第5話 未来の配達

 タイムトラベルは成功した。

 私は人類が生きていた時代に、戻ることができたのである。

 

 と同時に、絶望していた。


 人類が皆、息をしていないのである。


「え……」


 周囲に転がる人々の死体は、白骨化していない。

 まるでついさっき死んだように、生きている時と変わらない状態で死んでいた。

 目に見える範囲の人が、全員。


 生きている人間を探すが、どれも既に死体と化している。

 心臓が、早鐘を打っていた。


 どうして。

 タイムトラベルシステムは、成功したのではなかったのか。

 

 

 『人間の持つエネルギーより多くても少なくてもいけないため、動物実験は行わず。』


 

 実験結果の資料に記載されていた概要の文言を思い出す。

 そこで私は、大変なことに気付いてしまった。


 そうか。

 私は死んでいるから。

 

 『人間』という枠組みでは無かったのだ。


「!」


 その時、子供の泣く声が耳に入る。

 振り返ると、まだ二桁にも満たないくらいの少女が泣いている姿を見た。


 生きている人を見つけた。

 反射的に駆け寄った私だったが、少女は既に生きていないことに気が付く。

 ほんの僅かだが、体が透けていたのだ。


 『ソウルタイダウン装置は死者の魂をし、現世に留めるためのものである。』


 この子は、私のソウルタイダウン装置を介して見ることができるだけの、既に死した魂なのだ。

 少女と目が合った私は、さらにあることに気が付く。


 少女の前に横たわる、少女より一回り大きな少年。

 そうか。

 この少女は……過去の私なんだ。


「未来でタイムトラベルシステムを見つけても、絶対過去には戻らないで! 過去に戻ったことで、この事象を引き起こしてるの!」


 私は少女の肩を掴んでそう教えたが、少女には届かないのだろう。

 かつて小さな私が、当時言われた事を覚えていなかったように。


 私は手首のソウルタイダウン装置を外すと、少女の手首に装着させた。

 少女の薄れていく体は元に戻り、代わりに私の体が薄れていく。


 この少女も私の後を追い、同じ結末を辿るのだろう。

 だが私には、この少女を見殺しにすることはできなかった。

 それに、私は最後の最後で真実を知ることができて良かったと思っている。

 この少女も、いずれ同じことを思うのだろう。


 少女の代わりに私が残り、未来を変えることだってできるかもしれない。

 だが今までの数十年をやり直すには、少々疲れてしまった。


 ごちゃごちゃな感情がこみ上げ、下瞼したまぶたを熱くさせる。

 耐えきれずに、溢れ出しそうだ。


 未来を変える気力すら残っていない、自身の不甲斐なさ。

 目の前の少女にこれから訪れる、長い孤独に思いを馳せ。


「ごめんね」


 と、最後に告げた。

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幽霊配達員 染口 @chikuworld

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