちで甲子園にやって来た。粘りに注意だ。
9回表2アウトまでやって来た。だが、ここに来て初めてピンチになった。1-0で勝っているが、2塁と3塁にランナーがいる。1打でサヨナラのピンチだが、あと1人だ。ここが勝負時だ。あとひと踏ん張りだ。頑張らねば。
「あと1人だ! 気合いを入れよう!」
「ああ」
ショートを守っている高木の声に、センターを守っている勇人は反応した。
「あと1人で初戦突破できる! あと少しだ! 頑張るぞ!」
「うん!」
今度はセカンドの木下が声をかけた。2人とも3年生で、同級生だ。これが3年間の集大成だ。ここで終わるわけにはいかない。もっと勝ち進んで、このメンバーともっと長く野球がしたい。
と、バッターの打ったボールが舞い上がった。
「上がったぞ!」
ボールはセカンドとセンターの間ぐらいに落ちそうだ。これを取れば勝てる。勇人は走った。セカンドも走ったが、勇人なら取れると思ったので、途中であきらめた。
「勇人、取れ!」
勇人はヘッドスライディングで取ろうとした。だが、あと少しの所でバウンドしてしまった。ヒットになった。すでに3塁ランナーは生還していて、2塁ランナーは3塁を回っている。サヨナラにならないためにも、早くホームに返さないと。勇人は全力で投げた。
「あっ・・・」
だが、ボールはジャンプしたキャッチャーの上を通り過ぎていった。それを見て、相手チームは喜んだ。そして、勇人はその意味がサヨナラ負けだと知った。
「そんな・・・。逆転サヨナラ負け・・・」
勇人はその場に倒れこみ、悔し涙を流した。俺がしっかりと投げていなければ、こんな事にならなかったのに。勝てたかもしれないのに。
「つらいよな・・・。つらいよな・・・」
勇人は顔を上げた。そこには高木がいる。高木も涙ぐんでいる。だが、ホームベースに行ってお辞儀をしなければ。これが高校野球のルールだ。
勇人らはホームベースに行き、お辞儀をした。すると、甲子園球場のサイレンが鳴った。それは、試合の終わり、そして、青春の終わりを告げるサイレンだ。あまりにも悲しい音色に聞こえる。
その後、勇人は宿舎に戻ってからも泣いていた。あまりにもつらいからだ。自分のミスで負けてしまった。みんなからどう言われるだろう。ひどい事を言われるかもしれなくて、怖い。
「ごめん・・・。ごめん・・・」
「いいんだよ。一球の重さ、知っただろ?」
肩を叩かれて、勇人は顔を上げた。そこには、監督がいる。監督は笑顔だ。今までの厳しさがまるで嘘のようだ。
「うん」
「それを、これからの人生に生かせばいいじゃん」
監督は優しい表情だ。その時、勇人は思った。こんな監督になれたらいいな。初めて憧れの人に出会ったようだ。
「でも、俺のせいで負けたんでしょ?」
「もうその事はいいから、今日はゆっくりしよう」
「うん・・・」
勇人はその時まで夢を持ったことが全くなかった。だけどその時、ある目標ができた。こんな先生になって、野球部の監督になりたい。
いつの間にか、勇人は涙を流していた。あの時の事を思い出したからだろう。
「その時のボールだったんだ」
「その時の教訓を生かして、一球の重さを伝えるために、中学校で野球を教えてるんだ」
敬太は教えている所を見た事がない。だけど、この日の思いを胸に、みんなに教えているんだろうな。
「そうなんだ」
「もう青春は戻ってこない。だけど、心の中ではずっとあり続ける。そして、人生はこれからも続いていく。だから、この日この時を忘れずに、生きていくんだ」
勇人は思った。もう青春は戻ってこないけど、心の中ではずっと続いてる。その思いを胸に、毎日を生きている。
その時、敬太は思った。勇人のように、高校生になったら甲子園に出てみたいな。それで、何かを得る事ができるのなら。
「そうなんだ。僕も高校生になったら、甲子園に行きたいな」
「行きたいだろ? なら、もっと頑張らないとな」
「うん」
勇人は敬太の頭を撫でた。勇人の思い出を真剣に聞いてくれた事に感謝したいんだろうか?
次の日、月曜日の夕方、友達の家で遊んだ帰りだ。ここは勇人が勤めている中学校だ。中学生の一部は運動系の部活に所属していて、その練習が夕方6時ぐらいまで続いている。
ふと、敬太は思った。野球場に勇人はいるんだろうか?敬太は自転車を野球場の前で停め、野球場を見渡した。そこには勇人がいる。
「お父さん?」
勇人はその声に気づいた。そこには敬太がいる。まさかここで会うとは。それを聞いて、勇人は敬太の元に向かった。
「お父さん、頑張ってるね」
「うん」
「きっと、あの時の教訓を胸に、頑張ってるんだろうね」
その姿を見て、敬太はかっこいいと感じた。あの時の監督になりたい、近づきたいと思って頑張っているんだな。
白球 口羽龍 @ryo_kuchiba
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます