厄災は再び


「ねぇ、今朝のニュース見たぁ?」

「あー、前に言ってた中国の山火事の話?」

「円盤がどうのって言ってたけど……宇宙人に狙われてたとか?」

「ニュースで言ってた事務所、マフィアだって噂があるよ」

「えー、めっちゃ物騒」

 奈々が転校してから、もうすぐ一月ひとつき経とうとしていた頃。

 いつも通りの朝を迎え、学校に向かい、授業を受けて、休み時間にクラスメイトが他愛もない会話をしている。そんないつも通りの平穏な毎日のワンシーンを切り取った様な光景。

 ただ一つ、強いて非日常的な点を挙げるなら。先程から流れる話題が最近流れる不穏なニュースに関することだった。

「稜江さん、なんか元気ないね。どうしたの?」

「少し寝不足なだけだよ」

 そんな中、クラスメイトに話しかけられた奈々はどこか疲弊している様子であった。

 眠気すら感じていた彼女は、それでも次の授業までにはと準備を始める。が、ふと携帯端末スマホがバイブレーションしているのに気が付き、一旦そちらを確認する。

 差出人は藤間渚――孤児となった奈々の身元引受人となった人物の娘であり、言うなれば奈々の義姉である。

『最近ハマってる【アマテラスの信託】ってWeb小説、今日更新されとって!!!

めっっっちゃすげぇんだよこれが!!!』

 その文章から始まる、見る人が見れば語彙力のない感想文だと思うであろうそのメール。

 実際にその小説は『ヨミカキ』なるWeb小説投稿サイトにて掲載されており、一定の人気こそあるものの、ユーザー一人当たり☆☆☆3ポイントまで付けられる評価の合計は☆30/1230ポイント/12人が評価とそこまで有名というわけでもない、そんな作品だ。

 一通り読み終えると。

「……いよいよか」

 気だるげにしていた雰囲気がいつの間にか消えていた。むしろ気が引き締まったくらいである。

「……何が?」

「ちょっとこっちの話」

 思わず出た独り言を聞かれていたが、適当に誤魔化した。

 一見すればただの読書感想文。

 だが、そのメールの真意を、彼女は分かっている。

 すぐさまに返信して、彼女は残りの授業を消化していった。






19:40

横須賀 国防海軍司令部


「牛久駐屯地より参りました、伊井戸 透いいと とおるです」

「私は栗林、ここ横須賀海軍司令部で司令官を勤めている。

わざわざ茨城から遥々、御苦労だったな」

「いえ」

 まだ幼さを残す少年が、初老近い壮年男性の居る執務室に入室する。

 少年、といってもこの伊井戸 透という人物は、少し特別な扱いを受けていた。

 少しばかり感受性が他人と違うだけのごく普通の少年。その筈だった彼は、空間認識能力がどうのこうのと検査で言われ、国防軍に入ることを薦められた事で中学生ながら国防軍教練学校へ飛び級で進学。三年の教練期間を首席で終え、気が付けばここにいたというくらいスムーズに一年間で三尉にまで昇進している。

 一方の男性――栗林は将官であり、当然ながらこの執務室の主である。

「それで、つかぬことをお聞きしますが……」

「あぁ、そうだったな」

 聞かれる前に、席に着いている栗林は透に机から取り出したA4の茶封筒を渡した。

「これは?」

「一ヶ月程前、中国で新型機壊獣きかいじゅうによるとされる被害が出ている、という情報を知っているかな?」

「一応、小耳に挟んだ程度ですが」

 何か関係があるのだろうか、と思いながら受け取った茶封筒の紐を解いた。

「それとこれと、『関係あり』とは断言できないがな。

最上層部大本営も、万が一これが日本に襲来したらと想定して考えたんだろうな、と言うところまでは察したさ」

「はぁ……」

 取り出したものは、例の事件に関するレポートだった。十数枚に及ぶA5用紙にびっしりと文字が書かれ、周辺の上空写真すら数枚入っていた。

「……これは」

 そのうちの後半三枚だけが別の冊子になっていることに気が付く。そして、それが何か、透には覚えがあった。

「機壊獣が初めて確認された時の、でありますか」


機壊獣

国連指定名『M.O.N.S.TER.──Mechanics Of Non Synthesized disasTER=災害規模で人類に同調しない自律稼働機械群』


 これらは突如現れ、人々を襲っていた。

 最初に発見されたのは今から約二十年前、場所は南極。

 次に現れたのはアフリカ。

 その後、南アメリカのアルゼンチン・ブラジル、オーストラリア等、南半球側の各地に出現。

 そんな中、何の突拍子もなく北半球側で初めて確認されたのが、日本の茨城県──七年前の惨劇だった。

 以来、この機壊獣は北半球側でも確認される様になる。


「正確には、人類に初めてと認識されるきっかけとなったものだ」

「そうですね……」

 何故バレなかったかといえば機体には樹脂による皮膚や体毛などの偽装が施されていたからだが、茨城の惨劇以降はまるで開き直ったかのように偽装を減らしたり武装したりしているという。

 ペラペラと続けて資料を捲っていく透。

「ところでその話は、今のところは頭の片隅に入れておいてくれるとありがたい。

が、もう一つ……」

 そんな彼に対し、栗林は話題を変える。

「先程、時刻は確か一八三三ヒトハチサンサンだったかな。警備任務に当たっていた海上保安庁の巡視船一隻が、潜水艇の船団の様なものを発見とだけ伝え、以降消息を絶ったそうだ」

「船団、ですか?」

嗚呼あぁ

 資料を封筒に仕舞いながら、相槌を打った透は彼に目を合わせた。

「一応監視衛星に問い合わせたところ、それらしきものが横須賀に接近しているらしい。

予想では本日二一五○フタヒトゴーマル、国防軍観音崎警備所付近に着くとされている」

 そこまでで一度区切った栗林は、一回咳を挟んでから続ける。


「あくまで私の予測だが。恐らくそれは機壊獣だ」


 その一言を聞いた透は、一瞬だけ、自分がどんな表情をしたかわからなかった。

「……つまり、自分にはそれを迎撃しろ、と言うのでありますか?」

 そう返した透は、何故か嬉しそうに輝いている。

「いや、君には長距離から偵察してもらう」

「……へ?」

 だがその輝きも、次に続いた栗林の言葉によって失われてしまった。

「あいにくだが、もう既に警備所の方は迎撃準備が整っていてな。

万が一に備えて、君は高台から警備所を眺めていてほしい」

「はぁ……」

 少し考えた透は、

「……わかりました。任を受けます」

 渋々と、請け負うことにした。



丁度その頃

国防軍所属 観音崎警備所

 この基地は陸・海軍双方の機械科特殊歩兵部隊が所属していた。

「急げ急げ!」

 いつも以上に慌ただしくなっていた。

 が接近中の為、戦闘準備せよ。とだけ言われている。

 その第一倉庫と看板に書かれた建物の片隅にて。

「はぁ……」

「どうしたの、こんな時に溜め息なんかついて」

 第一倉庫の裏で二人組の女性兵士達が話している、丁度そこに河田 美優かわだ みゆ一等海士が通りがかるところだった。

(あれは北島先輩と蒲田先輩……)

 二人は陸士陸軍所属であり所属が違うが、階級が一緒で、半年だけ彼女達の方が先輩だった。

 蒲田はともかく、北島は少し嫌味な先輩だった。今朝も何時もの如く彼女のことを弄っていた。パワハラとまでは感じなかったが苦手意識はあり、それ故かギリギリ鉢合わせする直前で止まれてホッとしていた。

「アタシゃ明日から非番だってのに何で今日なんだよって話だよ!

報告書とか報告書とか機体のメンテとかその報告書とかで暫く休めないじゃんかよ!」

(私だって明日は久しぶりの非番でしたよ……)

 北島のぼやきに心の内で同情する美優。それにしてもだが、やけに荒れている様を見る限り相当苛立っていることは理解できた。

「彼氏と会う約束でもしてた?」

「バッ……違ぇよ!!

彼氏とかまだそんなんじゃ……」

ひとと会うことは否定しないんだ?」

「……ッ!!!」

(えっ!!

北島先輩彼氏いたんですか!!?)

 一人唖然とする美優。

「幼馴染みだよ、タダの。

昔よく遊んだり買い物いったりなんだりしてたけど」

「やっぱり彼氏じゃない」

「違うっての!!」

(北島先輩意外に女の子してたぁ───!!!)

 サバサバした性格のイメージが強かっただけにか、意外過ぎてどう反応すればいいか分からなくなっている。

「それで?」

「~~~ッ!!!」

 暗いため見えていないが、多分赤面しているだろう。

「まぁ、なんというか。後でお詫びになんか喜びそうなものを買ってあげたら?

それで、今日頑張った、って伝えて褒めてもらいなさいな」

「そうか……って、アタシらそんな仲じゃねぇから!」

「あらごめんなさい」

 聞いててすごい会話だと思っていた。実際、彼女らは大して年齢も差がなかったが。

(青春してるなぁ……)

 聞き耳を立てながら一人沈黙していた。

 昔から小中学生時代は灰色で、一年しかいなかった高校時代は最早思い出したくないくらい真っ黒な人生だった。録な思い出がない自分とは大違いだ。そう、一人憂いてたところで。

(って、そういえばあの二人って準備大丈夫なのかな!!?

って、私も!!!)

 自分も用があってこっちに来ていたのを忘れかけていて、それを済ませようとしていた。

 その、歩き出した時である。

「河田、おまえここで何してんだ?」

「ふぇっ!?」

 突然、男性兵士に話しかけられる。

 槌出内ついてない三等陸尉。北島達の所属部隊の隊長である。強いて言うなら決して悪運持ちツイてないという訳ではない……はず。

「丁度良かった。

お前確か八九式に乗れたよな」

「八九式、ですか……い、一応、乗れますが」

「おう!

それじゃ俺の隊に加わってくれ」

「ふぇっ!!? 私、海兵隊ですよ!!!」

「俺の隊、今何人か欠員なんだ。助かったぜ。そっちの隊長にも言っておくから」

「い、いやそんな……!!!」

「んじゃ、今からブリーフィングやるからついてこい」

「あー私の方がツイてない……」

 彼女の用事とは配置について聞きに行くことだったのだが、即行で終了してしまった。




 少し時は進み。

21:50

横須賀 国防軍観音崎警備所


 崖になっている海側に並んだ本来なら礼砲用の70mm砲十二基は、現在本物の榴弾が装填されているだろう。

 さらに警備所本棟前にはかつて国防軍の主力機だった〈八九式騎甲戦車前期型〉八機が実戦用装備で待機スタンバイしている。

 その警備所を見渡せる位置の高台に、透の機体は待機していた。

 〈九七式中型騎甲戦車〉――チハの愛称で知られている日本国防軍の現主力騎甲戦車だ。

 全高8.0m程度の有人操縦式人型機動兵器〈騎甲戦車きこうせんしゃ〉という兵器。元々先進国で唯一配備してなかった日本でも、七年前の惨劇以来配備するようになった。

 透の駆る〈九七式〉は、内装火器として自衛・迎撃用の5.56mm機関砲二門を頭部にと、胸部にM61バルカンの国産版である20mmガトリング『灰燼かいじん』を装備している。その上、専用装備として70mm対物電磁狙撃砲を携行武装として装備している。とはいえ、現在彼は待機中の身であり戦闘許可は下りていない。

「……」

 そのコクピットの中で。透は数刻前のことを思い出していた。

『そういえば』

 執務室を出る直前、栗林司令に呼び止められた。

『彼の事は残念だったね』

『彼とは?』

『物部君、確か君と同期だったはずだが……』

『……知りませんよ。あんな腰抜けのことなんか』

『……そうか』

 そんな会話を最後に、透は執務室を後にした。

「……クソ」

 一人、狭いコクピット内で透は毒づいていた。

 その時、

『目標、目視で確認できます!』

 通信でそれを知らされる。

 それと同時に、砲撃音が響いた。

『3』


『2』


『1』


『目標、上陸しました!』

 は上陸した。崖を伝う様に登り、その勢いのまま70mm砲を押し退け、踏み潰して。

『あれは───』

 上陸してきたは、異形だった。


ワニの様に広く長い顎をした頭部。

鉤爪が生えた狼の様な二脚。

鞭の様にしなる、先端がアンカー状になった尻尾。


『キュォオオオォ────ォン!!』

『キュォオオオォ────ォン!!』

『キュォオオオォ────ォン!!』


 上がってきたは、甲高い遠吠えを暗い空へと放っていった。


『───機壊獣です!』





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