本屋にて

千史

本屋にて

 久々に本屋に来た。別に買いたい本などないのだが、本屋に来ることで本と向き合うきっかけを作れると思った。しかし、まぁこうして実際来てみると、ただ規則正しく本が並べられているだけの空間である。つまりはただの本屋である。私の記憶では、創作という苦行をあたかも心躍る冒険のように錯覚させてくれる魔法の空間だった。たしかに昔はそうだったのだ。

 まず雑誌のコーナーに来た。ここの本屋では一番左の棚にあり、レジが右側にあるので立ち読みがしやすく、さらにはレジ前の文芸コーナーから最も遠い位置となる。来てみると、想像よりも色味がなかった。以前は未踏のコーナーであったが、目の端っこに映った情報を元にした想像ではイルミネーションのように光る魅惑の表紙たちが並んでいるものだと思っていた。これには拍子抜けだ。実は魅惑の雑誌たちが今私を取り巻く問題を嘲笑い跳ね飛ばしてくれるのではないか期待を込めてもいたのだ。何か一冊買おうとまで思っていた次第ではあったが、まさかこんな裏切るが待っているとは。

 その後、角を曲がって漫画コーナー、次にライトノベルコーナ―、教本コーナー、ビジネス本コーナー、外国文学コーナーまでやってきた。ここで足取りが鈍くなり、心臓の重さを確かに感じた。ふと何かを探したくなった。頭の中をなにかで埋めたくなった。咄嗟に浮かんだのはサンデグジュ・ペリだった。もちろん読んだことはあった、ただ別に好きなわけじゃなかった。特に私は飛行機などに興味を持てなかったので、『人間の土地』を、半ば課題をこなすような感覚で読み、それから特に触れることはなかった。ただデグジュペリという音が面白くすぐに名前は覚えた。やがて狙い通りデグジュペリはすぐに私の頭を埋め尽くし、夢中になって探した。実にくだらないことだが集中という感覚が懐かしかった。

さぁ、『夜間飛行』のあらすじも『星の王子さま』のあらすじも読み終えた私は決断を迫られていた。帰るか、横のコーナーに進むか。その先から聞こえるバーコードリーダーの音が時限爆弾のように私を焦らせる。何にも追われてはいない、けどこの感覚は「焦る」に非常に近い気がする。いや、もしかしたら何かに追われているのかもしれない。いや、追われている。そしてそれを私は知っている。でも逃げ疲れてそれが何かもわからなくなってしまったのが最近の私だ。そしてそいつと対峙しようとここまで来たのが今日である。

 日本文芸コーナー。平積みされている本。ポップアップにはこう書かれている。「第164回〇〇賞大賞作品」誕生日でも祝うような文字だ。164ってことは私のはもう14年前だ。そうか。そうか。願う気持ちで手にとって、あらすじを読んでみた。ありきたりな設定に、つまらないストーリー。アーティスティックなデザインの表紙がなんとか気を引かせようと必死だ。ストレートに言えば駄作だ。まさに14年前の私の本だ。あぁ胸が痛い。身にあわない賞を背負わされ、我が身を守る手段で合ったはずの創作に裏切られる日はきっと近い。かわいそうに。かわいそうに。かわいそうだ。かわいそうだ。丁寧に丁寧に、その本を元の位置へ戻した。これはあの頃の私の化身だ。傷ひとつ付けてもならない。それが唯一私のできることだった。

 私は本たちに恨みを込めて、店を後にした。

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本屋にて 千史 @omorisenji

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