第15話 「帰さないというなら、会いに行きましょう!」
森に入っていったセバスチャンとベルダはすぐさま戻ってきた。それも、東の道に入ったと言うのに、西の道から出てきた。
その異常さに、誰もが言葉を失った。
「セバス、ベルダ、道を間違えたのか?」
「そんなことはありません。来た道を確かに進んだのですが……」
「俺、もう一度行ってきます!」
「ベルダ、一人では危険だ! アルフレッド様、失礼します!」
若いベルダは、セバスチャンの制止を聞かずに、馬を駆っていってしまった。それを、すぐさま彼も追いかける。
「……これは、どういうことなの?」
「リリー、何が起きているか分かりませんので、どうか、馬車でお待ちを」
「でも……」
「誰かが魔法で道を歪めたのかもしれません」
「道を、歪める?」
「見えない壁を作り、誘導するのです。未踏遺跡にはよくあることですが」
「では、あの塔の見えざる所有者が?」
「分かりません。とにかく、今は馬車に──」
促されて馬車のステップに足をかけた私は、馬の嘶く声に振り返った。
今さっき駆けていった馬が、そこにいいた。
私たちが馬車で廻っていた時よりも、先ほど、セバスチャンとベルダが二人でそろって向かったよりも、はるかに早い時間で彼らは戻ってきた。
こんなこと、常識では考えられないわ。常識外の力が働いているのよ。
冒険譚や伝承に描かれるような、見えない引力をそこに感じ、私の胸がざわめき始めた。
だって、帰れないならやることは決まっているじゃない。
「私、アルフレッドとは一生、口を利かないつもりでした」
「リリー……それでも構わないので、今は、馬車にいてください」
「嫌です!」
ステップから降りて、アルフレッドを見上げた私はどんな顔をしていたのだろうか。
目を見開いたアルフレッドが私をじっと見ている。いつもきれいな顔をしているのに、こんな驚いた顔をするのね。きっと、鳩が豆鉄砲を食ったようって言うのは、こういう時に使う表現だわ。
困った顔で微笑んだアルフレッドは私に向き直ると、少し躊躇しながら手を伸ばしてきた。
大きな彼の手が、そっと肩に置かれる。
「ここは、危ないのですよ」
「分かっています」
「姿なき所有者が、何か仕掛けているかもしれません」
「何かとは?」
「それが分からないので、今、馬車の車輪の後を追って──」
「でも、馬車の中でじっとしていれば安全という確証もないわ!」
アルフレッドの手を取り、私は口角を上げる。
「姿なき所有者は、私たちを帰したくないのよ」
風が吹き上げ、私の赤毛を弄ぶように揺らしていく。その瞬間、何か声のようなものが聞こえたようだった。笑い声ではないわ。恨めしいようなものでもない。なにかこう、囁いて過ぎていくの。
風が向かう先は、枯れた遺跡。
「帰さないというなら、会いに行きましょう!」
「待ってください。先ほど、追い出されたんですよ? 次もまた、同じことがあったら──」
「守ってくれるでしょ? 義務なのだから」
「それは……危険と分かっていながら、行かせるなどと」
「あなたが守ってくれないなら、私が守るわ。私のことも、皆のことも」
瞳を閉じて胸の前で手を握りしめ、私は大きく息を吸いこんだ。
全身を流れる魔力が、指先に優しいぬくもりとなって集まってゆく。次第に、それは薔薇の蕾のように手の中で存在感を示した。
ゆっくりと瞳を開け、掌を広げると光が膨れ上がった。
「祈りましょう。守りましょう──プロテクト・サークル!」
溢れた光はまるで蕾が花開くように大きくなり、巨大な魔法陣を展開させた。
その時、風が抜けた。
──……きみは……ダレ……
誰かが囁いた。
「誰かが私を呼んでる?」
「リリー?」
魔法陣から吹き上がった光は私の全身を覆い、アルフレッドを覆っていく。メアリーにセバスチャン、ベルダ、この場にいる従者や騎士、仲間を覆っていった。
──……それ……で…………その、ちから、で……
また、囁く声が聞こえた。
聞こえてくる先を仰ぎ見た私は、アルフレッドの手を掴んだ。
「アルフレッド、行きましょう! 姿なき所有者は、私を呼んでいるのよ」
「姿なき所有者が?」
「どうしてかは分からない。でも……」
風が吹いた。
「助けを求めているような気がするの」
「……罠だとは思わないのですか?」
厳しい言葉に一瞬だけ心が躊躇した。
確証がある訳じゃないけど、これはただの勘だと思うけど、それでも──
「私は百年に一度の癒し手よ。助けを求める者がいるなら、手を差し伸べたいわ」
「リリー、貴女という人は……」
私の手を握り返してきたアルフレッドを見上げると、そこには、ため息をつきながらも微笑む顔があった。
「もしもの時は……何とかしてくれるでしょ?」
そう問い返せば、アルフレッドはどこか嬉しそうに笑った。そして、仰せのままにと返し、私の手を放すことなく、皆に指示を出し始めた。
待っていて、姿なき所有者。あなたが何を求めているのか分からないけど、今度こそ、会いましょう。
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2023/09/20 日埜和なこ
恋の魔法は使えないけれど、枯れた遺跡を復活させる魔法は任せてください! 日埜和なこ @hinowasanchi
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