異形の守護者

 少し時間が遡る。


時刻 21:33

長野県・茅野市 蓼科高原 白樺湖湖畔


藤間重工業株式会社 旧蓼科工廠跡

 そう標識が施されているおおやけには廃工場ということになっている廃墟群の敷地に、制服姿の稜江奈々は訪れていた。

 ただの女子高生でしかない彼女が、こんな時間に、何故ここにいるのか。そう疑問に思う者はここにはいない。

 彼女がある建物に入ると、廃墟であるはずなのに稼働しているエレベーターに乗り込み、地下階へと降りて行った。

 その間、彼女は一人で乗るエレベーターの中で制服を脱ぎ特殊な衣装に着替え始めていた。

 彼女の身体にぴったりに合わせられたボディスーツの様なそれは肩や脇腹、太股など一部が露出しており、少し冷える。さらに首・手首・足首にそれぞれ枷の様な器具を取り付けていた。

 頭部にもヘッドセットを装着し、これで彼女も準備が整っていた。丁度そんなタイミングでエレベーターは目的である最下層に辿り着く。

 扉が開いたその先は、慣れない者からすれば未来的にも感じる、まさに『謎の秘密結社の秘密基地』的な趣をした空間。


 そんな奈々を、青い作務衣ツナギを身に纏った女性が出迎える。藤間渚――奈々の義姉だ。

「やっと来たか!」

「ごめん。ちょっと乗り換えに手間取って」

 呆れ気味に叱責されたところで謝る奈々。

 彼女がやってきたのは、がらんどうになった空間。その中心にある台座には、巨大な円盤状と言えなくもない、何とも形容しがたい姿をした機械が鎮座していた。

 円盤というにはあまりにも歪であり、強いて言うなら亀の甲羅の様な形状をしているが、天井部に魚鱗の様にびっしりと小さい装甲が施されている。

「おまたせ」

 その機体に向かい、奈々は微笑む。

 これから彼女が搭乗しようというのだ。

「出動自体はままあったが、本格的な戦闘は初めてだろう」

「わかってる」

甲王先代が託した牙だ。早々壊れるもんでもないが、大事にな」

「うん」

 それだけ伝え、他の整備士達と共にそこから退避した。


「総員、退避ィィィッ!!!」

 渚の号令によって作業員達が一斉に退避する中、機体の下腹部で中釣りになっているパイロットシートに座った奈々。

 するとシートが上に持ち上がり、機体の中へと収納される。

「パイロットシート、収納完了」

 格納され仰向けの様になった奈々は、その姿勢のまま操縦桿を操作し、機体を起動する準備を行う。

 五本指用の輪が中に入った箱形の操縦桿。そこに指を入れると、腕輪が固定具の様なものに拘束される。

「神経接続、準備完了」

 脚も固定具によって固定され、肩・脇腹・太股・脹脛ふくらはぎなど衣装から露出した部位に合わせて器具がシート脇から出現し所定の部位に接着した。

「接続開始」

 彼女がそう言った直後。

「――――ッ……!!!」

 一瞬身震いし、

「んっ、あっ……!!!」

 襲い来る感覚に耐えかねて息を漏らす。

 この機体を起動する際に起こる副作用。機体と同期した際に動力の位置にある自分の部位が、巨大な生物の心臓に置き換わって激しく脈打ち始める様な感覚。その感覚に、堪らず悶えて目を瞑る。

「――――んっ、ぅあぁっ……あぁぁっ!!!」

 言葉に成らない声を零して奈々は喘ぎ、一際激しく仰け反った。

 全身から発汗し、太股の内側を幾筋か液体が伝っていく。

「……はぁ……ぁあっ……んっ……!!!」

 一瞬で限界まで達しビクビクと身体が震える中、同時にこの機体のメインモニターが点灯した。

「はぁ、はぁ、……PEISピースリアクター、正常稼働状態……」

 息を荒げながらも、奈々はそのまま行程操作シークエンスを続ける。

「オールビュー・モニター、正常に稼働……」

 段々と荒かった息は収まってきた。

 同時に視界がクリアになる。

「機体コード……GM-X01、……起動、成功……!」

 軽快な音を立てながら、鱗の様にびっしり並んだ上部装甲群が一斉に開き、開いた空間から蒸気を排出してまた一斉に閉じた。

「急速排熱機構、正常稼働確認。

メインスラスター――――点火ッ!」



 何故彼女達はこんな機械を運用しているのか。


 それは彼女達の家族の正体に関わっている。


 『藤間重工の社長一家』と『その運営する会社』というのは、世を忍ぶ仮の姿 兼 副業に過ぎない。


 私設武装組織〈ディサイア〉――世界の恒久的な平和を維持する為に秘密裏に存在する武装組織である。




横須賀 観音崎警備所

『砲台が突破された!

八九式部隊一班、後退しながら射撃!』

「りょ……了解ッ!!!」

 槌出内の号令により、美優は自身の搭乗する八九式騎甲戦車前期型を後退させる。

 旧型とはいえ、足裏には超電磁高速回転履帯を備えており爪先の方向や重心を変えるだけで歩行するより速く、スムーズな機動ができた。

 後退しながら、二〇式70.0mm携行電磁砲を射撃する。

 ローレンツ力により加速された70mm砲用の榴弾や徹甲弾が発射され、それらが機壊獣の足元に着弾し爆ぜる。

 徹甲弾も命中しているものがあるが、ほとんど大柄な頭部の装甲に阻まれて弾かれている。

『何でよりにもよって機壊獣はこうも!』

『前からそうでしょう!』

『そりゃそうだけどッッ!』

 北島、蒲田らの乗る機体達もそれに続き行動を開始。

 そのコクピット内で吐き捨てた、北島の言い分ももっともだ。

 機壊獣の出現場所にはのだ。出現した都市のほとんどは主要都市でもなく、襲う理由もメリットも考えられない。機械コンピューターの仕業にしても無駄が在り過ぎていた。

『考えている暇があったら撃て!』

『撃ってますよ!』

 槌出内が注意を促したところで、北島が食い気味で返す。

 そうこうしているうちに、既に押され気味になっていた。レーダーに映る限りではもう二十機以上も上陸しているからだ。

 何機か倒すことに成功する。

 行ける、と。確信した。その時だった。

 槌出内の八九式が、突然後ろ向きに転倒する。

 一同は誰もが一瞬何が起こったか理解できなかった。だが、軽く爆ぜて黒い煙を放つその機体のコクピットブロックが、機体が仰向けに倒れた直後に遅れてベイルアウトされることで状況を嫌でも理解させられる。

『……た、隊長ぉぉぉっ!!!』

「槌出内、二尉……?」

 美優が、呟いている。

「嘘、ですよね……?」

 ただ呆然と、呟く様に問いかける。 

『止まるな河田!』

 未だに信じられない美優を現実に引き戻したのは、北島だった。

『こいつら砲撃してきやがる!!!

止まっていたら撃たれるぞ!!!』

「は、はい!!!」

 涙目になりながらも、建物に注意しつつ蛇行しながら二〇式電磁砲に榴弾を装填し、射撃。

 徹甲弾は殆ど効果がない以上は榴弾で時間を稼ぐしかない。だが、

『──嘘っ!!?』

 蒲田の機体が、脚を穿たれて転倒してしまう。そこに何体もの機壊獣が群がってきた。

「蒲田先輩!!!」

 蒲田の八九式は頭部機銃、胴体部機関砲、携行電磁砲を連射し続けたが、その抵抗も空しく複数体に群がられてしまう。

『糞ォォォッ!!!』

 北島が助太刀に入らんと、対物ナイフを構えて突っ込んでいった。

『助かったわ……!!!』

『今のうちに脱出しろ、蒲田!!』

『……えぇ!!』

 蒲田が応えて間もなく、北島が迫り来る一機へと切りかかる。

『キュォオオオン!!』

『来いよトカゲ野郎!!!』

 その機壊獣が北島機の左肩に噛み付く、そのタイミングで。

『執った!!!』

 右手に構えた対物ナイフを胸部へ突き立てた。直後、その機壊獣は停止する。

『どうだ……!!』

 それを確認して北島は振りほどこうとした。だが。

『……は――――まさか!!?』

 それが、美優が聞き取れた彼女の最期の言葉だった。

 北島機の肩に噛み付いたままだった機壊獣が、突然轟音と共に爆散する。

「北島先輩……!!?」

 油断した隙に自爆されたのだ。上半身を失った北島機はそのまま後ろ向きに転倒した。



『ひぃっ……嫌っ!!!』

 唐突に届いた悲鳴に、美優は意識が引き戻される。

 蒲田の機体だった。脱出装置が破損していたのか何機かに群がられていた機体に取り残されていた。

『いや!!! やだぁ!!! 死にたくない!!!』

 銃声が聞こえる。拳銃による発砲だがその程度で撃退できる存在ではない。

 そんな彼女が居るであろう八九式の胸部に、数体の機壊獣が無慈悲にも頭部をねじ込んでいった。

『やだ!!! あああ!!! やめて!!! いたいいたいいたい!!! やだぁ!!! たすけて!!! たすけておにいちゃん!!! いやあぁぁぁ――――!!!』

 想像もつかない様な絶叫が響き、それがいつの間にか聞こえなくなった頃。それまで群がっていた機壊獣達が赤い液体を流した頭部を、突っ込んでいた残骸から持ち上げる。

「――――ぁ……!!」

 その様子だけで、何をされているのかが分かってしまう。

 捕食。

 それは、機壊獣を機械と認識させるのに期間を要した原因とも言える行為。

「あ……あぁ……」

 一人立ち尽くしていた美優。他の僚機も次から次へと破壊され、人員は捕食されていた。

 そんな中、一機の機壊獣が美優の機体に向かってきて、ほぼ無意識に緊急脱出装置を起動させ、ベイルアウトした。コクピットブロックが機体の背中からバッグパックごと剥離パージされ機体から射出される。

 地面に落ちたブロックから這い出た美優は、機体を放り出す形のまますぐに走り出した。

 胸中にあるのは唯一つ。恐怖――それから逃げたいという願望だけが彼女を突き動かす。のだが、

「あぁっ!!?」

 躓いて転んでしまう。

 その音か、声に反応したのか、

『キュォオオオォォォン』

 機体を漁っていた機壊獣が美優の姿に気付き、そちらに走り出した。


「あぁ……」


 何もかもがスローモーションに見える。


「……あぁ……」


 美優の目に涙が浮かぶ。



死ぬんだ、ここで



バケモノに惨めに貪り食われて



……嫌だ



死にたくない



「……嫌ぁ、あぁ……」



 目元に滲んだ雫が、頬を伝った───その時である。



『――ギャェッ……!!?』

「───っ!!?」

 目の前に迫った機壊獣の一機が、突然降ってきた燃え上がる物体に穿たれ、派手な爆炎を上げて四散した。

「――嫌ぁぁっ!!?」

 その爆風に吹き飛ばされる美優。

 直後、立て続けにその燃える火の玉が降り注ぎ、何体もの機壊獣を穿ち爆散さてていく。

 基地の仲間達を蹂躙していた機壊獣が、気がつけばものの数秒で六体もスクラップと化していた。

「一体、何が……?」

 どうにか立ち直るが、状況がわからない。

 そこで、ふと気づく。

 ヒュンヒュンと風を切る様な音が聞こえた気がした。


 左右を振り返るが、何もない。


 だが。

 段々音が近づいてきていた。


 ふと、本当に偶然、上を見上げたら。


「――――っ!!?」


 そこに、それはいた。

 風斬音の音源──が。



「――――きゃぁぁぁっ!!!」

 凄まじい轟音を上げながら高速で回転する円盤が空からやってきたかと思えば、低空でホバリングを始めた。

 噴射する蒼い焔が地面に当たり、その余波バックファイアで下にいた美優の体が包まれる。

「うわぁっぷ……!!!」

 どういうわけか、その焔は見た目の派手さに対してほとんど熱くない。ただ光るだけの、されど台風並の暴風を浴びせられ、小柄な美優の体はいとも簡単に押し倒されてしまう。

「いたっ!!!」

 大気の激流にまみれながらも、低い姿勢のまま打ち付けた尻を擦る。

 その頃、円盤は突然、妙な動作をした。

 軽快な音を立て、それの上部を覆っていた装甲が一斉に開き、直後に白い気体を噴射したかと思えば開いた装甲を閉じたのだ。

 その所作に反応する間もなく、円盤は吹き出していた四本の焔を消し、折りたたんでいたであろう四肢の様なものを伸ばして落下する。

 鈍重そうな轟音を立て、美優がまた吹っ飛ばされそうになる程の衝撃を発生させながら、は降り立った。


 重心を整えるためか、直立というよりも脚と背を曲げて極端に前傾姿勢になった様に起立する異形の巨大機動兵器。

 恐竜の様な厳つい顔立ち。

 歪な円盤を胴体として、その途中から生えた巨木の様な腕脚てあし

 鬼の棍棒の様に無骨な、しかしそれでいてしなやかに動く、尻尾の様なもの。


「カメ、さん……?」


 なんとなく円盤状の胴体を甲羅に例えて、それに似ていると美優は思うことができた。

 そのカメの様な異形の機体は、翡翠エメラルド色の瞳を輝かせると、暗黒の空を仰いでいた。





 機体に備えられたコクピットの中。オールビューモニター越しに、少女はそいつらを睨み付ける。


 一応『獣型』と認識されている、二足歩行型の機壊獣。


 こいつらはゴミだ。命無き機械のくせに、人も、他の生き物も、家さえ無差別に食い尽くす、生命と秩序への冒涜者。


 いつかの厄災の日、全てを失ったあの日から抱いていたこと。


 壊したい。焼き尽くしたい。

 此奴等を――――。


 ――――あの時、自分を救ってくれた、あの背中の様に。


 


「行くよ――――甲王牙コウガ!」


 少女――稜江奈々の想いに応える様に。




『Ghah↑ra↓ra↑ra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』




 亀に似た姿の、異形の機械――GM-X01〈甲王牙こうが〉が、仰ぎ見た暗黒の空へと轟咆を上げた。


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甲王牙 ─ RE:Builded ─ 王叡知舞奈須 @OH-

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