甲王牙 ─ RE:Builded ─

王叡知舞奈須

第一章:These Monsteres are the Guardians of the Universe

背中に救われた少女




「はぁ…はぁ…はぁ……!」


 息を切らしながら、まだ幼い少女は走っていた。


 元は商店街だった、ぼこぼこになった道路を。業火に焦がされる街の中を。


 空を飛ぶから逃れる為に。


 彼女の住んでいたこの街は、今や地獄絵図と化していた。


「はぁ…はぁ…はぁ……!」


 街中の至るところで爆発が起き、その度に鬱になりそうな程の悲痛な叫びが響く。

そして、

『キョェェェェッ!!!』

 さらに木霊する気味の悪い音声が彼女を戦慄させた。

 空を飛翔する、大きな鳥。

 そうとしか表現のしようがない存在が、この街の人々を襲い、その血肉を貪り喰っていた。地面に片腕が転がっており、大量の血が壁に汚い絵を描いていた。

 逃げる者だけでない。倒壊した家屋から、気絶しているのか息絶えたのかわからない者、あるいは明らかに死んでいるモノをも引きずり出しては食していた。さらには犬や猫をも捕らえ、挙げ句の果てにその辺に生えた樹木すらもかじり付いては咀嚼している。

 一角に神社があるT字路に差し掛かった。下ればこの商店街を抜けられる。

 その時だった。

『キョェェェェッ!!!』

 甲高い鳴き声を上げる、一羽の鳥。

 それが急降下しながら少女に後ろから襲いかかった。


「――――ッ!!!」


 その場に倒れる様に伏せる少女。その真上を掠め、大きな鳥が通り抜け――ようとしてそのまま、神社に激突した。

 その通り過ぎる途中、血の様な鉄錆臭さと機械油の様な鈍い臭いが混ざり、少女の鼻を刺激する。

 恐怖、さらに疲労と息切れの苦痛で摩耗していた少女は吐き気に見舞われるが、我慢して進んだ。


 坂を降りようとしたその時、さらに別の一羽が襲ってくる。


 適当な、看板によると元は駄菓子屋だったらしい廃屋の影に隠れ、通り過ぎるのを待つ。一瞬でその時が来た。刹那、少女は迷うことなく走り出し、坂を下っていった。


 この街にいるこいつらは、一羽二羽どころではない。


 二十、三十……一〇〇羽以上はいるか。数え切れない程に、おびただしい数のそれがいた。


 そんな中、彼女が向かっているのは、坂を降りた先にある市役所地方支所。

 ここには何かあった時の為に、地下に避難スペースがある為だ。


 坂下にある寺を通り抜け、壊れた柵を抜けてドラッグストアを抜け、その先の役場にたどり着く――――


「うわぁっ!!!」


――――直前。ようやくその敷地に入ったところで、少女は駐車場の段差で躓き転倒してしまった。


「……いった、ぁ……」


 立ち上がろうとしたが、もう立てない。


「……っひぐ……うぇぇ……」


 一筋の水滴が、少女の頬を伝う。


「……た……、け……」


 何か言おうとした少女。だが、自分でも何を言っているかわからないほど声が枯れていた。


『キョェェェェ!!!』


 それを確認した一羽の大きな鳥が、彼女へと向かっていく。

 わざわざ後ろに回り込んで降下し、彼女に低空から襲いかかるつもりだろう。


「……誰か……助けて……!!!」


 息が上がり、声がまだ上手く出せない。


『キョェェェェ!!!』


 けたたましい鳴き声を上げながら、降下した大きな鳥が低空のまま突っ込んでくる。


 ヒュンヒュンと、風を切る様な甲高い音が響いていた。

 迫り来る死への恐怖で、全くの意識外だったが。


「……怖いよぉ……!!」


 段々と大きくなっていく音。


『キョェェェェ!!!』


 段々と近づいてくる大きな鳥。


「……誰かぁ――――!!!」


 今まさに、大きな鳥の嘴が少女の身体を喰らおうとした。


 次の瞬間。


 凄まじい衝撃が起こり、少女の身体が自身の身長程の宙を舞った。


「――――ッ!!?」


 吹っ飛ばされ、そのまま自由落下した少女は「あでっ!!?」と悲鳴を上げながら地面に叩き付けられた。


いったぁ……」


 俯せに倒れた少女はゆっくり上体を起こす。

思いっきり打ち付けたお腹を擦りつつ、やたら濃い砂ぼこりを帯びた風の方へと恐る恐る振り向き、


「……え……っ」


 それが視界に入ったとき、少女は言葉を失っていた。


 そこにあったのは、壁。


 さらに遅れて。何かがアスファルトへ叩きつけられる音が響き、風が舞い上がる。少女の髪が揺れるが、見入っていたせいで気づかない。


 その風の影響か、段々と砂ぼこりと涙で滲んでいた風景が段々と鮮明クリアになっていく。


 至るところから蒸気を溢れさせていた、少し丸みを帯びた巨大な壁の様なもの。

 実物を見たことは無いが、彼女の知るもので例えるならそれはさながら、火山の様だ。


 巻き上がる風。それにより、さらに鮮明になったその姿。


 巨大な甲殻が幾重にも重なっている、それは───巨大な異形の背中だった。


 遅れて落ちたのはその異形の尻尾。


 よく見るとそれは巨木の様な脚で、先の鳥を踏みつけていた。


 そのの姿も、少女に衝撃を与えた。

「ロボット……?」

 黒澄んだ甲殻がへしゃげ、垣間見えた断片が明らかに金属であり、ショートした回路や導線等が、赤黒い液体や木屑などにまみれ浸かっていた。

『ガ、ガガ、ギョゲ、ゲゲ……ッ』

 断末魔の様に、歪な電子音が虚しく響いたと思うと、それは小さく爆発し、炎上し始めた。

「…………」

 20mくらいはあるはずの役場の建物よりずっと大きいと感じた、が、動く。

『グルルルルゥゥ───』

 少し仰け反りながらは、


スゥゥゥ────────


 深呼吸でもしてるかの様に空気を吸い始め。




 直後――――。




『ク゛ォ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!!』




 この世のものとは思えない、絶叫にも似た轟咆を響かせた。

「――――うぅっ!!?」

 あまりの音量に、少女は耳を塞ぐ。

 それが終わった直後、


『キョェェェェ!!!』


『『キョェェェェ!!!』』

『『『キョェェェェ!!!』』』

『『『『キョェェェェ!!!』』』』


 少女が来た方向から鳥達が一斉にへと向かってきた。


 三十か四十羽はいるかという大群を前に、は、またもや深く深呼吸したかと思った。


 直後、は。激烈に燃え盛る焔の弾を発射した。


 その一撃は何羽もの、十羽以上はいただろうか、鳥達を巻き込み焼き払っていく。


 もう一発放たれる。直撃した何羽かを爆散せしめ、火が付いた大・小の破片が近くの五、六羽や下のドラッグストア周辺を巻き込んだ。


 あれだけ居た大きな鳥が、残り四羽になっていた。そこにもう一発、は火球を放つ。

一羽に直撃し、それは爆散した。


 残った数羽が逃げる様に散開していく。


 残されたのは、その場に尻餅をついた少女とだけ。


 その時、は少女へと振り向いた。


「……!!!」


 火山の様な壁を背負った。恐竜の様な顔をしているその姿は、なんと形容すればいいか。巨大な――。


『ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッッ!!!!』


 再び、曇天の天穹そらへと吼えるその異形。


 その向く先にはまだ黒い鳥の大群が現れていた。


 その時、少女はに手を伸ばした。


 その行為に意味が合ったのかは、少女自身にも分からない。


 ただ、何でもいいから。何かに救われたくて。目の前のに手を伸ばし――――。





「ッ……!!!」

 マンションの一室にて。

 ベットで寝ていた、少女は目覚めた。

 気が付けば仰向けのまま右腕を真上に上げ伸ばしていた。

 寝起きとは思えない程冴えた眼で起き上がる。

 少し間を開け、軽く溜息を着く。

 思い出したくもない、かつて故郷だった地での惨劇を今になって夢で見たのだ。

「なんで、今さら……」

 最近はあんまり見てなかったのに、と一人愚痴りながら、自分の部屋を無意識に見回す。

「……あ」

 そして、時計を確認したことで、最悪の気分を切り替えることができた。

AM 7:08

「もう、起きなきゃ」

 起きてから長く伸びた髪を串で梳かすと、少女は学校のホームルームに遅れない様に身仕度を整えることにした。



2037年 11月某日

 茨城県某市――彼女の故郷は地図上から消失した。



2045年 4月

 の惨劇から、7年が経過していた。



神奈川県 藤沢市


 今日から彼女は、新しい高校に通うことになっている。私立大学の付属校で小・中学校と併設されている高校だ。

 その日は丁度新学期が始まる日であり、彼女は下見で覚えた道をそのまま歩いていった。


 式も終わり、各々の生徒達が自身の教室に入る。

 その一角の、二年二組の教室の前。担任から促された彼女は入室した。

 長い黒髪が目立つ、端正な顔立ちの少女。その顔の左眼辺りは長く伸びた前髪で隠されていた。

「今日からこの学校に通うことになります、稜江奈々かどえ ななです。

どうか、よろしくお願いします」

質っ問しっつもーんー!!!

好きなものとかないですかー!!!」

 簡単な自己紹介を終えた直後、いきなり飛び上がった女子生徒がメモを片手にそう言ってきた。

「好きなもの……」

 多分食べ物のことだろうが、ベタだろうか?

 そう考えた奈々は少し考え、

「……動物、かな?」

 特にこれといって好き嫌いは無かったので、そう答えた。

「ほうほう、動物ですかぁ!!

ではどんな動物がお好きなのでしょう!!!」

 少し考えて、答える。

「カメです」

 直後、一瞬教室内はシーンと静まり返り、「お、おう」などと気まずく呻くのさえ聞こえてきた。

「………わぁぉ……意外と渋いですね!」

「そうですか? 可愛いですよ?」

「いやまぁ可愛いとは思いますが、ちょっとまぁ意外だなーなんて」

「……?」

「とっ!!

とにかく、次の質問です!!!」

 その生徒は案外、想定外なことには苦手だった様である。でも、カメが好きなのの何処が意外なのか、と一人腑に落ちないまま、その平和な一日は過ぎていった。


 小田急江ノ島線 藤沢行き

 現在、善行駅を過ぎ藤沢本町、藤沢へと向かっている

「~っ♪」

 電車に揺られるその間、奈々は携帯端末スマホで音楽ゲームをしていた。

「~っ♪」

 流れている曲を鼻歌でトレースしながら、画面のアイコンをリズムに合わせてタッチしていく。その度に、シャン、シャン、と軽快な音が鳴る

「~っ♪」

 曲がもうすぐでフィニッシュを迎える。ここまでノーミスだ。サビが終わりいよいよラストスパートとなった──その時、

「──あ……」

 一通のメール。その通知のせいで全部台無しになった。

 残ったリズムの数だけ一気に体力ゲージが削れていき、最後の一個が通ったときにはゲージはもうギリギリのところになっていた。

 あやうく失敗するところだったが、パーフェクトでなくなった時点で彼女にとってはもう失敗したも同然である。

「こんな時に……」

 リザルト画面を確認し、一回アプリを閉じると、奈々はメールを確認する。

 宛名は、自分が姉として慕っている人物……もとい、義姉から。

「……」

 黙って確認し読み終わる頃、丁度藤沢駅に付いた奈々は電車を降り、そのまま改札を出た。






五島列島 福江島沖 南南西約200km

東シナ海 深海部


その暗黒の世界に、その潜水艦はいた。


中国海軍の遠征58号と同型の潜水艦。


この艦は既に退役し中国海軍を去っていたのだが、解体も処分もされることなくこうして海をさ迷っていた。

それは、マカオに本拠地を置くならず者の組織が解体待ちだったそれを盗用したものだった。


今やそれは無銘の潜水艦。


「さぁて、これを日本の奴等に渡せば依頼達成だな!」

「「「おぉ!」」」

 その艦内にて、なにか筒状のものを持った男が他のクルー達を仕切っていた。乗組員クルーは総勢で七名。随分と少ないであろうが、一人一部署で充分に稼働できていた。

「にしても、その日本人イエローモンキーは何でこんなもの欲しがるんすかね?」

「わかんねぇが、それだけすげぇもんなんだろう」

 実際のところ、これが何なのかを男達は知らされていない。

 彼らは興味が無かったのである。

「とりま、これで俺らは大儲かりだ!」

「あぁ!」

 彼らには、これを届けた後に大金が手に入ることになっている。

 それさえ手に入れられれば、彼らには他のことはどうでも良かったのだ。

 だが、その時。

「――――ッ!!!」

 艦内が衝撃で揺れた。

「なんだ!!!」

 ソナー手が確認する。

 すると、艦底部に巨大な岩の様なものがぶつかったらしいことがわかった。

「岩礁……?」

 ソナー手が呟く。続けて彼は各計器類を確認した。


水深 452.3m

北緯 30.84 東経 128.25


 この辺り一帯は直径約300km程のクレーターができており、比較的浅い大陸棚上にある東シナ海この海の中でも水深が異様に深くなっている。

 その端に近い位置ではあったが、クレーターの終わり──水深が200m前後となる浅い海域までまだ30km程度はある筈だ。

「……何でこんなところに──」

 その時、ゴゴゴという鈍い音と共に小刻みの振動が艦を揺らした。

「な、何だ!!!

地震か!!?」

「──ち、違う!

岩礁なんかじゃねぇぞ!」

 そして、船体に一際大きな衝撃が走り、それと同時にミシミシと嫌な音が艦内に響いた。


 少しして。膨大な熱を帯びた空気によって内部から引き裂かれ、溢れたそれらによる水蒸気爆発で木っ端微塵となった無銘の潜水艦は、暗黒の海底へと沈んでいった。



『──続いてのニュースです。


本日未明、中国 マカオ近郊の山で、大規模の火災が発生しました。


この土地で事務所を経営していた四十代の男性と、その事務所の社員数名と、連絡が取れなくなっている模様です。


また、地元警察によりますと四人の男性が救助された様ですが、何れも『巨大な異形に襲われた』『ワニかトカゲの様な怪物を見た』等の発言しており、重度のPTSDを発症している様子であり、詳しい情報は今のところ分かっておりません。


また、関連性は低いと思われますが『火を噴きながら空を飛ぶ円盤』を見たという証言をマカオ及び上海周辺の漁業関係者から連絡があった様で、何らかの因果関係があるものとする一方、中国国防局はこれらを新型の機壊獣きかいじゅうの仕業ではないかと──』


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